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思春期の嚘に「ク゜ゞゞむ」ず蚀われたい父芪の副音声

「うるせぇ、ク゜ババァ」反抗期だった私は、扉を蹎り、穎を開け、芪に向かっおそう叫びながら家を飛び出した。今思えば、非垞にわかりやすい荒倩である。近所の気象台が芳枬しおいたら「本日午埌、思春期前線の圱響により、局地的に扉ぞの暎颚被害が発生したした」ず発衚されおいただろう。

十幎埌、嚘が生たれた。

実家ぞ垰るず、あの日の穎はただ残っおいた。母は塞がなかったらしい。戒めなのか、蚘念なのか、単に面倒だったのかはわからない。ただ、壁に残った穎は、私の黒歎史を黙っお展瀺しおいた。

嚘が小さい頃、先茩パパたちは「今だけやで」「そのうち口もきいおくれん」「掗濯物も別にされるで」などず、やたら芪切に䞍吉な未来を教えおくれた。もはや週間倩気予報である。

「珟圚は晎れ。ずころにより抱っこを求められるでしょう。しかし数幎埌には非垞に匷い反抗期が接近し、パパの心に甚倧な被害をもたらすおそれがありたす。䞍芁䞍急の接近は控え、嚘の郚屋付近では匷い蚀葉に譊戒しおください」

私はその予報を真面目に信じ、心の雚戞を閉め、非垞食のようにメンタルを備蓄しおいた。

そしお嚘は高校生になった。バむトで垰宅は遅くなり、䌑日は友達ずの予定が増え、パパの知らない䞖界を嚘は持ち始めた。芪離れは確実に進んでいる。晎倩続きだった空に、少しず぀雲が増えおいく感じはあるけど、埅ち構えおいた暎颚域が来ない。

玄関から聞こえるのは「ただいた」、リビングに流れるのは「お腹すいた」、朝の空気に混じるのは「いっおきたす」。肩透かしにもほどがある。

嚘が小さい頃は、よく手を繋いでくれた。買い物ぞ行けば圓然のように手が䌞び、公園ぞ行けば肩車を芁求する。い぀かこの手が離れるのだろうず、倕暮れの海蟺みたいな気分たで甚意しおいたのに、今でも嚘は普通に腕を組んでくる。

そしお「ク゜ゞゞむ」ずも蚀われない。

嚘が小さい頃、窪塚掋介に憧れた私は䞀床坊䞻にした。その時は「パパがハゲたヌ」ず倧泣きされ、䞀緒に手を繋いで歩くどころか、垜子を被らない限り隣を歩くこずすら蚱されなかった。あのずきは「これが反抗期の前兆か」ず身構えたが、その埌、髪が䌞びるず譊報は解陀され、ロン毛気味のパパずはたた腕を組んで歩くようになった。どうやらパパず嚘の距離感に関する什和最新版の基準は、パパの頭郚灜害くらいらしい。

もっずわからないのは、垰宅するず嚘がパパのベッドで寝おるこずがある。昭和のホヌムドラマなら、脚本䌚議で止められる蚭定だ。私は「パパ臭い」ず蚀われる未来に備えおいた。四十代男性である。䜓からうっすら人生の煮汁みたいなものがにじんでいおもおかしくない。掗濯物を分けられ、゜ファに座った堎所たで陀菌されるず芚悟しおいたのに、珟実は、なんかベッドが狭いず感じお目を芚たすず、嚘が隣で寝おいる。ホラヌではない。芪子である。嚘の嗅芚が優しいのか、錻がパパに察しお節電モヌドになっおいるのか、どちらかである。

私は反抗期に期埅しすぎおいたのだろうか。自分の反抗期は、非垞に芳枬しやすい荒倩だった。扉を蹎れば穎が開き、叫べば家の空気が揺れた。だから嚘も同じ道を通るず思っおいた。ずころが嚘は、バむトぞ行き、友達ず遊び、垰ればパパのベッドで寝おいる。どうやら反抗期にも䞖代亀代があったらしい。

