オンラインのカメラショップは、どのくらいの頻度で見るべきか
実店舗には、オンラインにはない情報がある
中古カメラを買うとき、実店舗で見るのとオンラインで見るのとでは、得られる情報量がまるで違う。先日のニューヨーク旅行では、いくつものカメラ店を実際に回った。カメラを手に取り、重さを感じ、ファインダーを覗き、シャッターを切る。店員と話し、隣に置かれた別のカメラに偶然目が留まる。こうしたことはオンラインではほとんどできない。オンラインショップの商品ページにあるのは、何枚かの写真と、コンディションについての短い説明、それに価格ぐらいである。実物を見ることには到底かなわない。
しかし現実には、最近私が中古カメラを購入するとき、その8割、9割はオンラインである。世界中の中古カメラ店の商品を見ることができ、欲しい機種を検索すれば、家にいながら何台も比較できる。これは昔にはなかった非常に便利な環境である。
そして実店舗とオンラインは、必ずしも別々のものでもない。一度実際に訪れた店なら、その後気になればオンラインで繰り返し覗くことができる。ニューヨークの店をもう一度実際に訪ねようとすれば大変だが、オンラインでの「再訪」なら数秒である。一度店内を見て、店の雰囲気や品揃え、商品の状態、値付けの感覚などを知っているだけに、その後オンラインで見ると、それまでとは少し違って見える。「あの棚に並んでいた商品はまだあるな」「また面白いものが入ったな」と、実際に訪れた店との付き合いが旅行の後も続いていく。これはオンラインならではの便利さであり、実店舗を訪ねる楽しみをむしろ後まで延長してくれるものでもある。
そこで問題になるのが、「オンラインのカメラショップをどのくらいの頻度で見るべきか」ということである。
見れば見るほど、いいものには出会える
いい中古カメラを逃したくないのであれば、答えは簡単である。毎日見ればいい。中古カメラは新品とは違う。状態のいいもの、珍しいもの、価格の安いものは一台しかなく、売れてしまえば終わりである。「これは欲しかった」というものが昨日出て、今日にはなくなっていることも珍しくない。毎日、場合によっては一日に何度も見れば、いいものに出会う確率は当然高くなる。
しかし、見れば見るほど欲しくもなる。それまで別に欲しいと思っていなかった機材でも、「こんなものがあるのか」と知ってしまう。知ってしまえば気になる。相場を調べ、作例を見て、そのうち「これは買っておいた方がいいのではないか」と考え始める。オンラインショップの閲覧は、情報収集であると同時に、購買欲を発生させる装置でもある。
「買う」以外にも、眺める楽しさがある
しかし、それだけでもない。オンラインの中古カメラショップを見る楽しさには、もう一つ別の側面がある。
「ああ、これ、ちょっと欲しいかもしれないな」「明日には売れてしまうだろうか」「いやいや、この値付けは高い。しばらく残っているはずだ」「欲しいけれど、やっぱり買わない」「でも一週間後には買っているかもしれない」
そんなことを、うだうだと考えるのである。別に本気で買うつもりがなくてもいい。目の前に一台の中古カメラがある。それを一つのトピックとして、あれこれ考える。値段を見る。状態を見る。自分なら使うだろうかと考える。今持っている機材と比べる。これは安いのか高いのか。誰かがすぐ買うのか、それとも何週間も売れ残るのか。そして数日後、また同じページを開く。「あ、まだある」。さらに一週間後にも残っていれば、「やっぱりこの値付けでは、みんな買わないんだな」などと妙に納得する。これが案外楽しいのである。
持っているのに、もう一台欲しくなる
極端な場合には、すでに自分が持っている機材が中古品として出てきても気になってしまう。本来なら、持っているのだから買う必要などない。ところが状態が非常に良かったり、値段が控えめだったりすると、「バックアップとしてもう一台持っておこうかな」「この状態でこの値段ならお得ではないか」などと考え始める。
冷静に考えれば、同じものをすでに持っているのである。それなのに、「必要だから買う」ではなく、「状態が良くて安いから買う」という別の購入理由が突然現れる。欲しかった機種を探しているうちはまだ単純だが、長く中古市場を眺めていると、最初から欲しいものを探しているのではなく、目の前に出てきた商品を見てから、欲しい理由を考え始めることがある。これはなかなか危険である。そして、かなり楽しい。
