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南大阪アカンジャーズ 1話 どもども、柴犬アンやで

あらすじ
南大阪アカンジャーズは、南大阪ゆかりの偉人たちが、ただの歴史オールスターではなく「言葉が時代に負けた人たち」だったからです。
菅原道真は左遷され、千利休は切腹に追い込まれ、楠木正成や真田幸村は敗れ、与謝野晶子は戦争反対というまっすぐな言葉で抗いました。
彼らは空気を読んで黙るより、「それはアカン」と言ってしまう人たちです。
現代なら、めんどくさい、扱いにくい、変わり者と呼ばれるかもしれません。
でも大事なのは、何を見て怒り、何を守ろうとしたか。
南大阪アカンジャーズは、切腹も左遷も不遇も上等で、それでも「アカンもんは、アカン」と言う物語です。
東京でもニューヨークでもなく、仁徳陵、道明寺、堺、金剛山、商店街から世界を叱る。
剣ではなく茶碗で、爆弾ではなく飴ちゃんで、時代に負けた言葉を令和でリベンジさせる物語です。


その夜、アンはたこ焼きの匂いを追いかけていた。

雨上がりの道は、街灯の光をぬらして、ピカピカしていた。

アスファルトからは、まだ雨の匂いがした。

車が通るたびに、水たまりが小さくふるえた。

アンの赤いバンダナも、夜風にひらりと揺れた。

「どもども、柴犬アンやで」

誰に言うでもなく、アンは小さく胸を張った。

夜の散歩は、ちょっとええ。

昼間より人が少ない。

焼き鳥屋の煙も、パン屋の甘い匂いも、たこ焼き屋のソースの匂いも、道に長く残っている。

特に今日のたこ焼きの匂いは、強かった。

ソース。

かつおぶし。

あつあつの粉もん。

タコ。

アンの鼻は、ひとりでに前へ前へ行った。

「これは事件やな。たこ焼き方面に、重大な事件が発生してるわ」

ほんまは、肉屋のコロッケの匂いにも、ちょっとだけ鼻が引っぱられた。

右へ行けば、たこ焼き。

左へ行けば、コロッケ。

アンの前足が、ほんの少しだけ左へ向いた。



その時、大学の方から、変な匂いが流れてきた。

古い紙。

雨にぬれた木。

お茶。

鉄。

それから、腹ぺこの人間の匂い。

アンは、ぴたりと止まった。

「コロッケはあとやな。これは、鼻が見逃したらアカンやつや」

アンはしっぽをくるんと揺らしながら、大阪公立大学の近くまで歩いてきた。

大学の門は、雨にぬれて黒く光っていた。

大きな建物の窓は、ところどころ明かりがついている。

学生たちはほとんど帰ったあとやのに、研究棟だけは、まだ眠っていないみたいやった。

アンは門の前で足を止めた。

たこ焼きの匂いの奥に、さっきの知らない匂いが濃くなっていた。

アンは鼻を上げた。

「なんや、この大学。たこ焼きの奥に、教科書みたいな匂いするで」



その時やった。

研究棟の窓が、青く光った。

ピカッ。

雷ではない。

空はもう晴れかけている。

でも、研究棟の中から、青い光がふくらんだ。

アンの耳が、ぴんと立った。

次の瞬間、低い音がした。

ドン。

地面の下で、だれかが大きな太鼓を叩いたみたいな音やった。

大学の木々が、ざわっと揺れた。

遠くの方で、鳥が何羽か飛び立った。

アンは、仁徳天皇陵のある方角を見た。

夜の中に、森の形だけが黒く浮かんでいる。

その向こうで、細い青い光が、すっと空へ立った気がした。

アンは目を丸くした。

「古墳まで光ったん? たこ焼き食べに来ただけやのに、話がデカすぎるやろ」



研究棟の自動ドアが、ウィンと開いた。

中から、冷たい空気が流れてきた。

アンの鼻に、さらに強く匂いが届く。

古い紙。

お茶。

鉄。

腹ぺこ。

そして、人間のあせった匂い。

アンは前足を一歩出した。

でも、一瞬だけ、足が止まった。

自動ドアの向こうは、白くて、冷たくて、知らない場所や。

アンは、知らない場所が嫌いではない。

けれど、首輪の先に人の手がない場所へ入る時だけ、胸の奥が少しだけスカッとする。

自由や。

逃げてもええ。

そんな気持ちが、ほんの少し顔を出す。

アンは首を振った。

「逃げるんは、あとでもできる。腹ぺこは、あとにしたらしんどい」

アンは研究棟へ入った。

床はつるつるして、アンの爪が小さくカチカチ鳴った。

奥の部屋から、ピー、ピー、と機械の音が聞こえる。

人間の声もする。

「ログ、消えてます!」

「外部入力ちゃいます!」

「仁徳陵周辺の磁気データ、まだ上がってます!」

「道明寺の気象センサーも変です!」

「堺旧港の潮位計まで反応してます!」

アンは廊下を小走りで進んだ。

壁には難しい名前の部屋が並んでいる。

アンには、ほとんど読めない。

でも、匂いなら分かる。

この奥にいる。

腹ぺこの人たちが。

一番奥のドアが、半分だけ開いていた。

青い光が、そこから床へこぼれている。



アンは鼻でドアを押した。

ぎい。

部屋の中は、まるで台風が来たあとの台所みたいやった。

モニターは青く点滅していた。

床には白い紙が散らばっている。

紙コップが倒れて、茶色いコーヒーが机の端からぽたぽた落ちていた。