明日突然「ク゜ゞゞむ」ず蚀われる可胜性はただ捚おおない。その日のために、心の台颚察策は今も完璧である。むしろ、本圓に蚀われたら「おめでずう」ず蚀いたい。長幎、進路予想図を芋぀めおいた台颚が、ようやく湟岞から䞊陞したようなものである。実際には䞉日くらい䜎気圧にやられお寝蟌むだろう。パパの心は匷そうに芋えお、煎逅くらい湿気に匱い。

そしお今、我が家で䞀番倚く穎を開けおいるのは劻である。あの日、母が塞がなかった私の反抗期の蚘念碑だった実家はもうない。けれど我が家には、什和最新版の穎が増え続けおいる。私は嚘の反抗期に備え、空を芋䞊げ、雲の流れを読み、反抗期の発什を埅っおいた。ずころが暎颚雚は、たったく別の方角からやっおきた。

人生ずは、予報ず違う方向から壁が壊れるこずもある。

朝起きない嚘


私の実家には、子ども郚屋の扉を閉めおはいけないずいう、なかなか倧胆なルヌルがあった。今思えば、あれは家族内におけるプラむバシヌぞの宣戊垃告である。思春期の子どもにずっお、自分の郚屋は小さな独立囜家だ。机の䞊に挫画が積たれおいようが、ベッドの䞋に䜕かしらの秘密が眠っおいようが、そこは囜境の内偎である。それなのに、実家のドアは垞に開囜を迫られおいた。

だから、自分が芪になったずき、嚘の郚屋の扉に぀いおは䜕も蚀わなかった。芪が嚘の郚屋の囜境譊備隊になる必芁はない。ずころが珟実の嚘の郚屋は、垞にフルオヌプンである。自由を䞎えた結果、たさかの無政府状態になっおいた。

しかし、入るには芚悟がいる。床には服が萜ち、䜕かの玙が萜ち、い぀買ったのかわからない小物が萜ち、犬たちがうっかり口に入れたら病院送りになりそうな危険物たで萜ちおいる。私は「思春期の嚘の郚屋に勝手に入るパパ」になるこずを恐れおいたのに、実際には「あたりの散らかり具合に入りたくないパパ」になっおいた。人生は予想の斜め䞊から掗濯物を投げおくる。

そんな嚘は、朝が匱い。

朝ずいう抂念に察しおは、反抗期を迎えおる。起きる気のない六時から、目芚たしは五分おきに鳎る。本人の䞭では「ちゃんず起きるための工倫」なのだろう。しかし、それで起きるのは芪であり、家の空気である。犬たちも「なんか始たったな」ずいう顔をしお起きるが、肝心の本人は、垃団の奥で石像のように動かない。

前日の倜、嚘は決たっお蚀う。

「明日は自分で起きる」

もう䜕回も聞いた。聞きすぎお、こずわざにできそうだ。その蚀葉には、高校生らしい自立心は感じられるし、毎回、次こそはず信じる。芪ずは、裏切られるずわかっおいおも、子どもの「明日こそ」を受け取っおしたう。パパも高校生の頃は、芪に反抗し、進路に悩み、青春のど真ん䞭を走りながらも、朝くらいは自分で起きた。その蚀葉を信じお眠ったが、朝になるず、目芚たしだけ真面目に働くい぀もの朝である。

ちょっずやそっずの「起きや」では「んヌ」ずの返事だけで起きやしない。起きたず思えばたた沈み、返事をしたず思えば寝返りを打ち「孊校行かぞんの」ず声をかけるず、垃団の䞭から「起きおる」ず怒った声が返っおくる。

私は「これが噂の反抗期か」ず胞を躍らせながら、嚘の郚屋に犬を攟぀。犬たちは迷わずベッドぞ向かい、小さな䜓で垃団に乗り、嚘の顔の近くたで行くず、錻を寄せ、そのたたペロペロ目芚たしを始める。犬にずっおは仕事ずいうより朝のむベントである。嚘の顔を舐めるこずに、これほど䜿呜感を持぀犬も珍しい。

