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9月5日は「国民栄誉賞の日」!世界記録から誕生した知られざるドラマとは? 🏆⚾

みなさんこんにちは!✨
今回は、9月5日という記念すべき日に生まれた、日本中を巻き込んだ一大エピソードについてご紹介します。
なんと9月5日は「国民栄誉賞の日」!🎊
今ではすっかりおなじみとなったこの賞ですが、実は世界記録を達成した「あの選手」の偉業と、ひとりの総理大臣の「ある決断」から急遽生まれた制度だったんです。
今回は、昭和の熱気と知られざるドラマをたっぷりお届けします!👇

🌟 王貞治選手が打ち立てた、世界を揺るがした「756号」
1977(昭和52)年9月3日、後楽園球場でのヤクルト戦。
読売ジャイアンツの王貞治選手が、アメリカ大リーグのハンク・アーロンが持っていた通算本塁打記録を塗り替える、前人未到の「通算756号ホームラン」を放ちました!🎉
「世界の本塁打王」が誕生した瞬間、球場はもちろん、日本中がすさまじい熱狂と歓喜のるつぼに包まれました🔥

🏃‍♂️ 総理大臣が異例のスピードで動いた!「国民栄誉賞」の誕生秘話
実は当時、日本の勲章や褒章制度は授与対象が原則として年配の方に限られており、現役のプロスポーツ選手や若くして偉業を成し遂げた人を国として表彰する仕組みが一切ありませんでした。💦
しかし、この国民的な大記録を前に、当時の福田赳夫首相が**「この偉業を政府としてもお祝いしたい!」**と一念発起!💡
なんと記録達成のわずか数日前(1977年8月30日)に「国民栄誉賞」の創設を急遽決定しました。
そして、歴史的な756号が飛び出したわずか2日後の95日に、記念すべき第1号の表彰式が執り行われるという、今では考えられないほどの超特急スケジュールで制度がスタートしたのです✨
📺 生中継の直前!?ファンを狂わせた「伝説のハプニング」
このときのフィーバーぶりを語る上で絶対に外せないのが、テレビをめぐるこんなエピソード。
実は、記念すべき756号が飛び出したのは、当時の中継番組が始まる「直前」の出来事でした⚡
球場が歴史的な歓声に包まれている裏で、テレビの生中継枠(午後730分)よりわずかに早く打ってしまったため、リアルタイムで見逃してしまったファンからテレビ局へ「なぜ今映してないんだ!」と約600件もの抗議や問い合わせが殺到する大騒動に!😂
さらに、当時はスマホもSNSもない時代でしたが、深夜2時過ぎに王選手が自宅へ帰宅した際にも、お祝いに駆けつけたファンや報道陣など約700人が周辺を埋め尽くし、玄関にたどり着くのも一苦労だったそうです🌃
のちに王選手は、この受賞について
「中国籍の僕ですが、これは僕個人がもらうのではなく、野球界を代表して受け取るのだと解釈しました」
と謙虚に振り返っています。一つのスポーツの枠を超え、日本中が一つのニュースに熱狂した、昭和という時代のエネルギーを感じますよね💪

🎯 まとめ
私たちが何気なく耳にする「国民栄誉賞」の歴史の裏には、熱いドラマと数々のハプニングがありました✨
次に9月5日を迎えるときは、そんな昭和の熱気や、歴史を動かしたレジェンドたちの物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?😊
最後まで読んでいただきありがとうございました!スキやフォローもぜひよろしくお願いします

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