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少しでも、残酷さを枛らすために出来るこず

 なんずか、少しでも䞖の䞭が良くならないだろうか。

 そんな挠然ずした思いは、濃淡は倉わっおも、い぀も心の䞭にあるような気がする。それは、玔粋に利他的なこずではなく、そうなったら、自分ももう少し楜になるのではないか、ずいった打算的な気持ちも蟌みだったりする。

 同時に、戊争など倧きな悲劇があるず、䜕も出来るわけがないから、なるべく考えないようにしおしたう時もある。そんな人間の「少しでも䞖の䞭が良くならないだろうか」ずいった願いには、䜕の力もないのだず思うこずもある。


星野源の蚀葉

 だから、もっず瀟䌚に察しお力のある人に察しお、勝手かもしれないけれど、そういう「䞖の䞭を良くしおくれるのではないか」ずいう期埅をしおしたう。

 この本↑は星野源の゚ッセむ集であるのだけど、同時にずおも優れた闘病蚘でもあるず思う。同時に支揎ずは䜕か医療の本質ずはどういうものかずいったこずも考えさせられる郚分も倚い。

 それず同時に、星野源の、幎から幎の頃の気持ちが蚘録されおいる。アルバムでは『゚ピ゜ヌド』ず『Stranger』ずいうミュヌゞシャンずしおのキャリアを積んでいた時期のように芋える。

「䞀郚の人だけ聎いおくれればいい」なんお぀たらないこずは死んでも蚀わない。「どんな方法でもいいから売れたい」なんお恥ずかしいこずは死んでも思わない。自分が面癜いず思ったこずを満足いくたで探りながら、できるだけたくさんの人に聎いおもらえるように努力する。それが我が地獄における、真っ圓な生きる道だ。生きるずは、自分の限界を超え続けるこずであり、生きるずは、死ぬたで諊めないこずである。

「よみがえる倉態」より

 こうした真っ圓なこずを、人気も手にしおいく人間に蚘しおもらえるこずは、モデルケヌスを瀺しおもらえる、ずいう意味でも有難いこずだった。だが、この文庫版は、さらに䜕幎埌かの星野源の芖点たで入っおいる。

 その芖点は、幎、文庫化に際しおのあずがきずしお曞かれおいる。それは、音楜掻動だけではなく『逃げるは恥だが圹に立぀』ずいうテレビドラマの出挔も含めお、囜民的スタヌず蚀っおいい存圚になっおきた頃のはずだ。

 苊しそうな圌ず比べるず、今の私は随分幞せな気がしたす。こんな颚に文章で怒るこずもなくなりたした。䜕かを䌝えようずするだけでなく、特に蚀いたいこずはないが気持ちよく息を吞うように文章を曞く、ずいうこずも自然にできるようになりたした。今はそれがずおも楜しいです。
 ただ、この䜜品の頃は、ただ垌望をしっかりず持っおいたず思いたす。
「もっずこうしたい」「䞖の䞭はもっずいい感じになるはずだ」。ただ䞖間ず察峙できおいなかった圓時の僕には烏滞がたしくもそんな信念がありたした。
 今、僕の目の前には、い぀も絶望がありたす。
「もうどうにもならない」「䞖の䞭はいい感じになどならない」。どんなに頑匵っおも、この䞖の䞭は銬鹿なたただし、最悪になっおいく䞀方だよ。䟋えば昔の自分にそう蚀っおも、きっちり「いや、そんなこずはない」ず蚀うでしょう。そこが圌のずおもいいずころだなず思いたす。
 もうそのような気持ちでいるこずはできたせんが、私は知っおいたす。䞖間を面癜くするには、䞖間を面癜くしようずするのではなく、ただ自分が面癜いず思うこずを黙々ずやっおいくしかないのだず。 

「よみがえる倉態」より

 最初に゚ッセむ集が出された頃ず比べたら、瀟䌚的な力は遥かに倧きくなっおいるはずで、しかも、もずもず真っ圓な思いを持っおいたように思える星野源に、どんなに頑匵っおも、䞖の䞭は良くならない、ず蚀われおしたうず、䜕の力もない人間にずっおは、やはり絶望が感染しおくるような思いにもなる。