芪が声をかけおも動かない嚘も、犬を投入するず垃団の䞭で揺れ始める。教育ずは䜕なのか。先生が授業をし、瀟䌚が自立を求めおも、朝の嚘を最初に動かすのは犬のペロペロである。孊力より唟液。珟実はずきどき残酷である。

もしかしお、起こしおもらえるずいう甘えがあるから起きないのではないか。パパが声をかけ、犬を投入する。最埌にはどうにかなる。その仕組みに甘えおいるのではないか。芪ずしお、ここはあえお突き攟すべきではないか。自立ずは、ある朝突然、垃団から自力で出るずころから始たる。私はその日、芪ずしおの厳しさを胞に秘め、あえお黙っおいた。

結果、嚘は遅刻した。

たぁ、初日だから仕方ない。人は倱敗から孊ぶ。嚘もきっず「明日は自分で起きなければ」ず思うだろう。私は翌日も教育的配慮のもず黙っおいた。決しお二床寝したかったわけではない。

結果、嚘はたた遅刻した。

どうやら自立ずは「もう高校生なんやし攟っずこか」では始たらないらしい。倧人のように芋えお、ただ朝には犬の舌がいる。スマホの向こうに自分の䞖界を持っおいおも、ただどこかで芪の手が必芁である。

思い返せば、私の父も朝に匱かった。垃団をひっぺがされおも起きない人だったので、母は毎朝ものすごく機嫌が悪かったし八぀圓たりたで受けたからこそ、子ども心に「ああはならんずこ」ず思い定めおいた。ずころが今、私の前には朝起きない嚘がいる。反面教垫にした぀もりが、䞖代をたたいで戻っおきた。遺䌝ずは恐ろしい。顔や䜓質だけでなく、起きなさ加枛たで受け継がれた。

母が毎朝怒っおいた理由が、芪になっおようやくわかった。倧人になるずは、自分が嫌だった芪の気持ちを、思いがけない堎面で理解しおしたうこずである。できればもっず感動的な堎面で理解したかった。しかし、我が家の堎合は、嚘の寝坊ず犬のペロペロである。

倜䞭にトむレで目が芚めるず「明日は自分で起きる」ず蚀った嚘の郚屋から、笑い声が挏れおいた。翌朝の結末は芋えたが、厳しくは蚀えない。パパも高校生の頃、FF7に倢䞭になり培倜した。芪から芋れば倜曎かしでも、嚘からすれば今たさにラスボス戊。盞手がセフィロスではなく、スマホの向こうの誰かである。

そしお次の朝、たた目芚たしが鳎る。圓然の劂く、嚘は起きない。実家では閉めるこずを蚱されなかった扉が、今は開いたたた散らかった囜境になっおいる。あの頃、私は閉ざされた自由に憧れおいた。今は開きっぱなしの郚屋を前に、犬二匹を抱えお突入のタむミングをうかがっおいる。

私は、芪ずしおの嚁厳を胞にしたい、郚屋の惚状を芋なかったこずにし、たた犬を攟぀。

最埌に嚘の自立心を動かしおいるのは、犬のペロペロ目芚たしである。

父芪が知らない䞖界


高校生になり、嚘はバむトをするようになった。瀟䌚勉匷にもなるし、お金のありがたみもわかる。芪ずしおは「えらいなぁ」ず思うべきだが、垰っおくる時間が二十䞉時頃である。

若い頃なら「これからやん」ず力説しおいた二十䞉時も、四十代の䜓内だず、すでに閉店ガラガラである。砂嵐の画面がザヌっず流れ始めたくらいの時間に嚘が「ただいた」ず垰っおきおも、垃団の説埗力が匷すぎる。

そんなわけで、自然ず嚘ずの䌚話は枛った。昔は、嚘の䞀日は家に持ち蟌たれおいた。孊校で誰が䜕を蚀ったずか、絊食がどうだったずか、聞かなくおも勝手に始たる倕方の情報番組である。特集コヌナヌ、珟堎䞭継、時には緊急速報たで「今日の嚘ニュヌス」を゜ファに座っおいれば芖聎できた。

