長峰神社
名称:長峯神社(ながみねじんじゃ)
所在地:三重県伊勢市古市町333-1
祭神:天鈿女命(あめのうずめのみこと)
通称:「おすめさん」「うずめさん」(於須女=アメノウズメの別名とされる)
合祀:神木花開耶姫命・菅原道真公ら六柱
立地:内宮エリア、古市街道沿いの高台
例祭:毎年8月15日。神輿渡御、芸能奉納、餅まきなどが行われる
芸能奉納:多くの芸能人が奉納演芸を行う年もある
御利益:芸能上達、商売繁盛、縁結び







古代 外宮と内宮を結ぶ尾根沿いの丘陵地一帯(古市)に
天鈿女命を祀る産土神として長峰神社が成立
(社名の「長峰」は、長く続く峰=丘陵地形そのものに由来)
江戸時代以前 古市一帯は水利が悪く民家もほとんどない
楠部郷の一部だった
江戸時代前期 伊勢参りの参拝客が急増。参拝後の精進落としをする人々を
目当てに 茶立女・茶汲女を置く茶屋が現れる
元禄期(1688〜1703年)頃 高級遊女を抱える大店が現れ始め
古市は本格的な遊郭街へと発展
「江戸の吉原、京の島原と並ぶ三大遊郭(五大遊郭とも)」と称されるまでに
寛政6年(1794)の大火で被害を受けるも その後も繁栄が続く
文政年間、油屋で殺傷事件が発生(油屋騒動)
歌舞伎『伊勢音頭恋寝刃』として脚色され今も上演される
→ 長峰神社は、伊勢音頭の遊女・古市歌舞伎の役者たちの
「祖神(おやがみ)」として、芸能の守護神の性格を強めていく
太平洋戦争中の空襲・度重なる大火 古市の面影のほとんどが失われる
→ 現在、往時の建物としては麻吉旅館(国登録有形文化財)のみが現存
天鈿女命は芸能・芸道の女神として全国的に信仰されていますが
この古市の地では特に「花街・芝居の守り神」という
より具体的で生活密着型の信仰対象になっていた
"庶民の歓楽街に根ざした芸能の神"という違った顔を持つ
鳥居・社務所・手水舎・拝殿:
参道をまっすぐ進むと社務所その向かいに手水舎奥に拝殿という構成です
往時を偲ぶ松:
境内には、古市の繁栄の時代を偲ばせる松が伝わっているとされます
お白石持行事への参加:
倭姫宮の式年遷宮に伴う「お白石持行事」において、長峰神社の氏子地域
(桜木町・中之町・古市久世戸・桜が丘・五十鈴ヶ丘の5地区からなる
「長峰連合」)が実際にお白石を奉献しており
伊勢神宮の祭祀と地域が直接結びついていることが分かります
古市遊郭:
古市は江戸の吉原、京都の島原と並ぶ「三大遊郭」
(資料によっては「五大遊郭」とも)の一つとされ参宮客の
精進落としの場として、歌舞伎・浄瑠璃も盛んな文化の中心地でした
往時は油屋・備前屋・杉本屋という三大妓楼が特に有名でした
油屋騒動と『伊勢音頭恋寝刃』:
文政年間、油屋で発生した殺傷事件が、歌舞伎『伊勢音頭恋寝刃』として
脚色され、現在も上演され続けています
近くの大林寺には、事件の関係者(お紺・斎)の比翼塚が残ります
古市歌舞伎独自の遊女選び:
古市の遊郭は、格子越しに遊女を選ぶ一般的な方式とは異なり
舞台上で遊女たちが伊勢音頭を踊り、それを見た客が相方を選ぶという
芝居と一体化した独特の営業形態を持っていたとされます
お杉お玉:
間の山の坂で三味線を弾きながら道行く参拝客に銭を乞うた、
門付芸人「お杉お玉」の小屋跡もこの一帯の
芸能文化を物語る伝承として残っています
麻吉旅館:
天明年間(1781〜1789年)の地図にも名が見える老舗旅館で
5層6階の木造懸崖造りという特異な建築様式を持ち
平成17年に国の登録有形文化財に登録されています
かつての古市の繁栄を今に伝える、事実上唯一の現存建造物です
