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結局、人生は捉え方が10割ってことに気づいた話

はじめに


AIばっかり使ってて言語化すること減ったし、
頭わるくなってそうなので言葉にする練習します。

飛行機のってるときってネット環境が悪すぎて
AI使えないので移動しながら言語化してみます。

書きながら弱スピっぽいと感じられる気がしたので
なるだけロジカルに捉えてもらえると助かります!!

先日、人生における幸福について考えてることを
多段階思考→一次思考についてXで投稿しました。
頑張って書いたので読んでんでみてほしいです

学生の頃から学力は高くないけど
考えることは好きで、頭良い風を装って生きてきました。

そんな僕自身はすごく負けず嫌いで
負けん気の強い人生を送ってきました。

いかにして負けないか、相手を負かすか
みたいなことばかり考えて意思決定してきました。

そんな自分がこの3年くらいで大きく意識が変わっています。
意識が変わってから仕事が、人生が大きく変わったので、、、

何が変わったのかnoteにしてみたいと思います。
長くなりますので時間があるときに流し読みしてください

1.何をしても負け続ける人生でした。


突然ですが、自分語り失礼します。

幼少期は全然勝ち負けに執着してなかったんですが…
物心ついた頃から超がつくほどの負けず嫌いで
意思決定の中心は「負けないこと」でした

それなのに、僕の人生は負けの連続でした。

中学陸上:3位入賞で九州大会出場なのに4位で出場できず
高校受験:偏差値70くらいの第一志望に落ちて60くらいの高校に進学
高校陸上:6位入賞でインターハイのところ7位で出場できず
大学陸上:あと数秒で全日本インカレに出場できず
大学就活:最終面接前で第一志望に内定を獲得できず

こんな感じで学生時代のライフイベントにおいて
大体の目標が達成されない人生でした。

だた実は元々のスタート地点が低いので客観的には
「まあ、及第点だよね」っていう結果でした。

中学では陸上部で女子よりも足が遅く社内選考落ち
学力も学年順位で200人中180位の偏差値も40くらい
高校でも県大会でても予選落ちレベル
大学でも4年生まで怪我して3年くらい棒に振って練習もできてない
先輩は大衆の飲食店しか就職できないような学歴でいわゆるFラン大学卒

すべてのスタートラインが低すぎて
上がるしか無いみたいな人生からスタートしてます。

そんな自分が受け入れられないプライドだけで
割と人生努力でどうにかしてきたタイプです

ただ、目標が達成できた試しのない
29歳くらいまで一生負け続けてる人生でした。

■ 変わったら人生がマジで楽になりました

ただ、人生の捉え方を変えたことをきっかけに
人生から負けの回数が激減しました

この2年くらいは本当に思い通りに
かなり近いカタチで人生が進んでいます。

負けず嫌い≒勝つことが好きだと思ってたけど
多分この2つの認識には雲泥の差があると思います。

負けず嫌いの人の人生には"負け"の事実が何度も発生してくる
勝つことが好きな人の人生には"勝ち"の事実が何度も発生してくる

そんなことあるのか?オカルトじゃんって思うかもしれないけど
全然オカルトじゃないです。
人生って自分から見えたものをどう捉えてるか?でしかない
自認の中の世界が自分の人生なのだと思ってます。
自認によって自分の世界が作られています。

その人にとっての"当たり前"は本当に勝手な偏見です。
アインシュタインが常識とは偏見であるみたいなこと言ってるけど

常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションでしかない

アルベルト・アインシュタイン

まじでそれでしかなくて
常識なんてマジで勝手に大衆が言ってるだけで
なんなら勝手に個人が言ってるまであります

この"自認"によって人生が好転するのであれば
"自認"を変えたら人生最高になるじゃんって気づきです。

2.最初に伝えたいメンタルの強さについて


僕は生きてて、仕事していて
「あなたはメンタル強い」って言ってもらえる事が多いんですが
自認ではメンタルどうのこうのよりも結果を出すことが重要で
メンタルもクソもないだろうって思っていました。

