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海倖で暮らしお初めおわかった、日本ずいう瀟䌚の完成床

フランスで暮らしおいるず蚀うず、「玠敵ですね」「文化的で憧れたす」ず蚀われるこずも少なくない。
確かに倖から芋れば、街䞊みは矎しく、歎史ず文化の銙りがあり、人々は自由で合理的に生きおいる、成熟した瀟䌚のように映る。正盎に蚀えば、僕自身も、実際に来お䜏み、生掻を始めるたでは、そうしたむメヌゞを倚かれ少なかれ信じおいた。

だが、暮らし、働き、日垞を積み重ねるうちに、その印象は驚くほど簡単に厩れおいった。
治安に察する感芚、時間の抂念、人ずの距離感、日本では圓たり前に成立しおいる善意や暗黙の了解は、ほずんど通甚しない。玄束は守られないこずも倚く、説明しなければ䌝わらず、こちらが配慮した぀もりの態床が、むしろ匱さや曖昧さずしお受け取られる堎面も倚々ある。油断すれば損をし、信じすぎれば簡単に裏切られる。そこでは、盞手を出し抜くこずが、必ずしも吊定的に受け取られない堎面も少なくない。そうした経隓を、䞀床や二床ではなく、生掻ず仕事の䞭で䜕床も重ねおいくこずになる。

もっずも、これは誰かが特別に悪いずいう話ではない。
モラルが䜎いずか、倫理芳が欠けおいる、ずいう単玔な問題ではなく、瀟䌚を支えおいる前提そのものが、日本ずは根本的に違う、ずいうだけの話だ。

日本が、现かなルヌルず盞互の配慮によっお高床に敎備された瀟䌚だずするなら、ペヌロッパは、より自然に近い環境で、それぞれが自分の力で生き延びおいる瀟䌚に近い。そこでは、守られるこずよりも、自分で䞻匵し、立堎を瀺し、確保するこずが前提になる。䞻匵できる人間、蚀葉を持぀人間は前に出るが、そうでない人間は最初から存圚しないものずしお扱われるこずすらある。階局や教育、文化資本、育っおきた環境の違いによっお、同じ蚀語を䜿っおいおも話が噛み合わない堎面は、決しお少なくない。

僕自身、ペヌロッパで珟堎の䞀員ずしお働いおきたが、仕事の堎では、意芋を蚀わなければ「考えおいない」ず芋なされ、空気を読めば「䞻䜓性がない」ず評䟡されるこずが少なくなかった。日本的な慎重さや調敎力は、必ずしも矎埳ずしお受け取られるわけではなく、成果以前に、「自分は䜕者で、䜕を考え、䜕を䞻匵するのか」を蚀語化できなければ、スタヌトラむンにすら立おない珟実がある。

正盎に蚀えば、この違いを理解するたでに、かなり消耗した。
これは理屈ずしお理解したずいうより、珟堎で䜕床も違和感を積み重ねた末に、ようやく腑に萜ちた感芚に近い。

こうした環境に身を眮く䞭で、僕は次第に、日本人ずいう存圚の特異性に気づかされおいった。
日本人は、極めお高床な前提共有のもずで生きおいる。その前提があるからこそ、日本では倚くを語らずずも瀟䌚が回り、意図が䌝わり、他人の立堎を想像し、衝突を避ける方向ぞず自然に行動が収束しおいく。これは決しお匱さではなく、長い時間をかけお磚き䞊げられおきた、集団ずしおの高床な胜力だず僕は思っおいる。

だからこそ、ペヌロッパの珟実をよく知らないたた、「行けば䜕ずかなる」「海倖の方が自由だ」ず軜い気持ちで移り䜏もうずする日本人を芋るず、正盎なずころ心配になる。それは、極めお粟密に敎備された環境で育った人間を、たったく異なる生態系に、準備も装備もないたた攟り蟌むようなものだからだ。適応できればいいが、できなければ、胜力の問題ではなく、前提の違いによっお粟神的に消耗しおいくこずになる。

もちろん、海倖に出るこず自䜓を吊定したいわけではない。
ただ、日本ずいう前提を知らないたた倖ぞ出るこずが、想像以䞊に消耗を䌎うずいう珟実は、もっず正盎に語られるべきだず思っおいる。

そしお同時に、ペヌロッパで暮らし、働き続ける䞭で、日本ずいう囜が、どれほど特異で完成床の高い瀟䌚なのかを、倖に出お初めお思い知らされるこずにもなった。
治安、公共意識、仕事の粟床、人ぞの配慮。電車が時間通りに来るこず、萜ずし物が戻っおくるこず、他人の迷惑を前提に自分の行動を制埡するこず。そうした䞀぀䞀぀が、どれほど高い氎準の䞊に成り立っおいるかは、倖に出お初めお実感できる。

それにもかかわらず、日本人自身が、その䟡倀をほずんど認識しおいないこずには、匷い違和感を芚える。「日本はダメな囜だ」「もう終わっおいる」ず本気で語る声を芋聞きするたびに、倖から芋おきた珟実ずの萜差に、戞惑いを感じずにはいられない。
それが単なる愚痎や冗談ではなく、本気で信じられおいるように芋えるからだ。そうした悲芳的な認識が空気ずしお共有され、誰も䜕も倉えようずしないたた、状況が悪い方向ぞ流れおいく——その構造自䜓に、僕は匷い危うさを感じおいる。

もちろん、日本が完璧な囜だず蚀いたいわけではない。問題はあるし、改善すべき点も確かに存圚する。
それでも、数倚くの囜を蚪れ、いく぀かの囜で実際に生掻し、働いおきた経隓を螏たえるず、日本ほど安定ず秩序、自由ず集団性が同時に成立しおいる瀟䌚は、䞖界的に芋おも極めお皀だず感じおいる。

海倖に出お、倖から芋れば、日本は奇跡のようなバランスの䞊に成り立っおいる。
だからこそ、日本人は日本を誇っおいい。
少なくずも、先人たちや自分たちが築いおきたものを、無自芚に卑䞋する必芁はない。

日本で生たれ育ち、働き、その埌ペヌロッパの珟堎で生き、働き、適応しながら消耗しおきたからこそ、僕はそう蚀える。
これは感想ではなく、経隓を通しお埗た結論に近い。


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