椅子はひっくり返り、コードはうどんみたいに絡まっている。

若い研究員が、壁ぎわでへたりこんでいた。

白衣のすその下から、くつしたが片方だけ見えている。

部屋の真ん中には、大きな装置があった。

丸い輪っか。

透明な板。

光る線。

何かよう分からんけど、人間が「すごそう」に見せたい時に作る形やった。

その装置の上の画面に、青い文字が浮かんでいた。

民のかまどに、煙は立っとるか

アンは首をかしげた。

「煙? かまど? たこ焼きの話か?」

その画面の前に、女の人が立っていた。

若林ミオ。

首からカードを下げている。

髪は低くまとめてある。

目の下には、夜ふかしの影があった。

ミオはタブレットを抱えたまま、画面を見つめていた。

指が震えている。

声も少しかすれていた。

「入力してへん。こんな文、誰も入れてへん」

その時、部屋の奥の青い光が、大きくゆれた。

ゆらり。

まるで水の中に、月が落ちたみたいだった。



光の中から、人の形が現れた。

ひとり。

またひとり。

またひとり。

アンは鼻をひくつかせた。

この人たちは、令和の匂いがしない。

古い木の箱。

雨にぬれた寺。

墨。

梅。

土。

火薬。

茶。

港の潮。

畳。

将棋盤。

そんな匂いがした。



一番前に立っていた人は、静かな目をしていた。

派手な声は出さない。

でも、その人のまわりだけ、部屋の空気が少し低くなった。

アンは足元を見た。

大きな布のすそ。

ゆっくり動く足。

重いけれど、やさしい気配。

その人は、青い画面の文字を見た。

「民のかまどに、煙は立っとるか」

部屋の中の研究員が、息を飲んだ。

「仁徳天皇や」

だれかが、そうつぶやいた。

仁徳天皇は、研究室を見回した。

コーヒー。

コード。

青い光。

白い紙。

それから、床に落ちたコンビニおにぎりの空き袋。

その目が、ほんの少し暗くなった。

まるで、自分がずっと見ていたはずの煙を、また見落としていたような顔やった。



その横に、まっすぐ立つ人がいた。

手には細長い板のようなものを持っている。

白い顔をして、部屋じゅうのモニターやホワイトボードを見ている。

眉が少し寄った。

「ここは、どこの政庁なんやろか」

別の研究員が、さらに腰を抜かした。

「聖徳太子や」

聖徳太子は、研究員たちの声、機械の音、モニターの警告音、誰かの小さな息を聞いていた。

片手が、少しだけ耳のそばへ上がった。

アンには分かった。

この人、聞きすぎてしんどいんや。

聖徳太子は、困ったように息を吐いた。

「この時代は、声が多いんやな」



床に落ちた資料を、丁寧に拾っている人もいた。

落ち着いた顔をしているのに、拾った紙を見た瞬間、目が細くなった。

「この文章、主語が迷子になっておりますな」

ミオの肩がびくっと動いた。

「菅原道真や」

道真は資料を読むたびに、眉を寄せた。

最初は穏やかな顔やった。

けれど、ある書類の端に、小さく赤いペンを走らせた。

主語不明。

責任の所在あいまい。

人を消す文章。

最後の一言だけ、やけに筆圧が強かった。

アンは、道真の指先から、梅の匂いにまじって、古い怒りの匂いを感じた。



部屋の隅では、黒っぽい服の男が、倒れた紙コップを見ていた。

一言もしゃべらない。

けれど、その目は完全に叱っていた。

「茶室やったら、まず整えなあきませんな」

「千利休や」

利休は、紙コップのコーヒーを見下ろした。

ほんの少しだけ、口の端が下がった。

雑やな。

そう言うてへんのに、言うている顔やった。

けれど次の瞬間、研究員のひとりが震える手でこぼれたコーヒーを拭こうとしたのを見ると、利休は黙って紙を拾い、机の上を整え始めた。

文句より先に、手が動く人やった。



窓辺に立つ女性がいた。

外の街灯を見ている。

ほかの人たちより、少し現代の光に近い気配がした。

でも、その目は、ずっと遠くを見ている。

「この時代にも、泣いてる子がおるんやね」

「与謝野晶子や」

晶子は強い声をしていた。

でも、その指先は、窓のふちをつかんだまま、少しだけ白くなっていた。

強い人は、傷つかない人ではない。

アンは、そういう匂いを知っている。



入り口の近くでは、僧の姿をした人が、床の段差を見ていた。

研究室のドアの下にある小さな金属の出っ張り。

普通の人間なら見過ごすようなものを、じっと見ている。

「この入口、車いすでは通りにくいですな」

「行基や」

行基は、みんなが青い光を見ている時に、足元を見ていた。

世界がひっくり返っても、転ぶ子のことを先に考える顔やった。



鎧を着た男が、出口と窓を見比べていた。

誰よりも静かに、どこから人を逃がすかを考えている顔やった。

「守るべき場所は、地図の中心とは限らん」

「楠木正成や」

正成は、研究室の壁に貼られた避難経路図を見た。

それから、実際の出口を見た。

図と現場を比べる目や。

たぶん、紙の上のきれいな線をあまり信用していない。


つづく