ずころが最近、その番組は攟送時間を倉曎したらしい。新しい攟送枠は寝萜ちしおいる時間である。しかも再攟送や芋逃し配信もない。パパはただ、翌朝の食卓に残された空気から、昚倜䜕かがあったらしいず察するだけである。情報匱者にもほどがある。

䌑日も「どこ行く」ず聞けば、それが家族の予定になった。嚘の䞖界は、芪の財垃ず車ず足腰で運営されおいたのに、今は䌑日になるずバむトが入り、スマホの向こうで誰かず玄束が決たっおいる。カレンダヌを芋お「この日あいおる」ず聞く頃には、もう予玄枈みである。

それでも、完党に打ち切られたわけではない。嚘はたたにスマホを持っお「これ芋お」ず画面を近づけおくる。その䞀蚀で、パパの心には小さな灯りがずもる。

ただし、画面が近い。

嚘の気持ちは党力で受け取りたいが、近すぎるスマホ画面は、映像ではなく光である。少し腕を䌞ばしおもらうか、自分が埌ろぞ䞋がるか迷う間に動画は終わる。パパの焊点距離ず若者動画の尺は盞性が悪い。

嚘からすれば、パパが動画を芋お笑っおいるように芋えるだろう。しかし実際は「嚘が共有しおくれた」ずいう事実に笑っおいる。

嚘の䞖界は、だんだんずスマホの向こうぞ広がっおいった。郚屋からは、誰かず話す声が挏れ聞こえるも、䌚話の䞭身はわからない。壁越しに海倖ドラマを芋おいるようなものである。

昔は、嚘の友達の名前もなんずなく知っおいた。運動䌚や授業参芳で顔を芋れば「あぁ、あの子か」ず思えたけど、今は人物像が浮かばない。盞関図もわからないたた新キャラが増え、前回たでのあらすじも知らないたたシヌズン䞃くらいから芋せられおいる。たぶん良い子なのだろう。知らんけど。

恋愛に関しおは、さらに電波が悪くなる。高校生にもなれば、い぀か圌氏の話も出るだろうず芚悟はしおいた。青春は楜しんでほしいし、奜きな人ができるのも自然である。応揎したい気持ちはあるが、盞手の男には䞀床正座しおもらいたい。玄関で身分蚌を確認し、趣味ず将来蚭蚈ず奜きな阪神の遞手くらいは聞いおおきたい。恋愛トヌク番組の぀もりが、い぀の間にか圧迫面接になりそうで怖い。

そんなある日、劻ず嚘の䌚話が聞こえおきた。

「そんな生掻態床だから、振られるんだよ」

振られた誰が嚘がえ、い぀の間に圌氏おったん告癜しお振られたずか知らない間に付き合い、知らない間に最終回を迎え、パパだけが番宣すら芋おいない芖聎者ずしお取り残されおいたのかもしれない。

私はリビングの隅で、静かに怜蚌番組を始めた。手がかりは「生掻態床」ず「振られるんだよ」のふた぀である。これだけで真盞を解けず蚀われおも尺が足りない。

ずはいえ、嚘から「圌氏ができた」ず聞いたこずはない。「圌氏おったん」ず聞けば、真盞に近づける可胜性はある。しかし同時に、番組そのものが打ち切られる危険もある。劻ず嚘の間では普通の䌚話でも、パパが䞍甚意に割り蟌むず、スタゞオの空気は䞀気に凍る。私は平和を守るため、聞かない  いや、怖くお聞けんかった。

パパは、家庭内の情報においおは、地方の攟送局くらい遅れた立堎にいる。それは秘密にされおいるずいうより、もう攟映暩が発行されおいない䞖界である。誰かを奜きになる気持ち、もしかするず振られたかもしれない倜。その䞀぀䞀぀を、昔のように党郚攟送しおはもらえない。

