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陰謀論にハマる原因は頭の悪さでなく、脳が疲れたときに開く小さな隙間だった

「まさかこんな話を信じてシェアしてしまうなんて」——あとになってそう感じた経験はありませんか。SNSで見かけた衝撃的な投稿に、つい「いいね」や「拡散」を押してしまったり、誰かから回ってきたうわさ話を、確かめもせず誰かに伝えてしまったり。

それは、あなたが騙されやすい人だからではありません。私たちの脳には、真偽を確かめるより先に「つい」信じて反応してしまう仕組みが、もともと組み込まれているのです。公認心理師として脳の仕組みにふれてきた立場から、デマや陰謀論に「つい」引き込まれてしまう脳のからくりと、そこから距離を置くための具体的な工夫について、お話ししたいと思います。


なぜ「ありえない話」を信じてしまうのか


デイビッド・ルイス氏の著書『なぜ、「つい」やってしまうのか 衝動と自制の科学』は、直接フェイクニュースを扱った本ではありません。ですが、そこで説明されている脳の仕組みは、驚くほどそのままデマや陰謀論の広まり方に当てはまると、私は読みながら感じました。今日はその視点から、少しお話ししてみたいと思います。

人間の脳には、瞬時に直感で反応するシステムと、じっくり考えて判断するシステムの、二つの働き方があります。前者は無意識のうちに勝手に動き出すため、私は「ゾンビ脳」と呼んでいます。衝撃的な見出しや、怒りや恐怖をあおる投稿を目にした瞬間、このゾンビ脳が真偽の検討より先に反応し、指がシェアボタンに伸びてしまう。これは知性の問題ではなく、「危険はすぐに周りに知らせろ」という、生き延びるための古い仕組みが、そのまま現代のSNSに引っ張り出されているだけなのです。

理性というブレーキを失うとき


自制心が気合の問題ではなく、脳という物理的な器官の働きだということを教えてくれる、有名な出来事があります。19世紀、鉄道工事の作業員だったフィニアス・ゲージという人物が、事故で前頭葉を損傷し、記憶力や知性は保たれたまま、人格だけが一変してしまいました。慎重で責任感のある人物が、衝動的で無責任な人物に変わってしまったのです。

情報の真偽を吟味し、「本当にそうだろうか」と一歩立ち止まる力は、この前頭葉が担っています。事故のような大きな損傷がなくても、強い恐怖や怒り、極度の疲労にさらされると、このブレーキの働きは一時的に弱くなります。デマや陰謀論が、不安や怒りをあおる形で拡散しやすいのは、偶然ではありません。ブレーキが利きにくくなった状態の脳を、狙って刺激しているとも言えるのです。

脳をハッキングする情報デザイン


企業がニューロマーケティングの手法で消費者の衝動を刺激するように、デマや陰謀論もまた、人の感覚や感情を巧みに利用する形でデザインされています。「今すぐ拡散してください」「これはメディアが報じない真実です」といった言葉は、じっくり考える間を与えないよう意図的に選ばれた表現です。刺激的なサムネイルや、感情を強く揺さぶる画像も、理性より先に感情を動かすための仕掛けだと考えることができます。

スーパーマーケットの通路が、消費者の方向感覚を奪うように設計されているのと同じで、SNSのタイムラインもまた、私たちがより長く、より感情的に反応する投稿ほど、目に入りやすいよう設計されています。これは私たちが愚かだからではなく、それだけ精巧な仕組みの中で情報と向き合っているのだと理解しておくことが、まず大切な一歩だと思います。

自制心は筋肉と同じ、疲れるほどデマに弱くなる


心理学者ロイ・バウマイスターらの研究によれば、自制心は気合で無限に湧いてくるものではなく、筋肉のように使えば疲れる、有限の資源だとされています。私たちは1日のうちに、数えきれないほどの小さな決断にさらされており、夕方になる頃には、多くの人の自制心のタンクはほとんど空になっていると考えられます。

これは、脳のエネルギー源である血糖値とも関わっています。空腹や疲労で脳の燃料が不足すると、じっくり考えるシステムは働きを止め、省エネで動くゾンビ脳へと主導権が移ってしまいます。つまり、忙しく疲れた一日の終わりにSNSを開いたときほど、私たちはデマや陰謀論を「立ち止まって疑う」力を失っている、ということです。ファクトチェックを怠ってしまうのは、意志が弱いからではなく、単純にその力を使い果たしているからなのかもしれません。

