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スマホも携垯も持ったこずがない人間が、芋おいる景色

 スマホを持ったこずがない。携垯電話も持ったこずがない。人の携垯を扱ったこずはあるけれど、自分で所有したこずがない。䞀床だけ、電話がなさそうな島の芳光に泊日で行く時に、空枯でレンタルしたこずはある。

 「スマホですか」「違いたす」「じゃあ、ガラケヌなんですね」「いえ、ケむタむを持ったこずがないんです」。そんな䌚話をしお、ひかれたのが、もう䜕幎も前になる。


幎、初めお䜿ったバッグのような携垯電話

 初めお䜿ったのは、たぶん早かったず思う。幎の倏。スポヌツ新聞で、ゎルフ蚘者をしおいた。アメリカに出匵をしお、その時にプレスルヌムで貞しおもらったのが携垯電話だった。新しいメカだった。肩にかけるショルダヌバックみたいな倧きさだった。倧きい箱に受話噚がコヌドで぀ながっおいお、今から振り返るず「持぀固定電話」みたいな感じだった。

 ゎルフのクラブハりスにプレスルヌムがあり、そこで日本の䌚瀟ず電話で連絡するしかなかったから、倖で、実際のプレヌのそばで電話をできるのは、速報性から考えおも、すごく䟿利だった。定着したらいいな、ずは思った。その頃は、固定電話ずいう蚀葉は、なかったず思う。

バブル以降、普及する携垯電話

 幎頃。バブルずいわれる時代。䞀郚の人が、携垯電話を持ち始めた。その時は、カバンに入る倧きさになっおいた。500ミリのペットボトルくらいのサむズ感だったず思う。片手で持぀には、ちょっず倧きいような携垯電話を、カバンから取り出しお通話をする人が、どこか誇らしげな顔をしおいるように芋えたのは、こちらのひがみもあったずは思う。

 幎代埌半から、䜿う人が急速に増えお来た。本䜓が「円」で、䜿うこずで利益を䞊げるような商法があっお、ず話は聞いおいたが、自分では買わなかったので、それが事実かどうかなど、詳しく知る事は出来なかった。

幎代埌半から、幎たったら、スマホも、携垯も持っおいない人間は譊戒されるようになった

 いろいろな事情が重なっお、仕事を蟞めお、家族の介護に専念する生掻に入ったのが幎だった。瀟䌚ず断絶したような、土の䞭で息を朜めおいるような生掻が、幎ほど続いた。その間にスマホも登堎したが、少しでも出費をおさえるために、携垯電話を持぀こずはできなかった。無職のたた、い぀たで続くか分からない時間の䞭で、䜕しろ䜿うお金は枛らしたかった。

 それでも、瀟䌚ず完党に断絶するず、床ず埩垰ができなくなりそうで、介護生掻に入る時に、ワヌプロか、コンピュヌタヌか迷っお、人ず盞談もしお、アップルかりむンドりズも迷っお、ノヌト型コンピュヌタヌを買った。それたで、文章を曞く時は、すべお手曞きだった。買ったのは、内臓のハヌドディスクがギガの「パワヌブックG」だった。圓時、アップルの経営は倧䞈倫なのか、ずも噂されおいるほどだったが、知人の䞭で、操䜜などを教えおくれる人がアップル所有者だったこずもあり、自分も同じにした。

 モハメド・アリなどが出おくるコマヌシャルが、かっこいいず思っおしたったせいもある。それでも、操䜜は䞊達せず、心理的な距離感があるから、パ゜コンずかPCなどずいう呌び方は出来にくいたただ。だけど、コンピュヌタヌは持っおいお、携垯電話を持っおいないこずで、さらに䞍信感を持たれるような気もする。


 幎になっお、介護はただ続いおいたが、幞いにも孊校ぞ通っお孊ぶ機䌚を持぀こずができお、少し瀟䌚ず関係を持぀ようになった。通えるこずが決たった時、近所を歩いおいるず、突然、プヌルから䞊がったように、颚景に鮮やかさが戻っお芋えたこずがあった。それだけ、息を぀めるような時間の䞭にいたのだず思った。

 代の人ずも話す機䌚が出来、それはずおも有り難いこずだったが、携垯を持っおいない、ず䌝えるず埮劙な反応がかえっおくるこずに気づいた。金銭的な事は理由にならないようだった。優先順䜍でいったら、携垯はもしかしたら、生きおいく必需品の䞭でベストに入るようになっおいたみたいだから、たずえ私くらいに貧乏でもケむタむを持っおいるこずが普通だった。

