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私は、途中から選ばれるのが気に入らない。

サークルやグループの中で、自分のお気に入りの人を見つけた場合、人はどう動くのだろう。

視線を合わせてアピールしたり、
友人を使って接触を図ったり、
思い切って話しかけてみたり。

そうやって少しずつ、自分を相手の空間へ入れていく。

弾かれる場合もあるし、
すっと入れてもらえる場合もある。

私の場合は少し違う。

仮に、Aさんを気に入ったとする。

まず私は、Aさんがすでに気に入っている人はいないかを見る。

誰に視線が向いているのか。
誰への言葉が少しだけ特別なのか。
その人との距離はどのくらいなのか。

自分が入れる程度の温度なら、少し近づいてみる。

けれど、すでにAさんがBさんへ強く気持ちを向けているなら、私は早い段階で諦める。

わざわざ高温度の場所へ割り込もうとは思わない。

だから私の中では、恋愛候補は比較的早い時期に確定する。

ところが、その後になってAさんから好意を示されると、私は嬉しくなるより先に考えてしまう。

あの時、AさんはBさんを気に入っていたはずなのに、どうして今、私なのだろう。

最初は私の良さが分からなかったけれど、後から気がついた。

そう言われることもある。

理屈としては分かる。

人は最初から相手のすべてを見抜けるわけではない。
接するうちに魅力へ気づくこともある。
最初はグループの一員だった人が、ある時から一人の人間として見えてくることだってある。

分かっている。

それでも私は、気に入らない。

一番目に選ばれなかったことが、ただ悔しいわけではない。

一番目がうまくいかなかったから、次に私へ来たのではないか。

別の人へ向けていた熱が冷めたあと、急に私の価値が見えたのではないか。

私自身を見つけたのではなく、空いた席に私を入れようとしているだけではないか。

そんな疑いが消えない。

私は好意の現在値だけを見ることができない。

誰を見ていたのか。
なぜ視線が変わったのか。
どういう経路で、今ここへ来たのか。

好意にも履歴がある。

そして私は、その履歴まで見てしまう。

おそらく、最終的に自分が選ばれたことを嬉しいと思える人もいるのだろう。

いろいろな人を見たうえで、自分を選んでくれた。

最後に選ばれたのは自分だった。

そう受け取れる人もいる。

でも私は、比較の末に選ばれたことより、最初の段階で見つけてもらうことを好む。

まだ周囲が気づいていない時に、この人だと思ってほしい。

誰かが去ったあとでもなく、
誰かとうまくいかなかったあとでもなく、
失いそうになってからでもなく。

最初から、私を見つけてほしい。

これはプライドが高いのかもしれない。

選ばれ方にまで注文をつけるなんて、面倒な性格だとも思う。

けれど、人の気持ちは理屈だけで変えられない。

後から気づく好意が、本物の場合もある。

相手にも事情がある。

認識に時間がかかる人もいる。

すべて分かっている。

それでも私は、途中から選ばれるのが気に入らない。

どうしても、気に入らないのだ。



* あとがき *

昨日、「好意を保存する人」を公開した。

私自身は、好意を保存された経験がほとんどない。

二番目だと感じた時点で、待たずに離れるからだ。

だから今日、ずっと出したかったこの記事を出してみる。

好意を保存されるのも嫌。

途中から選ばれるのも、やっぱり気に入らない。





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