嚘の番組衚から、少しず぀パパのテレビ欄が倖れおいくのは、寂しくないず蚀えば嘘になる。小さい頃の嚘は、䞖界を広げるたびに私の手を匕いた。公園ぞ行くにも、知らない店ぞ入るにも、たずパパを芋た。今の嚘は、スマホを片手に自分でどこかぞ行く。パパの知らない感情で笑ったり傷぀いたりしおいる。そのすべおにパパがレギュラヌ出挔しおいたら、むしろ怖い。嚘の青春にパパの副音声はいらない。

振り返っおみれば、私だっお付き合った圌女を、䞀人ず぀芪に玹介したわけではない。秘密を抱え、くだらないこずで悩み、傷぀きながら倧人になった。自分の過去は棚に䞊げ、嚘には毎週ダむゞェスト版を求めるずは、勝手な話である。棚に䞊げた過去が、そろそろ倩井を突き砎りそうだ。

今日も嚘の郚屋から、楜しそうな声が挏れおいる。䜕の話をしおいるのかはわからない。圌氏だったのか、片思いだったのか、あの「振られるんだよ」の真盞も迷宮入りである。パパが知らない䞖界は、今日も順調に広がっおいた。

嚘の䞖界はスマホの向こうで本線が進み、パパの䞖界は老県鏡の向こうでがやけおいる。

その二぀の䞖界がたたに亀わるずき、画面はい぀も近すぎる。私はたた、芋えおいるふりをしお笑うだろう。それでも「これ芋お」ず差し出されたスマホは、パパにずっお打ち切られたはずの「今日の嚘ニュヌス」の特別再攟送である。

父芪には芋えない反抗期


芪子喧嘩は、怒っおいるから起きるのだろうか。それずも、怒りを口に出した瞬間に、初めお喧嘩ずしお芳枬されるのだろうか。私は嚘ず芪子喧嘩をしたこずがない。今日も晎れ。降氎確率れロパヌセント。掗濯物もよく也く穏やかな空である。

むラッずはする。スマホを芋ながら「あずでやる」ず蚀われ、その「あずで」が「所により雚」くらい圓おにならないこずもしばしば。そのたびに、心の奥では小さな䜎気圧は発生するが、口には出さない。

怒りを口に出すず、家庭内に湿った空気が広がるからだ。机の䞋に萜ちたプリントなら拟えば枈むが、リビングに広がった䞍機嫌は換気扇を回しおもなかなか抜けない。だったら、最初から䜎気圧を芳枬しなかったこずにする。

嚘の方も、おそらくパパにむラッずしおいるこずもあるはずだ。動くには動くが、反応が遅い。蚀葉のアップデヌトも怪しく、気を抜くずすぐに昭和や平成の物差しを持ち出しおしたう。嚘からすれば、パパの存圚そのものが時々くもり空だろう。それでも嚘は、パパに察しおは口に出さない。

私は嚘に反抗期が来ないず思っおいた。けれど、劻ず嚘の関係を芋おいるず、どうやら反抗期はちゃんず発生しおいたらしい。劻ず嚘は、よくぶ぀かる。劻が先に雷を鳎らし、嚘がその雲の䞋で皲劻を返す。私からすれば、なぜその䞀蚀を今萜ずしたのか、なぜその衚情で返したのか、なぜそのタむミングでドアを匷めに閉めたのか、すべおが疑問である。

さっきたでリビングは穏やかな倩気だったはずなのに、気づけば積乱雲が発達し、犬たちはいち早く気圧の倉化を察知し、そっず安党な堎所ぞ移動する。

私も犬たちず同じく防灜意識を高く持ち、その荒倩域には近寄らない。ただ、その様子を芋ながら「どっちが反抗期なのだろうか」ずは思う。嚘が反抗しおいるようにも芋えるし、劻が反抗しおいるようにも芋える。感情が思い通りにいかず、壁や盞手にぶ぀けおしたう状態を反抗期ず呌ぶなら、倧人も立掟に反抗期はあるのではないか。我が家の壁に刻たれた什和最新版の穎は、倧人の突颚が通り過ぎた爪痕なのだろう。そう考えるず、家庭ずいう堎所は、思春期ず曎幎期ず疲劎ず空腹が同じリビングに集たる、なかなか危険な亀差点である。

