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いなくなるのは、いつもそっち

いなくなるのはいつもそっちなのに、とアイドルをしている8年半で何度も思った。

飽きられて、見捨てられて、たくさん振られてきた。アイドルを辞めて1番経験できなくなるのはこういうことなんじゃないかと思う。


この夏に卒業することが決まり、アイドル最後の〇〇が増えてきた。

先日、最後の握手会があって、わたしはどう言って別れるべきか分からなかった。


わたしは昔先輩が語っていた
「握手会の時、バイバイと言わずにまたねと言うようにしていた。そうしたらまた会えそうだから」
という言葉に感銘を受けて、それからずっと「またね」と言って別れることに決めていた。


でも、グループを卒業するとなると、もう2度と会わない人もたくさんいる。

わたしは芸能活動を続けるし、小説の新刊が出ればお渡し会なんかも開催して、また会おうと思ってくれれば会う機会はあるけど、

アイドルじゃない安部若菜には会いませんよ、あなたとはここで終わりです。という人も少なくはないだろう。


嫌いになったわけじゃなくても、そういうものだと思う。
別に、それが悲しいとか腹が立つとか、そんなことは全然ない。寂しくないわけではないけど、そういうものだから。

そんなの本当のファンじゃない、とかも微塵も思わない。


ただ、もう人生で2度と会わないだろう人への別れの挨拶が分からなかった。

「またね」でいいやん、と思われるかもしれないが、面倒くさい人間なので
(わたしがまたねと言っても、相手はまた会う気がなかった場合、一方的にまたねを投げつける形になってしまう)
(相手から「もうこねーよ!」的なことを思われたらどうしよう)

ネガティブなのもあるけど、それ以上に言葉の意味をきちんと捉えすぎているのかもしれない。こんな時素直に「またね!」と言える人になりたかったなあ。

迷った挙句「お元気で」とか「長生きしましょうね」と言ってしまったけど、遠い親戚じゃないんだから。会えずとも、元気に生きていてくれればそれが1番なのは間違いないんだけども。


考えてみれば、学校を卒業して離ればなれになるときは(また会うかもね〜)という気持ちで別れる。

嫌いなもの同士でなく、前向きで明るい別れなのに「2度と会いませんね」という気持ちで終わる場面は、他にあまり想像ができない。



アイドルとファンの関係において、アイドルは圧倒的に弱い存在だなとずっと思っていた。

ひょんな勘違いでわたしに激怒していなくなってしまった人、わたしの不用意な物言いで傷つけてしまった人たちがいた。
もう一度会って話せば誤解が解けるのに、弁明をしたくても、わたしは握手会のレーンでじっと待つことしかできない。

もちろん相手は、不快な思いをさせられたアイドルにお金を払って会いに来ることなどない。


「なんであの言い方してしまったかな」「あーSNSの文章、変な捉え方されている」
そういう些細なズレもしょっちゅう。
一人ひとりに、違うよ、こういう意味だよ、と伝えたくてもできない。

ファン側は、握手会で失言をしてしまってもリプライやメッセージを送ったりできる。
(それを見ているか分からないというのはまた別件で怖いことだけど)


わたしは、ただいなくなる人を、いなくなった人を思いながら、じっと立っていることしかできなかった。無力だなあと思った。


もちろん、失ったものを見ているよりも、今目の前にいる人たちに楽しんでもらおうと思っている時間のほうがずっと長かった。

でも、どれだけ好きだと言ってくれても、次のライブや、数ヶ月後の握手会で姿を見せなくなる人を数えきれないほど見てきた。

そのひとの人生の端っこに自分がいることだけでも有難くて、振り返った時に良い思い出であればそれで大満足。それってすごいこと。
ちょっとだけさみしい。


新しく"〇〇ちゃん応援アカウント"を作って、数ツイートだけして消息不明になったアカウント数は、大阪府の人口くらいには届きそう。


新しい推しができたり、別の趣味ができたり、仕事や私生活で慌ただしくしているなら、それは何より。どこかで幸せにしていてくれればすごく嬉しい。わたしには何も知ることのできない世界。



昔、オンラインお話し会で、入院中のベッドから繋いでくれた人がいた。
かなり高齢の方で、前に会った時よりも痩せ細って鼻には管が繋がれ、「もうすぐ手術だけど、どうなるか分からない」と言って時間が終わった。


それから数回イベントが行われるもその人の姿は現れず、生きているか死んでいるかも分からないことが悲しかった。

ちなみにその人は、半年ほど経った頃、握手会にひょっこりと顔を覗かせ、1部から7部まで全部来てくれた。
推定70代、7時間以上遊び回れるの元気すぎるだろ、と安心して笑った。


もちろん、アイドルだって卒業と同時に芸能界を引退してSNSもやめてしまえばその後どうしているか分からない。

「いなくなるのそっちやん」とわたしも思われているかもしれない。

お互い、お別れの準備が出来るのなら、悔いのないよう終わりたい。
そしてなんでも突然やってくる人生において、準備ができる別れのありがたみを噛み締めておこうと思います。

結局、伝えたいのは「ありがとう」の一言ですね。



ここまで書いたけれども、趣味なのだから、軽やかに楽しく推し活ができるのがこちらも何より嬉しいです!

そして、会わずに応援してくれていることも、本当に本当に嬉しいことですよ!
世界中の推しを持つ人たちに幸あれ💐

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