再婚について思うこと
シングルマザーであることを告げると、
「再婚は考えていないの?」
と聞かれることがあります。
若い頃の私は、それはもう、典型的な恋愛脳でした。
好きな人とはできるだけ一緒にいたい。
何処にいても連絡がほしい。
いわゆる「構ってちゃん」だったのです。
そんな私も結婚し、子どもを産みました。
冷ややかな結婚生活を送っていたからでしょうか。
どうやら私のドーパミンは、ずいぶん長いこと休暇を取っていたようです。
そして離婚。
理屈の上では、もう誰を好きになってもいい人になりました。
ありがたいことに、お声がけくださることもありました。
ところが、いざ誰かと食事をしたり、連絡を取り合ったりすると、どうにも落ち着きません。
昔はあんなに構ってほしかったのに。
十人十色というように、もちろんシングルマザーがみなそうではありません。
ただ、母親から恋愛へシフトチェンジできるほど、私のギアは有能ではありませんでした。
私は、母親にしかなれなかったのです。
そんな頃、連れ子のいる再婚家庭で、子どもが傷つけられる事件をテレビで目にしました。
そういった事件を見るたびに、心穏やかではいられませんでした。
そしてSNSで見かけた、
「母親が女になったから」というコメント。
少し乱暴な言葉だと思いながらも、なぜか引っかかりました。
もし、私が再婚するとしたら。
「一度離婚した私を選んでくれた」
「子どもがいる私との結婚を考えてくれた」
きっと私は、そんなふうに相手をありがたく思うでしょう。
恩義、とでもいうのでしょうか。
でも、その「ありがたい」が遠慮に変わったら。
本当は「NO」と言うべきところで、相手の「YES」を通してしまったら。
そしていつか、相手が子どもたちを「邪魔だ」と感じてしまったら。
そのとき私は、迷わず子どもたちの側に立てるのでしょうか。
「私は絶対に大丈夫」
そう言い切れるほど、私は自分を信用できませんでした。
もちろん、これは再婚の良し悪しの話ではありません。
私自身の話です。
子どもたちがいるから、もう失敗はしたくない。
私ひとりなら、失敗してもまた立ち上がればいい。
でも、今度はそうではありません。
もし、相手への遠慮で「NO」が言えなくなるのなら、私は再婚を選びません。
だからといって、再婚を考えていないわけでもありません。
もし、もう一度誰かと家族になるのなら、
「私と結婚してくれてありがとう」
ではなく、
お互いが「家族になること」を選んだ。
そう思える関係でいたいのです。
必要なときには「NO」と言えて、それでも一緒にいられる人。
「再婚は考えていないの?」
考えていないわけではありません。
ただ、昔みたいに「好き」だけで突っ走ることは、もうできなくなりました。
今の私にあるのは、アクセルとブレーキだけ。
恋愛に必要そうなギアは、どうやら標準装備ではなかったようです。
