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『クラウド Cloud』~膨らむ悪意・黒沢清監督のわからないことの魅力~

(C)2024 「Cloud」 製作委員会

つい最近、黒沢清の新作『蛇の道』が公開されたばかりなのに、この『クラウド Cloud』が公開され、さらに今年はもう1本『Chime』の公開も続く。1年間に3本もの黒沢清の新作が観られるなんて、なんという幸運な年だろう。早速公開初日に観に行ってきた。

<ネタバレありで書きますので、気になる方は鑑賞後にお読みください>

有名なジャン=リュック・ゴダール『勝手にしやがれ』でジャン・ポール・ベルモンドが最後につぶやく台詞「最低だ」を真似したように、菅田将暉はラストシーンで「最悪だ。ここが地獄の入り口か」とつぶやく。黒沢清が得意のスクリーン・プロセスでの作り物の世界の車の撮影シーンで、佐野を演じる奥平大兼と一緒に菅田将暉は「地獄」へと旅立っていく。地獄への道行き、世界の終わりを示唆するのは、黒沢清がずっと続けていることである。『カリスマ』『トウキョウソナタ』『クリーピー 偽りの隣人』『散歩する侵略者』でもそんなシーンがあった。そんな終末観を感じつつ、地獄の果てへのドライブ。佐野は「これから何でも手に入る」と言い放ち、吉井(菅田将暉)は「最悪だ」とつぶやく。地獄のような様相を呈した廃工場での不気味な男たちとの銃撃戦を終えて生き延びたというのに、まだまだ「地獄の入り口」にしか過ぎなかったことを映画は告げている。

町工場で働きながら、ネットで転売屋をしている吉井(菅田将暉)は、根っからの悪人ではない。コツコツとネットで小銭を稼ぐ真面目な男でもある。高専の先輩の村岡(窪田正孝)の転売のやり方を真似しながら、安く物を仕入れて、ネットで数倍も高く売る。なかには偽ブランド品のバッグなどもあるが、偽物かどうかを確かめることもせずに、見た目で買って写真を撮り、ネットで写真を見た人たちが商品を勝手に買っていく。商品に対する責任などない。右から左へ商品の値を釣り上げて転売する無責任な転売屋だ。だから商品を買って騙されたと思うネット民から反感を買っている。しかし、吉井はそんなことは意に介さない。町工場の上司である荒川良々の管理職昇進への打診にも興味を示さず、自分の都合でさっさと工場を辞めてしまう。他者の思惑など気にしない。自分だけの知恵と才覚でネットを使って生きていく男であり、自分のことしか信じていない。他者を誰も信用していない。知らないうちに悪意の種をばらまいているのに、そんな自覚もない。そんな男がネットの悪意に反撃される。クラウドのように膨らんだ人々の悪意は、社会に恨みを持つ男たちの捌け口となり、吉井は攻撃の対象となる。もしかしたらターゲットは別の人間でもよかったのかもしれない。社会に蓄積する悪意のかたまり。ネットで増殖し、結びつく反感と暴力

前半は静かに恐怖が描かれる。物音やバイクの前に仕掛けられた糸で転倒させられたり、バスの後ろでスマホを覗き込む得体の知れない影。停電。暗がりの中でアパートの2階の窓の下に佇んでいた荒川良々の不気味さ。菅田将暉の後ろ姿、後頭部や背中が執拗に撮られている。誰かが彼を後ろから見つめているような視線を、カメラは度々映し出す。街中のアパートから湖のある森の一軒家に越してからも、深夜の車の音や光、物音が迫ってくる。ガラス窓から深夜にエンジンが投げ込まれ、より影は具体的な攻撃を加えてくる。本作では、車の不気味さも度々演出されている。誰だかわからない車の存在自体が、恐怖を掻き立てる。

黒沢清監督にとってデビュー作以来、洞口依子は特別な存在の女優だったが、本作の古川琴音が洞口依子的な不気味な存在感を放っている。さらに本作で一番不気味なのが、吉井の味方となる佐野(奥平大兼)の存在だ。彼が何を考えているのか、まったくわからない。工場の上司であった荒川良々が狂気の男と化すのは、妻も子供も殺した犯罪者・人生の破綻者となったことが説明されているが、佐野という男がなぜ吉井を助けるのか、まったく描かれていない。観客は理解できない。勝手にパソコンを見て、「信用できない」と吉井にクビを切られたにもかかわらず、何やら怪しい組織の男(松重豊)から銃を手に入れ、スマホから吉井の居場所を探知し、狂気と化した無法者たちに監禁された吉井を、廃工場に単身で助けに来るのだ。なんなんだ!この男は・・・と、観客は理解できず戸惑いながら、歯止めの利かなくなった男たちを始末し、吉井のパートナーとして地獄へと彼を連れて行くのだ。

昔から転売仲間として知り合いだった村岡(窪田正孝)は、吉井のことを「最初から大嫌いだった」と言い、「結婚を考えている」とまで吉井に言われていた秋子(古川琴音)もまた何を考えているかわからない。死に物狂いで森を逃げてきたのに、荒らされた家で商品の在庫があるかを確認したり、銃撃戦の後でもネットの売れ行きを確認する吉井(菅田将暉)もまた、ある意味でイカレた男として描かれる。初めて銃を握った男なのに、次々と人を撃ち殺していくうちに、銃の構え方もサマになっていく。暴力に絡め取られていく吉井。そんな人間の「わからなさ」をいつも描いているのが黒沢清監督であり、単純な背景や理由など示すことをしない。カメラは安易な「物語」や「ドラマ」の虚構性を剥ぎ取ってしまうリアルにしか撮れない機械であり、感情や人間の内面などを簡単に描くことなどできないと考える黒沢清は、ひたすらカメラが何を映し出すのか、カメラの前に何を提示するのか、そのことに執着する。登場人物の「わからない何か」、その存在から染み出してくるもの。役者の振る舞いや佇まいから見えてくるもの。廃工場で黒沢清の大好きな半透明なビニール幕は今回も出てきた。半透明の窓越しに立つ仮面男(岡山天音)も不気味だった。人間像はいつだって不透明でぼやけている。


2024年製作/123分/G/日本
配給:東京テアトル、日活

監督・脚本:黒沢清
製作:永山雅也、太田和宏、臼井正人、松本拓也、五十嵐淳之
エグゼクティブプロデューサー:福家康孝、新井勝晴
プロデューサー:荒川優美、西宮由貴、飯塚信弘
企画協力:石田雄治
撮影:佐々木靖之
照明:永田ひでのり
録音:渡辺真司
美術:安宅紀史
編集:髙橋幸一
音楽:渡邊琢磨
キャスト:菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、赤堀雅秋、吉岡睦雄、三河悠冴、山田真歩、矢柴俊博、森下能幸、千葉哲也、松重豊、荒川良々、窪田正孝

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