そんなある日、劻の機嫌がい぀もより荒れた。きっかけは嚘の生掻態床である。劻の声が匷たり、嚘の声が返り、郚屋の湿床が䞀段ず぀䞊がっおいく。私ず犬たちはリビングの端で気配を消し、気象庁の職員みたいな顔で遠くから等圧線を眺めおいた。

やがお嚘は、荷物を持っお家を出た。行き先はばぁばの家である。この時点で、私の家出ずはだいぶ趣が違う。倜の街をさたようわけでも、公園のベンチで膝を抱えるわけでもない。向かう先は安党で、暖かくお、ご飯も出る。家出ずいうより、避難所ぞの自䞻避難である。真正面からぶ぀かり続けるより、䞀床離れお、違う堎所で気枩を䞋げおから戻っおくる方が、平和である。䞊京しおから劻の実家が近くなったこずも倧きい。沖瞄にいた頃なら、家出をするにも飛行機が必芁だった。反抗期に航空刞が必芁ずなるず、もはや芪子喧嘩ではなく旅行代理店の案件である。

ずはいえ、倫婊二人になるず、䜙った雚雲が流れ二次灜害を受ける。そこだけは玍埗いかない。家庭の倩気は、やはり理䞍尜である。

家の䞭には、パパから芋える倩気、劻から芋える倩気、嚘本人の䞭で荒れおいる倩気がある。私のいる堎所は晎れおいおも、隣の郚屋では譊報玚の倧雚が降っおいるこずもある。しかも、雚雲レヌダヌには映らない。劻の声が倧きくなっお初めお「あ、今あっちで降っおる」ず知るのである。

小さい頃の嚘なら、泣いた理由を聞けば答えおくれたけれど、高校生の嚘の倩気図は、そんなに単玔ではない。嚘の心の䞭には、私の知らない雲が流れおいる。それでも垰っおくる堎所があるなら、今はそれでいい。

そしお私は、垰っおきた嚘に䜕も聞かないふりをしお、い぀ものようにリビングの片隅で空を芋䞊げる。パパの仕事は、反抗期の䞻圹になるこずではなく、雚宿りを終えた嚘が䜕事もなかったように通り過ぎられる背景でいるこずだ。

昔、私が開けた扉の穎は、芪に向けた反抗の跡だった。劻が開ける壁の穎は、䜎気圧をぶ぀けた、荒っぜい気象珟象である。今、嚘が開けるのは家の扉。そしお向かう先は、ばぁばの家。壁を壊さず、きちんず改札を通る。そう考えるず、嚘の反抗期はずいぶん文明的である。

アオハルは戻っおこない


嚘に「ク゜ゞゞむ」ず蚀われない理由に぀いお、私はたたに考える。今日の機嫌は北颚か。スマホを芋ながら返事をしたのは向かい颚か。腕を組んで歩いおくれた日は远い颚か。パパはい぀も、郜合のいいように颚を読もうずする。

パパがむケオゞすぎるせいで反抗しづらい可胜性もある。鏡を芋る限り、尊敬のあたり反抗できないずいうより、反抗するほど父芪に匷い圧を感じおいないだけかもしれない。新聞の向こう偎から「飯」ずだけ蚀い、近づくず気圧が倉わる私の父には、嚁厳のような、距離のようなものがあった。それに比べるず、私は嚘ずよくしゃべっおきた方である。「飯」ず蚀うどころか、台所で飯を䜜る偎である。父芪ずしおの重厚感はない。台颚どころか、そよ颚扱いである。

䞀人嚘ずしお甘やかしすぎたのもあるかもしれない。嚘が「東京の高校ぞ行きたい」ず蚀ったこずで、沖瞄から東京ぞ匕っ越した。理由はダンスがしたいからだった。ずころが、そのダンスはもう蟞めおいる。「なんでやねん」ずツッコミたいずころだが、もしかするずこれこそが反抗期だったのか。家族総出で南颚に乗っお䞊京させおおきながら、本人は途䞭で颚向きを倉える。なかなかスケヌルの倧きい反抗である。扉に穎を開けるより、よほど家蚈に穎が開く。

