【プロローグ】ヴィクトリアになりたかった
劇団四季ミュージカル「キャッツ」をご存じでしょうか。
1983年日本初演からこれまでロングラン公演を続けているお化けミュージカル。ちなみに東京ディズニーランド開園も1983年、私も1983年生まれ。
この3つ、1983年っていうのは何でしょうな。
何かありがたい…と思わずにいられない。
遡ること2004年11月、五反田キャッツシアターがオープン。
その年の春、舞台美術の専門学校を卒業した私は定職に就くでもなくアルバイトを掛け持ちしながら、のらりくらりフリーター生活のその日暮らし。
当時20歳という年齢はとにかく「根拠のない自信」でいっぱい。
「何とかなる」とふんわり考えながら生きていた気がする。
今42歳になって思うのは「それはそれでオッケー!」ということと「年を重ねるほど自信には根拠が必要」だということ。
だからこそ、若さと無名と貧乏は美しい。
だからこそ、そこから積み上げるしかなかった。
その2年前、高校3年生の5月某日好きなアーティストが地元三重県にライブでやってきた。
人生で初めて見るコンサート。視界の先に本物のアーティスト。
音の響き、照明の鮮やかさ、興奮の渦、盛り上がりひとつになる会場、「なんやこれは…」とにかく感動した。
卒業後は名古屋のデザイン学校に進学予定だったが急遽進路を変更した。
(勢いとパッションはこの頃からすでに完成されていたのだなぁ)
「裏方をやりたい」と高校を卒業し上京したのが翌2002年春。
コンサートや舞台のバックステージで働くことを夢見、先生の手伝いとして劇場や舞台照明の会社、映画試写会やイベント会場などチャンスがあればどこへでも行った。
しかし、現実は生活費と学費を稼ぐことで毎日いっぱい。2年生になると授業を欠席することも多々あり、先生に頭を下げてギリギリ卒業できたほど。
そんなんだから就活もろくにせず「学生」から「フリーター」として社会に放り出されたわけです。
そして秋、偶然「五反田キャッツシアターオープニングスタッフ募集」を見つけた。面接では情熱の限りをぶつけ、「ちなみに高校3年の体育祭でキャッツアイを踊りました。」と劇団四季キャッツとはまったく関係のない「北条司先生のキャッツアイ」の「キャッツかぶり」だけの情報も追加し見事採用されるに至った。
しかし、ヴィクトリアまでの道のりが長すぎる。
何が言いたかったて、キャッツの全キャラクターの中で私が最も憧れたのは「ヴィクトリア」だ、それだけが言いたくて1,000文字オーバー。
ヴィクトリア…白銀で美しく、月明かりのもとで優雅に踊る姿、完ぺきなY字バランス、からのターン。
それよ、それやりたかった。Y字バランス。
その後、バイトをしながら憧れ(Y字バランスがやりたい)をかなえるべくクラシックバレエ教室へ通い始めた。
レッスン3回目の日、初級クラスなのに皆くるくる3回転してる様子を見て絶望し辞めることを決めた。
半回転もできない私に先生が唯一褒めてくれたのが
「あやこさん、あなたの足の甲は美しい、ピーンッとしてる」
「ピーンッとしてるのかぁ…」
悲しいほどにそれだけを褒めてもらえた。
さて、「ヴィクトリアになりたかった」本当に。
キャッツはバイト期間中の2年間で500回は見たはず。
脳内では振り付けは完璧。
脳内のちっこいステージ上で私はいつだってヴィクトリアになれる。
それで満足できた。なぜなら私は当時「若くて無名で貧乏」だったから、根拠のない自信だけあったから、何か良い感じ、と思っていた。
日々は過ぎるけれど、ここから今まで少なくとも人生を積み上げてきた。
時間もかかるし、時々みじめで情けない瞬間もたくさん経験したけど。
42歳、今の私は少しくらいは根拠付きの自信を持って生きている。
そしてここまで1,500文字突破。
ではまたsee you around
