来てくれて、ありがとう。|06(時間)蝉しぐれ
夏になると、
どこからともなく聞こえてくる。
蝉の声。
子どもの頃は、
夏休みの長さを
蝉の声で測っていた。
蝉の声が聞こえ始めると、
「ああ、夏が来たんだ」と思った。
その声が少しずつ遠のいていくと、
「夏も終わりに近づいているんだ」と思った。
あの頃は、知らなかった。
蝉は、
この声を響かせるまでに
何年もの時間を土の中で過ごすことを。
長い時間を越えて、
ようやく地上に出てきた蝉は、
短い夏を
全身の声で満たしていく。
蝉の声を聞きながら、
ふと思う。
私の中にも、
ずっと残っている
「音」がある。
幼い頃、
おばあちゃんが呼んでくれた
私の名前。
まだ上手に言葉を話せなかった娘が、
たどたどしい発音で
私を呼ぼうとしていた、
あの小さな声。
雨の日、
軒先から
ぽつ、ぽつ、と落ちていた雨音。
何も言わずに
そばにいてくれた人の、
静かな息づかい。
もう二度と
聞くことのできない音もある。
それなのに、不思議と
心の中から
消えていかない。
蝉しぐれ。
今年もまた、
夏がここにいる。
あの頃と同じように、
蝉が鳴いている。
けれど、
あの頃とは違う私が
その音を聞いている。
いつか今日も、
記憶になるのだろう。
そのとき、
この蝉の声を思い出せたらいい。
今年の夏を、
ちゃんと聞いていたと
思えるように。
今日もここに来てくれて、
ありがとう。
5ppa
🎧 蝉しぐれ
蝉の鳴き声が、まるで夕立のように降り注ぐ夏の日。切ない青春と、届かなかった想いを込めた一曲です。