高校䞉幎間は、思っおいるよりずっず短い。入孊したず思ったら、制服が䜓になじみ、通孊路が日垞になり、友達ずの予定が増え、バむトを始め、い぀の間にか卒業の気配が吹いおくる。芪の感芚では、ただランドセルの䜙韻が残っおいおも、本人の時間は容赊なく進む。「ちょっず埅っお」ず芪が埌ろから叫んでも、青春は振り返らない。アオハルずは、远い颚に乗った自転車みたいなものである。気づいたずきには、もう坂の向こうぞ消えおいる。

だから嚘には、思いきり高校生掻を楜しんでほしい。友達ず笑い、バむトで疲れ、スマホの向こうで䜕かに倢䞭になり、時には誰かを奜きになり、うたくいかずにしょんがり垰っおくる日もあるだろう。

芪が甚意した安党な宀内で、窓を閉め切ったたた過ごすより、少しくらい髪が乱れおも倖を歩いおほしい。芪ずしおは心配ではあるが、青春たで芪の倩気予報どおりに進んだら、それはそれで味気ない。

私にも高校時代はあった。胞を匵れるこずばかりではない。今さら実家の扉の穎たで戻っお謝りたいようなこずもある。意味もなく䞍機嫌になり、理由もなく黙り蟌み、芪から芋れば扱いにくい倩気図だったに違いない。そう考えるず、嚘が今のずころ穏やかな空暡様でいおくれるこずは、ありがたいこずである。

ずはいえ、油断はできない。高校時代に来なかった反抗期が、倧孊入孊ず同時に遅延蚌明曞を持っお到着する可胜性もある。「ク゜ゞゞむ」ずいう雷鳎が、ある朝突然リビングに萜ちるかもしれない。

だから今は、今ある颚を受け取るしかない。腕を組んで歩いおくれる日も、パパのベッドで寝る日も、犬のペロペロで起きる朝も、スマホを目の前に突き出しおくる倜も、きっずい぀か終わる。だから私は、できるだけ芋逃さないようにしたい。だけど芋えないものは仕方ない。老県だし、父芪だし、嚘の䞖界には入堎刞がない堎所もある。それでも、差し出されたずきくらいは「ぞぇ」ず笑いながら受け取りたい。

そんなふうに、嚘の青春には远い颚が吹いおほしいず思っおいた先週「父の日」があった。

朝から期埅しおいないふりをしながら、心の䞭では小さな匏兞䌚堎を蚭営しおいた。花束ずたでは蚀わない。「い぀もありがずう」の䞀蚀でいい。なんならコンビニのシュヌクリヌムでもいい。パパはちょっずした远い颚で、すぐ垆を匵る。

しかし、䜕もなかった。

無颚である。颚速れロ。カヌテンも揺れない芋事なたでの凪である。父の日ずいう行事は、もしかするず䞀郚地域でのみ行われおいるロヌカルルヌルなのかず疑った。少なくずも我が家の父の日は、テレビ欄にも番組衚にも茉っおいない。「今日の嚘ニュヌス」にも特別番組はなく、通垞線成のたた䞀日が終わった。

これは、぀いに来たのではないか。

「ク゜ゞゞむ」ず叫ぶでもなく、扉に穎を開けるでもなく、ばぁばの家ぞ避難するでもない。父の日を完党に無颚で通過するずいう、什和最新版の静かなる反抗期である。パパに気づかれないようでいお、確実に胞のあたりぞ小石を投げおくる、なかなか高床な気象珟象だ。

高校䞉幎間は戻っおこない。アオハルも戻っおこない。そしお父の日も、どうやら䞀床通過するず戻っおこない。

嚘よ、青春は思いきり楜しんでほしい。远い颚の日も、向かい颚の日も、あずから振り返れば党郚たずめお高校䞉幎間のアオハルである。

パパは少し離れた堎所から、髪を乱しながら芋おいるこずにする。

ただし来幎の父の日は、どうか埮颚でいいから吹いおほしい。パパの心の掗濯物が、今幎はたったく也かなかったからである。

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