結果が出てない自分を受け入れられなくて
弱ってる暇もないみたいな…

昔は、「メンタルが強い」っていうのはそもそも
何が起きても動じないようなことだと思ってました。

でも最近は、「メンタルの強さ=どう捉えているか?」
なんじゃないかって考えています。

たまたま本田圭佑が同じようなことを言ってたんですが。。。

@senku2525.kandou

本田圭佑さんがメンタルの強さについて話します #名言 #感動 #挑戦 #サッカー

♬ Ghibli-like piano solo ballad(957146) - tomori

彼は起きた不遇なこと(大半の人が不遇と捉えること)に対して
「ラッキー」って思うらしいです。
しかもこれが強がりではなく本当に思っているんだと思います。

彼はメンタル=考え方みたいなニュアンスだったんですが、、
個人的には捉え方の方がしっくりくるので、捉え方としてまとめます。

不遇に対してラッキーと心から思えることが
彼が世界レベルで活躍できる本当の強さなのかなと思います
(サッカーまじで何も知らないけど)

同じ出来事を見ても
人によって"現実の色"がまったく違って見えるはずです。

それはその人が
「何を通してそれを見ているか=どんな意味を貼りつけているか」
が違うからだと思っています。

事実と解釈が違うし、この解釈は反射的に発生していることなので
究極は、リフレーミングして対処しても
本当の意味で解消されることはないと思っています。

3.潔癖症な人間は一生"汚い人生"を歩む


「何を通してそれを見ているか=どんな意味を貼りつけているか」
という視点で考えたとき

潔癖症な人間は一生"汚い人生"を歩むと思っています。

例えば…汚いことが嫌いな潔癖症みたいな人がいたとする
潔癖な人は少し散らかってたり、
汚れを見つけるとキレイにしたくなると思います。

僕は特段、綺麗好きではないんですが、、、

こんな少し散らかっている机を見たときに
別に物が出てるなあくらいで気になりません。

一方で潔癖な人は
無駄な物が出てること
角に少し汚れがあること
表面に小さなホコリがあること
細かいことが気になって仕方がない。

気づいた人もいるかもしれないですが…

潔癖な人は"汚い"という自分が最も避けたい事実を認識してしまう。
僕の人生よりも潔癖な人の人生には
"汚い"の登場頻度が明らかに多いですよね。

■ 非常に残念ながら、恐らく一生負け続ける

当たり前のことを言ってるみたいですが
先述した負けず嫌いの自分が人生において
"負け"が登場する頻度が高いということと全く同じ事が起きています。

こんなこと言っても…って思う方もいるかもしれないですが
ほとんどの人は自分にとって大事な価値観の中で生きてるし
その現実が目の前に現れてることを自覚して囚われられなくなるだけで
本当に本来あなたの生きたかった自分の人生を
生きることができるようになります。

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って感じのノリになりそうなんですが、まじで人生変わると思ってます。

4.アイデンティティは自分の人生における強い武器


話しを少し戻すと僕の人生は負けの連続だったし
負けることで自分を奮い立たせて前に進む原動力になってました。

僕の人生にとって"負け"という事実は
無くてなならない存在として30年寄り添い近く生きていました。

振り返るとあの"負け"は今の自分をカタチ作ってるものだし
感謝の対象まであります。

負けるたびに新しい壁に立ち向かって、負けを乗り越え壁を突破しても…
より大きな課題が生まれて次の負けが出現するような人生でした。

なんならその人生が最も素晴らしく
自分を遠くまで連れて行ってくれるものだと思ってました。

潔癖な人が小さな壁として机に置いてある物を片付けたら
今まで目立たなかった少しの汚れが気になり、その汚れを落としたら
もっと小さなホコリが気になり、ホコリをキレイにする。

最初よりも気づきにくい"汚い"を探してしまうように、、、

より難易度の高い問題や課題を無意識に探してしまう
そういう構造になっているとは思いませんか?

これを本人に言うと「負けず嫌いなことは」
自分のアイデンティティだと言う気がします。

「今の自分があるのは」
負けず嫌いの自分の人生の意思決定の
連続によって手に入れた現実だから
負けず嫌いのお陰で自分の人生が加速し続けてる
と本気で信じて疑わないんだと思います。

それ自体は実際に得た現実なので
一切嘘偽りのない事実です

■ アイデンティティによってその人の人生は作られてる

アファメーションをすると…
今まで認識できなかったことを認識してしまうように
人生レベルでアイデンティティによって見ている景色によって
自分の人生をカタチ作っていると言っても一切過言ではないと思います。

負けず嫌いの人間には負けが発生します。
だって負けた方が自分の人生が前に進むことを
人生経験の中で認識しているから
負けが自分の人生を前に進めてくれると潜在的に誤認している。

でも…もし負けず嫌いでなくても
今まで得た結果と同じものを得られるとしたら?
もし、負けず嫌いな人生では得られなかった大きな結果を得られるとしたら?