「まだ売れていない」が妙に気になる
ニューヨークの実店舗でも同じだった。「おお、これいいな」と思って手に取る。しかし値段を見る。「これはさすがに高いな。私は買わないけれど、誰かが買うんだろうな」と思う。そして旅行から帰った後、オンラインショップを見てみる。まだある。二週間後にも残っている。「やっぱり高かったんだ」などと、何の責任もないのに勝手に市場参加者のような気分になる。
逆に、「さすがにこれはすぐ売れるだろう」と思っていたカメラが翌日なくなっていれば、「やっぱりな」と、これまた少し納得する。自分が買ったわけでも売ったわけでもない。それなのに、なぜか面白い。欲しい。高い。安い。惜しい。これはいらない。これは面白い。これは誰が買うのだろう。まだ売れていない。とうとう売れた。そういう小さな感情の動きを楽しむこと自体が、中古カメラ趣味の一部なのだと思う。
店を見続けていると、その店の「癖」まで見えてくる
同じ中古カメラ店を長く見ていると、それぞれの店に癖があることにも気づく。値付けにも癖があるし、仕入れてくる機材にも一定の傾向がある。
「おお、やっぱりこの店は仕入れが面白い。またこんなものが入ってきた」と思う店もあれば、「この商品にこの値段を付けるのか。やっぱりここは少し強気だな」と思う店もある。そして、その強気な値付けの商品が何週間経っても残っていると、「だからなかなか売れないんじゃないのかな」などと、こちらは店の経営に何の関係もないのに勝手なことを考える。
反対に、珍しい機材を次々と仕入れてくる店を見ると、「この店はどこからこんなものを仕入れてくるのだろう」と、それだけで次に見るのが楽しみになる。こうなってくると、個々のカメラだけを見ているのではなく、中古カメラ店そのものを見ているのである。この店は何を仕入れるのか。どんな状態のものを扱うのか。どんな値段を付けるのか。そして、その値段で実際に売れるのか。長く見ていると、それぞれの店が一つの登場人物のように思えてくる。
専門店とeBayでは、情報の読み方が違う
オンラインで中古カメラを見るといっても、信頼のおける中古カメラ専門店と、eBayの個人出品とでは少し事情が違う。
長年営業している信頼のおける専門店であれば、商品の状態評価について、それほど大きく外していることはないと思う。もちろん店によって「Excellent」や「Very Good」の基準には差があるし、見落としが全くないわけではない。それでも、その店を何度も利用していれば、「この店のExcellentなら、この程度だろう」という感覚も次第につかめてくる。つまり商品だけでなく、店そのものに対する信頼を含めて判断できるのである。
ところがeBayの個人出品となると、もう一段階考える必要がある。「Excellent Condition」と書いてあっても、本当にExcellentなのか。「Everything works」とあっても、出品者がどこまで動作を確認したのか。「レンズはきれいです」と書かれていても、その人がカビや曇りまで理解して評価しているとは限らない。
つまりeBayでは、商品の説明を読むだけではなく、その説明を書いた人が中古カメラをどの程度理解しているのかまで推測する必要がある。 写真、説明文、過去の評価、ほかの出品物などを見ながら、「この人はカメラに詳しそうだ」「いや、これは単にシャッターが切れたから動作品と言っているだけかもしれない」などと考える。
もちろん、それだけリスクは増える。しかし逆に、出品者が価値をよく分からないまま、思いがけず良いものを控えめな値段で出していることもある。専門店では商品の状態や価格を読む。eBayでは、それに加えて情報そのものの信頼度まで読む。これもまた、オンラインで中古カメラを眺める面白さの一つなのである。
「知らぬが仏」にも一理ある
だから「オンラインショップを見ると物欲が刺激されるから、なるべく見ない方がいい」と単純に結論づけるのも、少し違う気がする。確かに、見なければお金は使わない。知らなければ欲しくもならない。財布にも優しいし、夜中まで検索して睡眠時間を削ることもない。これはこれで非常に平和な状態である。