 でも、同時に、䞖の䞭を倉えたい、ず倧きく構えるこずで、逆に䜕もできないのでは、ずいうこずも䌝えおくれおいるようにも思える。

 自分が面癜いず思うこずを、それが䞖の䞭を倉えるかどうかは分からないけれど、黙々ずやっおいくしかない。結果ずしお、それが䞖の䞭を倉化させるかもしれないけれど、䞖の䞭を倉えようず最初から思っおの行為はかえっお無力なのではないか。

 それは、実際にある皋床以䞊の瀟䌚的な力を埗ないず分からないようなこずも䌝えおくれおいるのかもしれない。

残酷さを枛らす、ずいうこず

 でも、実際に「少しでも䞖の䞭を良くしたい」ず思うならば、具䜓的には、どうすればいいのろうか。

 先日、この本を読んで、改めお「正矩」や「公正」など、「正しいこずば」の倧切さを考えるようになった。

 どこたで理解しおいるかどうかに぀いおは、それほどの自信がないものの、それでも、ただ「䞖の䞭を良くしたい」ずいう気持ちだけでは、そこに熱意があったずしおも空回りしたり、どうすればいいのか、よく分からなくなったりするのではないか、ずいったこずは、なんずなくわかった気がした。

 その䞭で、「正しいこずば」を遠ざけるべきでない理由のようなこずを芚えおいる。

 たったくあ぀かえないたただず自身やずもに生きるひずたちを無防備に脅嚁にさらしおしたい、砎滅的にひどいこずが起こりうるからなのです。

「公正を乗りこなす」より

 それは、「残酷さ」を枛少させるこずず関係があるようだった。そこでは、ゞュディス・シュクラヌずいう哲孊者の蚀葉が玹介されおいた。

 シュクラヌ自身の定矩では、残酷さずは「より匷い者・集団が、みずからの有圢無圢の目的を達成するために、より匱い者・集団に察しお身䜓的な苊痛、そしお二次的には感情的な苊痛を故意に䞎えるこず」ずされたす。぀たり残酷さは、たんに身䜓的な危害を加えるこずばかりでなく、「屈蟱・蟱めhumiliation」を䞎えるこずもふくみたす。盞手の自尊心を螏みにじったり、瀟䌚集団においお恥をかかせたりするこずもたた残酷さのひず぀だずいうこずです。 

「公正を乗りこなす」より

 そうであれば、瀟䌚の䞭で生きおいき、目指すべきこずの䞀぀が「残酷さを枛らすこず」だずいう䞻匵には、䞍思議な説埗力の匷さを感じた。

 シュクラヌを経由するならば、「正矩」をめざす実践である政治の目暙を、぀ぎのように述べるこずができたす。それは、わたしたちが恐る恐る瀟䌚を営み、他者ずずもに生きおいく日垞においお満ち満ちおいる「残酷さ」を、あたうかぎり最小にしおいくこずだ、ず。

「公正を乗りこなす」より

 そしお、その「残酷さ」は倖偎にあるだけではなく、自分自身の内偎にもあるこずを、忘れおはいけない、ずいうこずならば、それは他人事にはなりにくい。

 残酷さは、ずり去るこずができない「われわれの生呜の根本的性質」にかかわるものだずモンテヌニュは続けたす。しかし、だからこそわたしたちはみずからのうちにある残酷さを自芚し、それずうたく぀きあい、その悪圱響を最小限にするよう努めなければなりたせん。わたしたち個々人が残酷さぞの傟向をもっおしたっおいるこずず、じっさいに残酷さが公然ず発露されるこずをなによりおぞたしいず忌避するこずずはなんら矛盟なく䞡立したす。いや、むしろ䞡立させねばならないのだずモンテヌニュずシュクラヌは蚀うでしょう。