勝つことが好きで勝ち続けることで
人生を加速することができるとしたら
どれだけ幸せだと思いますか?

と言う事をこの3年間で気づきました。
負けずに勝ち続けて自分の思い通りになる人生の歩めること。

5.同じような行動にもモチベーションには二種類がある


結論。

負けず嫌いではなく勝ちが好きになれば良い。

負けず嫌いの人の人生に"負け"が発生するのであれば
勝ちが好きな人の人生には"勝ち"が発生するはず。

わかりやすく例えると…
潔癖ではなく綺麗好きになればいい。

潔癖の人は重度の綺麗好きという物の言い方があるかもしれないけど
おそらく少しニュアンスが違うと思ってて。。。

例えば同じ綺麗好きでも
とある潔癖症の人は「汚れが気になって仕方ない」
とある綺麗が好きな人は「綺麗だと気持ちいい」
だから片付けて綺麗にする。
片付けて綺麗にするという行動は同じでも
見えてる現実や思考の色がまったく違う

前者の人は"汚い"事実を回避したい
後者の人は"綺麗"な事実を実現したい

■ away型とtowords型が存在する

これをポジティブ/ネガティブという表現をするかもしれないです。

僕はこれを
away型のモチベーション(回避優位)

towords型のモチベーション(理想に向かう)
と定義しています。

もちろん、現実には多くの人がこの両方の要素を持っていて
場面や分野によって使い分けていることが多いと思います。

ただ、どちらが自分の中で主導的になっているか
特に人生の重要な局面での意思決定において
どちらのモチベーションが強く働いているかで
日常で認識する現実の色が変わっていると思います。

away優位の人にはawayな現実が
towords優位の人にはtowordsな現実を
認識しやすい人生が目の前で起きるはず。

例えるなら
人生って"レンズ越しの景色"みたいなもので、、、
このレンズがほんの少し曇っているだけで
焦点が合わず見えている景色は全部変わってしまう。

6.away→towordsに切り替わるだけでOK


僕は負けず嫌いなaway型モチベーション
→勝ちたいというtowords型モチベーション
に切り替わったことで人生が大きく好転しました。

この3年くらいの僕の変化を知っている人は
何となく…人が変わった印象を持ってくれる人が
いるんじゃないかなと思います。

なんか業績も安定して順調だから機嫌がいいとかではなくて
自認が変わったから業績も安定して
機嫌も良いように見えてるだけのはずです。

おかげさまで、たくさんの優秀な人に囲まれて
毎日信じられないくらい幸福感を得ながら楽しく働けています。

毎月のように謙遜抜きに自分よりも優秀な人達が
次々に会社に参画してくれて
客観的に見て羨ましくなるくらいには
信じられないくらい加速しています。

しかも、多分これからも加速するイメージしか無いです。
多分、勝ち馬なのでちゃんと賭けてください。
ベットしてくれた人達の人生をより良くできる自信があります
(根拠は特にないですが…)

既に主となるアイデンティティがtowords型のモチベーションの人は
away型のモチベーションの存在の認識するだけで面白いかもしれないです

実際、僕自身も強固な価値観はtowordsになったけど
未だにawayなモチベな部分で動いている部分もあるので
人によって、分野によって、混在してるのが普通だと思います。

大切なのは、自分の人生にとって重要な分野で
不都合なaway型のモチベーションがあることに気づくこと
そして、その部分だけでもaway→towordsにスイッチするだけで
楽になるので改善を心がけてみてほしいです。

この捉え方をスイッチする方法はすごく簡単です。
そう捉えるようになった原因を認識して、過去の自認を変えるだけです。
騙されたと思って自分がaway型のモチベーションで
生きている自覚がある過去を清算してみてください

人生を見ているレンズの曇りって
大抵のケースでは「幼少期にどんな風に世界を受け取ったか」
で決まってると思ってます。

7.捉え方のインストールは幼少期の"誤読"


たとえば、、、
小さい頃に「失敗したら怒られる」って体験を何度も繰り返してるとする。

でも、その怒られ方が「なんでこんなこともできないんだ!」 みたいな
人格否定ベースだったとしたら、
子どもってこう思うんじゃないでしょうか

「失敗した=ダメな自分」
「怒られる=自分には価値がない」

本当は大人の機嫌が悪かっただけかもしれない
叱った側に悪意なんてなかったのかもしれない
今だったらそういった解釈ができる人も多いと思います。

でも、当時の自分にはそれを"翻訳"する力がない
(知性が追いつかない人がほとんど)
ほとんどの子どもは意味を選べない。
まだ成長していない脳みそで一生懸命仮説を立てて
目の前の現象を"感情と結びつけて"そのまま記憶する。

