相合傘は命懸け
ビニール傘は皇室でも御用達である。
園遊会などでも使われている透明な傘は、雨を防ぎながらお顔を隠さない。
普段からいろいろ隠して生きている私も、ビニール傘は好きである。雨の日、傘を前へ傾けても視界が塞がれない。どうやら、傘の好みなら宮内庁とも話が合いそうだ。
そして、我が家には高校二年生の姫がいる。姫もビニール傘をよくお使いになる。
……ただし、よくなくす。
学校へ持っていった一本が消え、バイトへ持っていった一本も消え、気づけば傘立てには古びた一本のビニール傘。姫に尋ねても「知らない」の一点張り。
我が家では、姫がお出かけになるたびに一本ずつ献上する制度になっているらしい。
そんな姫から、電話がかかってきた。
「雨降ってるから、駅まで傘持ってきて」
外を見ると、傘を持っていない人を狙い撃ちしているような雨だった。
「えー、めんどいわ。なんで傘忘れんねん」
「仕方ないじゃん。雨女だし。」
「そもそも、あの傘誰のやねん」
「知らない」
パパは三日前にまいばすけっとで買ったのを覚えている。「わかった、今から行く」で済む話なのに、見知らぬ傘へと変わってる以上、一度は文句を言っとかないと気が済まない。
とはいえ、口が抵抗している間にも身体は立ち上がり、「しゃーないなぁ」と電話を切るころには玄関へ向かっていた。
最後のビニール傘は、壁にポツリともたれていた。これを姫へ届けたら、パパはどうやって帰るのだろう。口では「めんどい」と言っていたが、ここへ来て雨雲の向こうからキュンな薄日が差してきた。
もっとも、そんな不届きな感情を悟られないよう、その最後の一本を手に取りふんふんふんと駅へ向かう。
姫は屋根の下でスマホをポチポチしながら待っていた。
「遅い」
開口一番、それである。パパが雨の中駆けつけたというのに、労いの言葉は雨と一緒に流されてしまったらしい。ここで「すまん。待った?」などと言ってしまえば、パパの中の何かが負ける。
「そもそも傘なくしたの自分やからな。弁償しいや」
「はいはい」
姫は適当に聞き流しながら、傘へ入ってきた。
「ちょっと、顔濡らしたら殺すから」
姫から勅命が下った。
「なんでやねん」
「化粧落ちるじゃん」
小さい頃なら、パパの横へ寄せれば一本の傘にすっぽり収まったはずである。小さな頭が腰の少し上にあり、傘を持っていれば、姫はその下を歩けばよかった。
ところが、今は肩がぶつかる。腕も当たる。歩幅もそれほど変わらない。いつの間にか姫は、一本の傘を半分以上要求する大きさになっていた。
少し姫側へ傘を傾けると、ポツポツと肩に雨粒を感じた。まぁ、いい。パパは、こういうときに濡れる側なのだろう。なんだか映画のワンシーンみたいではないか。
数歩進む。
「髪の毛も濡らしたら殺す」
追加の勅命が下った。顔もあかん。髪もあかん。では、どこを濡らせばパパは生きて帰れるのだろう。
ビュンと風が吹けば、傘を姫側へ寄せる。姫が水たまりを避ければ、パパも合わせてサッと動く。前から自転車が来れば、姫を歩道の内側へギュっと押し込み、パパは外側へ出る。
もはや相合傘ではない。姫の御尊顔と御髪を雨粒から守る、移動式の御所である。
六十五センチあるはずのビニール傘なのに、パパに割り当てられた面積は最終的に二十センチくらいだった。
しかも、守っている相手がパパの傘をなくした張本人である。
……ちょ、もうビシャビシャやん!
そう思ったが、口には出さなかった。嘘である。
「自分がなくすからやろ。ほんま弁償しいや」
結局、家へ着くまでパパは何度も傘の弁償を要求し、姫から何度も殺害予告を受けた。
そして翌日。
今日は朝から雨だった。姫は一本しかないビニール傘を持ちバイトへ出かけて行った。
私はまいばすけっとで、新しいビニール傘を買おうかどうか眺めている。
今までと同じ六十五センチにするか。
それとも、七十センチにするか。

