映画『オデュッセイア』が面白くない!? ウソだろ!? でも実はソレ⋯日本人に「神話体験」が希薄だからではないか
映画『オデュッセイア』が面白くないと感じたのなら、それは神話というものに対して思春期までに「ワクワク」をもらっていなかったからかもしれない。
日本にも神話はある。ヤマタノオロチなど、まさに怪物対峙の定番じゃないか。しかしながら、このヤマタノオロチの話も「名前は知っているけど話は全然知りません」って人は案外多い。実際に「どういう話?」と聞いても神話を子供自体に通らなかった人は、「ん~」と唸ってしまうんじゃないかな。これは戦後の教育の中で、この神話体系を学ぶ機会が薄れてしまったことに起因する。結果として、日本人の子供がみんな知っているワクワクする神話的冒険譚というものが根付いていない。
実はその空白を埋めてきたのが「漫画」である。だから手塚治虫を始め、意外と神話を想起させる作品は数多く出ている。日本ではSF小説が出てこないと言われるが、漫画のジャンルで言えばSFなど幾らでも存在する。もし、あなたの好きなSF漫画がノーラン監督レベルの資金力を使って壮大なスケールで映画化されたとすれば、その感動は違ったものになるだろう。
しかし今の日本人にとって「神話」は馴染みのないものである。だからこそ『オデュッセイア』という有名なホメロスの叙事詩の神話が題材の映画を観ても「へぇ~」で終わってしまう人が少なくないのではないか。
僕は元々神話が好きで、小学校高学年から中学校あたりで読み込んでいた。最初に冒険譚が好きになったのは小学校3年の夏休みに読んだ「冒険者たち」だったのを明確に覚えている。ネズミの主人公ガンバが十五人の仲間たちと共にイタチとの戦いに出るザ・冒険譚である。当時、その物語に胸が熱くなり、そこから僕の読書の人生は始まったと明言できる。
だから神話は一般的な小学生よりも読んでいた。この「ガンバ」の胸熱が無ければ、おそらく読書をそこまでしてきたかどうか疑問ですらある。その意味でも冒険譚でアツくなった、アノ日があって、今の僕がいるのだと思う。ガンバに感謝である。
ってことで、このホメロスの扱ったギリシャ神話を知っているがゆえに今回のオデュッセイアも「そこをそう映像化するのか!」みたいな感嘆と、アノ時感じた「ワクワク」や「どうなっちゃうの?」といった不安感が思い出され、大人ながらに童心を刺激されたのだ。
逆に神話という土台を持たずに観れば、「よくある話じゃない?」くらいなもので終わってしまうんじゃないかな。もちろん、映像も音も素晴らしいものであるのは疑いもないのだが、ただそれを微細に感じ取れるほどの映画通がどれほどいるのかという話にもなる。
要するに、「神話」にどの時点で、どう触れたか、がオデュッセイアそのものを面白くする一つの分岐点になってくるのではないかという気がしてならない。
もし今ホメロスの「オデュッセイア」をまるで知らないとして、さらに思春期の冒険譚に胸踊らせるような時期に何らの神話にも触れずに、それらの高揚感を渡らずに生きてきたと仮定すれば⋯、多分「期待外れ」となってしまうのだろう。
「なんで世界的にそんな売れるの?」
「ネームバリューってことでしょ?」
になるのは、この部分が強く結びついているのではないか。
もしあなたが思春期のどこかで神話にワクワクした経験があるのなら、きっと想像以上に楽しめるはずだ。
あなたは子供の時、どんな物語に心を鷲掴みにされただろうか。そんなことを思い起こしてもいいのかもしれない。
PS.
「オデュッセイア、全然面白くなかった」と言われて、ちょっとカチンと来たから「でも、なぜだ?」を自分なりに考えてみた。多分、これだと思うよ。だってキュクロプス(片目の巨人)とか、小学校くらいで読んだらさ、めっちゃ怖かったやん? ってのがあれば、絶対に面白い!
ちゃんちゃん。