だから、「怒られた」という出来事に、
"怖かった"とか"悲しかった"とか"傷ついた"という感情がのっかると、
その記憶は"意味"として脳に固定される。

例えるなら、熱い鍋を触って火傷した経験と似てて、
次からは"熱い鍋=危ない"というプログラムが反射的に走るようになる。
このときに、"意味づけのOS"が自分の中にインストールされる。

余談ですが、最近会った人が異様に頭が良くて、結果も出てるし、気がいい人でした。 その人は幼少期からIQ高すぎて病院行ってたらしいです
(多分、今で言うギフテッドっていう類の人間)

これからは推測だけど…
その人は幼少期から"翻訳"する力が備わっていて
towordsで生きやすかったのもなあと考えさせられました。

■ 一度固定された"意味"は、人生を自動運転する

"意味づけのOS"が自分の中にインストールことが
非常に厄介だと思ってるんですが、、、

たとえば

「怒られる=自分が悪い子だから=存在価値がない」

みたな意味を無意識に持ってしまったら、

社会に出てからも

  • 注意されると極端に落ち込む

  • 指摘されると「否定された」と感じる

  • ミスをしたら「自分には価値がない」と思ってしまう

…みたいな反応が、自動的に出てくるようになる
これって、その人が「出来事の意味」を
上書きせずに生きてるからだと思います。

あるいは…上書きする方法すら知らないから
自認の中の世界でしか生きられない。

例えると、自転車のハンドルが1度だけ曲がってる状態
そのまま何十年も漕ぎ続けてるような感覚で
最初は些細なズレでも
進むほどに"人生の進路"が大きく逸れていくんじゃないでしょうか

人生の手前で変わることができればまっすぐ走れるのに
年を取れば取るほどに大きく道を逸らしてるみたいな状態。

8.歪んだ捉え方の怖さは、"成果が出てしまうこと"にある


先述したように「負けず嫌い」ってアイデンティティ。
一見すると、ネガティブに見えないし
なんなら努力の源泉にすらなってる。

でも、そのアイデンティティのルーツが

「負けると自分の存在価値がなくなる」

だったとしたら?
それって"自分を罰することでしか走れない"
っていう構造じゃないのでしょうか

悔しさ、怒られた記憶、恥をかいた体験
そういう「痛み」をガソリンにしてここまで走ってきた人ほど

「"負けず嫌い"を手放したら、もう前に進めなくなるんじゃないか」

って怖くなる。

数年前までの自分はこれでした。
「負けると価値がないから絶対に負けたくない」
無意識レベルで負けに対する恐怖の中で負けを回避して生きていました。

■ awayで生きるのって実はすごく苦しいことかも

本当は負けず嫌いではない"別の燃料"でも進めるかもしれないのに
負けず嫌いのお陰で自分の人生が前に進んでると自認したくなる
なぜなら、負けず嫌いを捨てることが本当に怖いから。

でも、このawayな原動力で生きていると
結果は出てるのにどこか苦しかったり辛い事が多い気がします。
もう辞めたい、止めたいって思うことになるんじゃないかと思います。

たとえば…
昔いじめられてて、「見返したくて」ボクサーになった人は
強くなっても強くなっても、、、
より強い人間と戦うことになり弱い自分が嫌で
怖くて頑張り続けることになる