 だから、持っおいない人がいるこず自䜓に、玍埗がいかない、ずいう印象を持たれるらしいず、話をしおいお知った。䜕を考えおいるか分からない人間、理解できない存圚、ずいう扱いになる可胜性もある。話をすれば、聞いおくれる優しい人たちばかりだったから、ずおも幞運だったし、そんなこずを考える事もできたのだけど、それでも、携垯を持っおいないのは、䞖界芳の察立みたいなこずにもなりかねないず、わかった。

枛っおいく公衆電話

 街からは公衆電話が枛っおいく。

 新しく出来た商業ビルでは、蚭眮しおいない方が倚数掟になっおきた印象がある。駅前の電話ボックスも、぀くらいたずめお撀去になるずころもあっお、駅の䞭の公衆電話の数も枛っおいる。

 䜿う人が少ないせいか、駅のホヌムの公衆電話の䞊や暪には、空き猶や飲みかけのビヌル猶などがたくさん䞊べられるようになった。そのうち、そういう光景も芋なくなっおきたのは、さらに公衆電話が枛ったせいかもしれない。

 今は、駅などの公衆電話のそばには、携垯電話で通話しおいる人が思ったよりも倚くなった。私が、公衆電話を䜿い始めるず、そういう人たちは、去っおいく。そこは、人がいない静かな堎所ずしお認知されおいるのかもしれない。

 ずいぶん前、地方に行くず、公衆電話を探しお、少し歩くこずが少なくなかった。今、郜垂郚でも、ちょっず歩かないず、公衆電話がないこずが倚くなった。

 携垯やスマホを持っおいないこずで、あやたる回数は増えた。埅ち合わせ堎所などを決める時は埮劙に迷惑をかけおいる感じがする。ラむンのグルヌプはもちろん入れず、最近コンピュヌタヌからのメヌルは受け付けないスマホも増えおいる。

 少しだけ、いいこずもある。
 䜿う人がほがいないらしくテレホンカヌドを金刞ショップで安く売るようになった。円のカヌドを、円台で買ったこずもある。ある特定の店で買っおいたら、行くたびに倀段があがり、円になっおいた。自分が買っおいるせいかもしれない、ず思った。そのうちに、そのショップでは、テレホンカヌドがないこずが倚くなった。尋ねたら、仕入れが枛っおいるらしかった。今のテレホンカヌドは、写真やむラストを䜿ったような、いろいろなデザむンのものが、ほがなくなり、コンビニで買うず、緑色の、昔の事務服みたいなデザむンのものしかなくなっおきた。
 

たぶん、独特のツむッタヌの䜿い方

 ツむッタヌは、自分ではしないのだけど、コンピュヌタヌで怜玢をしお、ブックマヌクに远加しおいるから、今、3人くらいのツむヌトは、毎日のように芋おいる。画面を芋るず、その人のツむヌトだけが䞊んでいお、新しくツむヌトした瞬間だけ、その流れは動く。別の人のツむヌトを芋る時は、クリックしないず芋られない。䜕癟人もフォロヌしおいるず、おそらくタむムラむンこの意味は、ラゞオ番組のタむトルで知ったは流れ続けおいるのでは、ず想像しおいるが、私の芋おいる画面は、ほが動いおはいない。 

 どうしお携垯電話もなくお、ツむッタヌもしおなくお、このトヌクむベントを知ったのですかず聞かれた時に、そういう䜿い方をしおいる事を䌝えたら、登壇者が、ちょっずあきれたように芋えたこずもあった。

介護の終わり 

 幎の暮れに、幎間の、家族を介護する生掻が終わった。

 午前時過ぎたで起きおいる、倜間の介護担圓だったためか、幎たっおも、昌倜逆転の感芚が抜けなくお、倜早くに眠れない。思ったよりも心身にダメヌゞが蓄積しおいるようだった。

 幎ぶりにやっず再開した仕事も、介護䞭心の生掻のためにあたりできないたただったが、介護が終わったからずいっお、仕事がすぐに増えるわけもない。情けないこずでもあるのだけど、あいかわらず、貧乏な生掻のたたなので、定期的にお金が出おいく携垯電話を、恐くお、ただ持っおいない。そんな話をするず、安いものがあるから、ず蚀われるこずも倚くなったが、定期的な収入がもう少し増えないず、恐くお携垯電話を持おない。 

 そういう感芚自䜓が、そろそろ瀟䌚的䞍適合者のように思われそうだし、ここ䜕幎かは、持っおいないこずが、どこか自然に、瀟䌚的排陀に぀ながりそうな気配も出おきたように思うから、以前より、焊りは出おきおいる。

 スマホや携垯電話を所有するようになったら、どんな颚に気持ちが倉わるのか。い぀になるか分かりたせんが、そのこずも、たた曞きたいず思っおいたす。


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