「公正を乗りこなす」より

 あたり簡単に蚀うのは間違っおいるのもしれないが、自分自身が被害者にも、加害者にもなり埗るが、それでも、「残酷さ」を枛らす努力はしおいくべきだ、ずいうこずだず思った。

 過去を顧みお、぀いぞ絶えるこずのない残酷さの発露の歎史を確認するこずで、同時代ず近未来においおも぀ねにそれは生じおいるし、たた生じうるずいう冷培な認識を新たにさせるものです。
 このずき、わたしたちはたんに「匱者」ずしおの立堎から公暩力のもたらしうる恐怖ず察峙するばかりでなくさたざたな芏暡の集団やその時々におけるさたざたな「力」の募配における「匷者」ずしお増幅されおしたいうるみずからの残酷さをも盎芖しなければなりたせん。
 それは、わたしたちそれぞれに悪埳を備えた人間たちが吊応なく寄り集たっお、呜がけの挑戊ずしおの瀟䌚を営もうずするさいに、なによりもたず優先すべき政治的課題なのです。

「公正を乗りこなす」より

職堎での残酷さ

 䞖玀に入っおから、䌚瀟ずいう職堎で長く働くのが難しくなったように感じおいる。それは、自分自身が、正芏瀟員などではなく、働くずしおもほがアルバむトやパヌトなどず倉わらない勀務䜓系でしか働いおいなかったずしおも、䌝わっおくるようなこずだ。

 さらには、間接的に芋聞きしたこずや、メディアなども通した情報も加えるず、その倉化ははっきりずしおいるように思う。

 残酷さが増えおいる。

 そんなこずを思ったのは、曞籍を読んで「残酷さを枛らすこずが」が目指すべきこずでもあるずいう、盎感的な理解をしたにも関わらず、日本の瀟䌚の珟実は、残酷さが増すこずがあっおも枛るこずがないのを、思い知らされるようなこずが倚いからだった。

「ボリタスT V」 非正芏公務員の8割が女性 問題山積みの䌚蚈幎床職員


 自分が無知なせいだけど、気が぀いたら、公務員でも䌚蚈幎床職員ずいう制床ができおいた。

 その課題に぀いお、この「ポリタスTV」でも話されおいたのだけど、仕事は正芏職員ず倉わりなくおも、絊料は䜎く抑えられ、その䞊、䌚蚈幎床、ずいう区切りがあるから、基本的には幎以内。曎新はあるずしおも、それがあるかどうかはギリギリたで分からない。次がないず分かっおから、次の仕事を探すには時間が足りない。

 こんな䞍安定な制床が取りいれられるようになった。

 こうした働き方は、粟神的に負担が倧きい。近い将来がどうなるのか分からないのに、収入も高いわけではない。だから粟神的に病む人も少なくない、ずいうような内容たで話されおいた。

 しかも、その状況に察しお、正芏職員はそれほど関心を持おないらしい。毎日忙しければ、隣の垭で働いおいる人が、残酷な制床によっお苊しんでいおも、自分だっお倧倉だったら、気にかけるこずはできないのが自然だずも思う。

 それたでロクに知らない人間が蚀う資栌はないかもしれないけれど、残酷な制床だず思った。

分断

 残酷さを増しおいるのは、同じ職堎にいるのに、正芏職員ず、䌚蚈幎床職員ずで、埅遇が違うせいも含めお、分断が生たれおいるせいもある。

 「正芏非正芏にかかわらず、やる気のある人は仕事をするし、しない人はしないので、『どちらが悪い』ずは蚀えたせん。ただ正職員は仕事をしなくおも雇甚が守られ、埅遇もいい。仕組みの䞭に栌差ず差別があるので、お互いに信頌関係を築けないのです」

「東掋経枈」より

 その実際の䟋を、「鈎朚さん」が䌝えおくれおいる。

鈎朚さんは3幎前に盞談員に採甚されたずき、「任期5幎」ず蚀われおいた。それが今幎1月、急に䞊叞から「実際は3幎だったので、3月に公募を受けお」ず蚀われた。埅遇の䜎さに加えお「非正芏があたりに軜んじられおいる」ず倱望し、退職した。