しかし全く見なくなれば、この「中古カメラを眺めながら、あれこれ考える楽しみ」までなくなってしまう。それも少し寂しい。結局、見ることそのものが一つの娯楽なのである。問題は、それが楽しみの範囲に収まっているか、それともこちらが振り回され始めているか、ということなのだろう。
世界中の中古カメラを見逃さないことなど無理である
考えてみれば、インターネットのおかげで、理屈の上では世界中の中古カメラが自分の購入対象になっている。アメリカだけではない。日本、ヨーロッパ、香港、そのほか世界中の店を見ることができる。しかし、それをすべて監視することなどできるはずがない。仮に監視できたところで、全部買えるわけでもない。つまり、「いいものを絶対に見逃したくない」という目標そのものに無理がある。
世界のどこかでは今日も極上のライカが安く売られ、珍しいハッセルブラッドが誰かに買われているかもしれない。しかし、それを知らずに一日を過ごしたからといって、私は何かを失ったのだろうか。もともと私のものではない。知らなければ、何も失っていないのである。むしろ夜中まで世界中の中古カメラを検索し続け、睡眠時間を失い、買う予定のなかったカメラまで欲しくなった方が、実際には失っているものが多いかもしれない。
では、私はどのくらい見ているのか
そこで最初の問いへの、今のところの私なりの答えである。
私はそもそも中古カメラを眺めること自体が好きなので、気に入っている中古カメラ店のウェブサイトには、だいたい1〜2週間に一度は訪れる。毎日すべての店を巡回するほどではないが、しばらく見ていないと、「何か面白いものが入っているかな」と気になってくる。その程度の間隔が、私にはちょうどいい。
一方、eBayには専門店とは違った「掘り出し物市」のような魅力がある。何が出てくるのか分からず、ときには妙に面白いものが紛れ込んでいる。そのため、こちらは数日に一度くらい覗いていることが多い。
もっとも、eBayの全商品を漫然と見ているわけではない。検索語はたいてい「Hasselblad」と「Leica」である。長年使ってきた機材であり、現在も興味の中心にあるので、結局この二つを検索していることが圧倒的に多い。
これくらいなら、中古カメラを眺める楽しみを十分味わえる一方で、一日中カメラ探しをしているわけでもない。もちろん、その検索の途中で余計なものを見つけてしまうことはある。それもまた、この趣味の困ったところであり、面白いところなのである。
カメラを探す時間と、カメラを使う時間
そして私には、すでにかなりの数のカメラがある。ライカもある。ハッセルブラッドもある。大判カメラもある。フィルムもたくさんある。カメラがなくて写真が撮れない状態では全くない。
それなのに、カメラを使う時間より、次のカメラを探す時間の方が長くなったら、少しおかしな話である。その一時間でSWCを持って朝の街を歩くこともできる。フィルムを一本撮ることもできる。写真を整理することもできる。暗室の準備を少し進めることもできる。その方が後に残るものは、おそらく多い。
オンラインでカメラを見ることと、実際にカメラを使うこと。その両方が楽しいのなら、どちらか一方に偏りすぎなければいい。
全部見つける必要はない
だから私は、オンラインの中古カメラショップを見ること自体をやめる必要はないと思っている。ただし、すべてを見逃さないようにする必要もない。中古カメラはもともと一期一会である。全部を見ることなどできない。全部を買うことなど、もっとできない。
ときどき店を覗く。あれこれ勝手なことを考える。店の値付けに文句をつける。まだ売れているか気にする。時には、すでに持っている機材を見て「もう一台あってもいいかな」などと余計なことまで考える。一度訪れた店なら、オンラインでも何度でも再訪する。そして数日に一度eBayで「Hasselblad」「Leica」と検索してみる。
たまに、本当に欲しい一台に出会う。旅行に行けばまた実店舗にも立ち寄る。そして時には何も買わずに帰る。
そのくらいがちょうどいいのかもしれない。
中古カメラというのは、全部見つけて全部手に入れる趣味ではなく、眺めたり、考えたり、店の癖を勝手に分析したりしながら、ときどき思いがけない一台に出会う趣味なのである。
