『怒り』が判断力を奪う?米活動家の告白から見える心理の落とし穴
自分の意見は、自分だけの頭でつくられたものだと思っていませんか。実は私たちが「信じていること」の多くは、日々触れる情報によって、知らないうちに形づくられています。
先日、あるアメリカの著名な保守系活動家が、自身のウクライナ観について「ロシアの偽情報にだまされていた」と公の場で認めた、というニュースを目にしました。あれほど強い主張をしていた人が、なぜここまで見方を変えたのか。そこには、私たち誰にでも起こりうる心理のメカニズムが隠れているように思います。今日は公認心理師の視点から、この出来事を一緒に読み解いていきたいと思います。
「怒り」は、思考のブレーキをゆるめてしまう
今回のニュースの中で、私が最も注目したのは、本人が振り返って語った「ロシアの人たちは、人の怒りを利用するのがとても巧みだ。自分はとても怒っていた」という趣旨の言葉でした。
心理学の世界では、怒りや不安といった強い感情が高まっているとき、人は情報をじっくり吟味する力、いわゆる批判的思考のブレーキがゆるみやすくなることが知られています。これは意志が弱いからではありません。感情が強く動いているときの脳は、「早く白黒つけたい」というモードに切り替わりやすく、複雑な事実をていねいに検討するより、感情にフィットする単純な物語を優先して受け入れやすくなるのです。
医療の現場でも、強い不安や怒りを抱えている方ほど、目の前の情報を極端に、良いか悪いかの二択で受け取ってしまう場面によく出会います。それは弱さの証拠ではなく、人間の脳が本来そなえている、ごく自然な反応だと私は感じています。たとえるなら、怒りは車のフロントガラスにかかる濃い霧のようなものです。霧そのものをなくすことはできなくても、ワイパーの存在、つまり「今、自分は感情的になっていないか」と一呼吸置く習慣を知っているかどうかで、見える景色は大きく変わります。
情報源を変えると、見える世界の色まで変わる
もうひとつ興味深いのは、この活動家が一時期、主要な交流サイトのアカウントを利用できなくなり、その後、別のプラットフォームへと軸足を移していったという経緯です。そこでは特定の立場の発信に頻繁に触れるようになり、結果として物事の受け止め方そのものが変化していった、と本人は説明しています。
これは特定の国や立場が正しい・正しくないという話ではなく、人間の認知そのものに備わったクセの話です。心理学では、自分の既存の考えに合う情報ばかりを無意識に集めてしまう傾向を「確証バイアス」と呼びます。触れる情報源が変われば、集まってくる事実の色合いも変わり、やがて「自分はちゃんと調べて考えた」という実感を持ったまま、実際には偏った景色だけを見ている、ということが起こり得ます。
色つきのレンズが入った眼鏡をかけていると、レンズの色そのものを意識することはなかなかできません。目の前の景色が「ちょっと赤いな」とは思っても、それが眼鏡のせいだとは気づきにくいのです。恐ろしいのは、レンズの色が濃いか薄いかではなく、多くの場合、自分がレンズをかけていること自体に気づけない、という点だと私は思います。
「現場に立つ」経験が、思い込みを溶かすことがある
今回のケースで印象的だったのは、見方が大きく変わった決定的なきっかけが、ネット上の議論の応酬ではなく、実際に現地へ足を運び、防空シェルターに身を寄せ、当事者本人と直接向き合って話を聞いたという、生身の体験だったことです。
「百聞は一見に如かず」という言葉がありますが、心理学的に見てもこれは的を射ています。人づてに、あるいは画面越しに繰り返し聞かされてきた物語は、たとえ何度も接していても、実際に自分の五感で体験したひとつの出来事の説得力にはかなわないことが少なくありません。二次情報でつくられた思い込みは、一次体験によって溶かされることがあるのです。
そしてもうひとつ、私がお伝えしたいのは、間違いに気づいて見方を変えることは、決して恥ずかしいことでも、弱さのあらわれでもない、ということです。むしろ、それまで強く主張していたことほど、それを見直して修正するには勇気が要ります。「意見を変えられない」ことを頑固さや一貫性の強さと勘違いしてしまいがちですが、本当の心理的な強さとは、新しい事実に出会ったときに、自分の考えを柔らかくアップデートできることのほうだと、私は臨床の現場で人と接するたびに感じています。
おわりに
今日お伝えしたかったことを、あらためて振り返ってみます。
ひとつ目は、怒りや不安が強いときほど、情報を吟味する力は落ちやすいということ。ふたつ目は、触れる情報源が変わるだけで、見えている世界そのものが変わってしまうということ。みっつ目は、人づての情報でできた思い込みは、実際に自分の目で確かめる一次体験によって溶けることがあるということ。そして最後に、見方を変えることは弱さではなく、心理的な柔軟性という、れっきとした強さだということです。
私たちは誰でも、知らないうちに色つきの眼鏡をかけてしまう可能性を持っています。それは今回のニュースの主役だけの話ではなく、あなたにも、そして私自身にも起こり得ることです。だからこそ、時々立ち止まって「これは本当にそうだろうか」と自分に問い直す習慣を、ぜひ大切にしてほしいと思います。その柔らかさこそが、あなたを情報に振り回されない人にしてくれるはずです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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