気合ではなく、環境と習慣を変える


ここまで読んで、「では、どう対策すればいいのか」と思われたかもしれません。私が強く感じているのは、「デマに引っかからないよう頑張って気をつける」という精神論に頼る戦略は、遅かれ早かれ破綻するということです。自制心は必ず疲れるからです。

ここでヒントになるのが、ギリシャ神話に出てくるオデュッセウスの知恵です。彼は、美しい歌声で船人を惑わすセイレーンの誘惑に負けないよう、あらかじめ自分の体を帆柱に縛りつけました。誘惑と直接戦うのではなく、あらかじめ環境を設計しておくという発想です。

これは情報との付き合い方にもそのまま応用できます。感情が強く動かされた投稿ほど、その場でシェアせず、一晩置いてから見直してみる。拡散する前に、発信元や一次情報を確認する習慣を、あらかじめ自分の中のルールにしておく。そして、フォローする情報源を意図的に選び、感情をあおるだけのアカウントからは距離を置く。これらはすべて、「気をつける」ではなく「仕組みを作る」というアプローチです。疲れているときほど判断力は落ちるという前提に立てば、判断力に頼らずに済む仕組みこそが、もっとも現実的な防御策だと私は考えています。

デマは、一人だけの問題ではない


もうひとつ大切な視点は、デマや陰謀論が個人の中だけで完結するものではなく、集団の中で伝染していくという点です。私たちの脳には、他人の行動や反応を見るだけで、自分の中にも同じような反応を引き起こす仕組みが備わっています。周りの人が信じて拡散しているのを見ると、それだけで「本当かもしれない」と感じてしまう。これは、匿名性の高いSNSの中では特に強く働きやすい傾向です。

「みんなが言っているから」という感覚は、事実の裏付けとは本来まったく別のものです。けれど、集団の中にいると、その区別があいまいになりやすい。これも、あなたの判断力が低いからではなく、人間の脳がもともとそのように作られているからだと知っておくことには、大きな意味があると思います。

「自分で判断した」という感覚そのものへの問い


本の終盤では、「私たちの決断は、意識にのぼるより先に、脳の中ですでに決まっているのではないか」という、かなり大胆な問いが投げかけられています。これをそのまま自由意志の否定とまで言い切るのは、著者の解釈であり、脳科学の中でも意見が分かれる論点です。ただ、この視点は、なぜ人が一度信じた陰謀論をなかなか手放せないのかを考える上で、示唆に富んでいると私は感じています。

私たちは、「自分でよく考えて、この情報を信じることにした」と感じていても、実際には先に「信じたい」という気持ちが動いていて、あとから理由を探しているだけ、ということが少なくありません。自分の考えに合う情報ばかりを集めてしまう傾向は、誰にでもあるものです。これは弱さではなく、脳の自然な働きです。だからこそ、「自分は大丈夫」と過信せず、時々立ち止まって確認する習慣が、誰にとっても意味を持つのだと思います。

まとめ


最後に、今日お伝えしたかったことを整理しておきます。

一つ目は、デマや陰謀論についつい反応してしまうのは、頭の良し悪しの問題ではなく、危険をすぐに察知して伝えようとする、脳の古い仕組みが働いているからだということです。二つ目は、自制心や判断力は筋肉のように疲れる有限の資源であり、疲れているときほどデマに弱くなるということです。三つ目は、それでも私たちには、気合ではなく環境や習慣を設計するという、確かな対抗策があるということです。

自分を責める必要はありません。あなたの脳は、これまで危険から身を守るために精一杯働いてきただけです。その仕組みを知り、拡散する前に一呼吸置く習慣を持つだけで、あなたと、あなたの周りの人たちを、確実に守っていけます。今日から、ほんの小さな一歩でいいので、情報との付き合い方を見直してみませんか。

長文にもかかわらず、最後までお付き合いくださりありがとうございます。これからも、いい意味で"ちょっとだけマニアックな"情報を届けていけたらと思います。

#フェイクニュース #デマ #ファクトチェック #情報リテラシー #陰謀論


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