孔孟老荘の比較
孔孟老荘4者を比較しています。
4者のうち、だれが一番好き?
チャンピオン孔子?
猛々しく勢いがある孟子?
洒脱な荘子?
肩の力抜けた自然体の老子?
甲乙つけがたい…
私は、み、みんな好きだ、、、
そこで、ちょっと深堀りすると、、、
孔子は、全人的。バランスが取れている。
具体的には、孔子の人格の中に、
孟子的に強いところ
荘子的に飄逸なズラした/斜に構えた/洒脱なところ
老子的に無為自然的に肩の力の抜けたところ
がそれぞれあると感じている。
それを例証するため、1~3の例を論語から探すと、、
1 孟子的な論語
義を見て為さざるは勇なきなり
三軍も帥を奪うべきなり。匹夫も志を奪うべからざるなり
志士仁人は、生を求めて以て仁を害すること無く、身を殺して以て仁を成すこと有り
士は以て弘毅ならざるべからず
2 荘子的な論語
飯疏食飲水、曲肱而枕之、楽亦在其中矣。
粗末な飯を食い、水を飲み、腕を曲げて枕にする。楽しみはその中にあり。
子曰、道不行。乗桴浮于海。従我者其由也与。
私の理想(道)が世で行われないなら、いっそ小さな筏(いかだ)にでも乗って海へ出ようか。
子曰、回也、其心三月不違仁。其餘則日月至焉而已矣。
顔回は三ヶ月仁を離れない。他の弟子は一日かせいぜい一ヶ月だ。
子之武城、聞弦歌之聲。夫子莞爾而笑曰、「割鶏焉用牛刀」。子游對曰、「昔者偃也聞諸夫子曰、君子学道則愛人、小人学道則易使也」。子曰、「二三子、偃之言是也。前言戲之耳」。
武城という小さな町に行ったら、(子游が礼楽で治めていて)琴や歌の音が聞こえてくる。孔子はニヤッと笑って「鶏を割くのに、なぜ牛刀を使うんだ(こんな小さな町に礼楽なんて大げさな)」と茶化す。真面目な子游が「先生ご自身が『君子は道を学べば人を愛し、小人は道を学べば使いやすくなる』とおっしゃったではないですか」と切り返すと、孔子は弟子たちに「偃(子游)の言う通りだ。さっきのは冗談だよ(戲之耳)」とあっさり前言撤回
3 老子的な論語
天何言哉。四時行焉、百物生焉、天何言哉
天は何も言わないのに、四季は巡り万物は生まれる
子曰、無為而治者、其舜也与。
夫何為哉、恭己正南面而已矣。
何もしないで天下を治めたのは舜だろう。何をしたというのか。ただ自らを慎み、南面していただけだ
子曰、吾衰也。久矣、吾不復夢見周公。
私は衰えた。もう長いこと周公の夢を見ない。
莫春者、春服既成。冠者五六人、童子六七人、浴乎沂、風乎舞雲、詠而帰。夫子喟然歎曰、吾与点也。
曾皙(点)が言った「晩春のころ、春着に着替え、大人5・6人、子供6・7人と共に沂(き)の川で水あびをし、舞雲の丘で風に吹かれ、歌を口ずさみながら帰ってきたいものです」。孔子は深くため息をついて答えた「私も点と同じ考え(その境地)だ」
子在斉、聞韶、三月不知肉味。
斉で韶の音楽を聞き、三ヶ月肉の味がわからなかった。
くらいですかね。
他に、
1 孟子的な論語
2 荘子的な論語
3 老子的な論語
のいい例があったら教えてください!