その人が仮に世界チャンピオンになったら
この人の回避したいモチベーションは終了されて

続けていてもタイトル防衛戦が一生続くから
どこかで糸が切れて勝ち続けることができない。

そして、そういうawayなモチベーションの人って
自己充足感が薄くて苦しそうにしてる人が多い気がしています。

そういう人は"強い言葉"を使ってしまいます。
強い言葉は自分を守るために使っている
ブリーチで愛染が言ってたように弱く見えるんだと思います。

9.「away」なモチベーションは、人生を"不足ベース"にする


もう一度モチベーションの話に戻ると

  • 「怒られたくない」

  • 「失敗したくない」

  • 「否定されたくない」

こういう"回避型/避けたいもの"ベースで動いてる人って

どこまでいっても

「現実に見えてるのは、まだ満たされてない"欠けた部分"」

になっちゃうと思います。
だから、それを他人に認識されないために強い言葉で鎧を被る。

逆に。。。

  • 「こんな風になりたい」

  • 「こうありたい」

  • 「こうすると気分がいい」

みたいな"向かいたい未来"から動いてる人は

「今ここにある"充足"」に目が向く。

例えるなら、
同じく「綺麗好き」な2人がいても、

  • 潔癖症の人は「汚れが気になって仕方ない(away)」

  • 綺麗好きな人は「綺麗な部屋にいると気持ちいい(towards)」

行動は同じでも、見えてる現実の色がまったく違うことと同じ

多分、towords型の人の近くにはtowords型の人間が集まるし
同様にaway型の人の近くにはaway型の人間が集まる

towords型の人たちはご機嫌になりやすく
away型の人たちは不機嫌になりやすい気がします。

towords型になって、自分も周りの人たちも自己実現できていて
ご機嫌に生きていたほうが人生がめちゃくちゃ充実しそうじゃないですか?


■ 「意味の編集」ができる人が、自由を手に入れる

もう一度話を戻します。

away型をtowords型にするためには自認を変えるしか無いです。
どうすればこの"自動的に貼られた意味"を外せるのか?

答えはシンプルで

「自分が意味づけてたことに"気づくこと"」

まずは、今自分が感じた反応に対して

「この反応って、どこから来てるんだろう?」

このように問い直して見ることから始める必要があります。

そして

「これは今の事実?」

「それとも、過去の記憶が意味を上書きしてる?」

これを自問自答して解消するだけで
世界の見え方は少し変わってくるはずです。


■ アイデンティティは「重たい鎧」から「選べる装備」へ

昔の自分が、文字通り必死に生き抜くために作った捉え方。
それは確かに、当時は必要だった"戦い方"だったかもしれない。
でも、大人になった今の自分には
もっと自由に選べるはずじゃないかと思います。

ゲームの主人公がステージが変われば武器を変えるように
人生のフェーズが変わったら

「自分に合った"捉え方"も着替えればいい」

過去を否定なんてしなくていいと思います。
実際に今の自分があることは過去の自分の積み重ねで
良い結果も悪い結果もひっくるめて受け入れるべきだし

受け入れたほうが人生が楽になるはずです。
でも未来のために"意味"を更新することが
自分を大切に生きるってことなんじゃないかと思います。

10.変わることは、捨てることじゃないはず


こんな弱スピみたいな文章を最後まで
拝読いただきありがとうございました。

今回は断片的に会社で一部の人達に向けて
たまーに話していることを文章にしてみました。

若干まとまりないですが一旦終わります。
多様性〜みたいなものが叫ばれる中で
最近の人たちはよく「自分らしさ」にこだわってるなって思います。

でも、本当の"自分らしさ"って
過去に縛られて生きることじゃなくて

「今の自分が"どんな人生を選びたいか"に気づいて、意味を設計し直すこと」

なんじゃないかと思い始めています。
僕自身がそうだっただけかもしれないけど。。。

自分を守ってきた意味づけ、捉え方。
その過去を、精算すべき過去をきちんと清算して
未来にふさわしい新しい自分に上書きすることが多分大切。

上書きすることって、めちゃくちゃ勇気のいることだけど
ある種、今までの自分を否定するように感じる人も多いと思うけど

「生きてるって感じる瞬間って、そういう"意味の更新"の中にある」

新しい自分になることは本当に気分がいいです。
この思考のアップデートをしたことで、全部うまく行き始めて

「自分ばっかりこんなに人生思い通りになってて良いのかなあ」って
嫌味なく、、ふとした瞬間に度々考えさせられます。。。

自分で言うのもなんですが…

ここまで認識して生きてる人ってそんなに多くないと思ってます。
その辺の人よりは自分の人生に向き合って、
自分の人生を考えている方だと自惚れてます。
こういう話するのすごく好きなので機会があればお話しましょう!

ノリで書いたけど頑張ったので宣伝させてください。。。
一緒に働いている人たちはもちろん
公私関係なく関わってる人の人生は前進してもらいたいです。

人生は"まじで一緒に関わってる人たちに引っ張られる"と思います。
周囲の5人の年収に〜みたいな話ってこういう事が
内包しているんだと思っています。

年収ももちろん大事!
でもそれ以上に人生の充足感を持てるような
最高の環境を一緒に作りたいです!

・なんかモヤモヤする人
・もっと頑張れるのにって人
・回避型で上り詰めて手放したい人

転職してウチで働いてください!!DMください!!
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AIでホワイトカラーの仕事たくさん無くなっちゃうかもしれないですが
もし、ホワイトカラーの仕事なくなったら畑仕事一緒にしましょう!

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