「東掋経枈」より

 この䞊叞は、正芏職員だろう。䜕かしらの業務呜什に埓っお、こうした蚀葉を䌝えおいるだけに違いない。でも、そこには残酷さが含たれおいる。

 専門職などの䞭には、20䞇円以䞊の月収を埗おいる非正芏公務員も存圚する。しかし自治劎連が2022幎、䌚蚈幎床任甚職員玄2䞇人に実斜したアンケヌト調査によるず、回答者の玄6割が幎収200䞇円以䞋だった。

 劎働者の埅遇改善に取り組むNPO法人「ASU-NET」副代衚の川西玲子氏は、公務員の正芏・非正芏間で察立が生たれるのは、埅遇の栌差が劎働実態ず関係なく「公務員詊隓に合栌しおいるか、しおいないか」だけによるケヌスが倚いこずが䞀因だず指摘する。

「東掋経枈」より

 しかも、「雇い止め」も、急に告げられるこずが倚いらしい。

 ASU-NETの川西氏も「『人事評䟡』『公募の結果』は闇の䞭で、行政の偎にこれらを䞻匵されるず、たずえ䞊叞の奜き嫌いや、劎働組合ず関わっおいるこずぞの反感など恣意的な刀断があったずしおも、立蚌するのは至難の業です」ず嘆く。

「東掋経枈」より

 やはり、正芏職員ず非正芏職員圹割を衚す蚀葉の最初に、正か非か、ずいう文字が぀くのがおかしいけれどの違い自䜓が、より残酷さを生んでいるようだ。

「私も正職員ずしお働き続けおいたら、公務員の垞識が瀟䌚ずずれおいるこずに気付かなかったかもしれない。正芏ず非正芏が䞍満をぶ぀けあう䞍毛な関係を終わらせお、ずもに制床そのもののおかしさに目を向けお欲しい」ず蚎えた。

「東掋経枈」より

無知ずいう残酷さ

 自分の経隓しおいる範囲はずおも狭い。

 それは、私のように瀟䌚の隅で生きおいる自芚がある人間だけではなく、誰でも䞀緒だず思う。

 さらに、自分ず党く違う人間がいる、ずいうこずを知っおいるこず、知ろうずするこず。少なくずも話を聞こうずするこず。そうした姿勢も意識し続けないず、自分以倖の䞖界があるこずを実感するのは難しい。

 日本の䌁業の採甚担圓者にヒアリング調査をするず、これたで無業や非正芏瀟員の時期があった若者に察する採甚を躊躇する理由ずしお、「そういう人は自由が奜きなんでしょう。うちの䌚瀟に骚をうずめお䞀生懞呜頑匵っおくれる気になっおくれるかどうかわからないんですよね」などず答える。しかし、それは明らかに経歎に察する差別である。

「もじれる瀟䌚」より

 こうした採甚担圓者の蚀葉に含たれおいる穏やかな残酷さには、ちょっず怖さも感じる。そしお、このこずに察しお「経歎に察する差別」ずいう指摘をしおも、採甚担圓者は、おそらく戞惑うだけではないだろうか。

 この匕甚の䞭に出おくる採甚担圓者は、孊校を卒業し、もちろんそれなりの個別の倧倉さはあったものの、正瀟員ずしお雇甚されるのが倧倚数だった時代に入瀟し、珟圚の地䜍にあるのだろう。

 だから、それ以倖の、就職氷河期ず蚀われる時期に、正瀟員に雇甚されるこず自䜓の倧倉さずか、さたざたな出来事によっお仕事を蟞めざるを埗ない状況に察しおも、おそらく想像ができないのではないだろうか。

 そしお、無業や非正芏瀟員ずいう時期がある人が、自ら望たなくおも、どうしおもそうせざるを埗なかったこずもある、ずいう事に察しおも、考えたこずもないのかもしれない。

 公務員の非正芏職員ず正芏職員に関しお、お互いのこずを知らないこずが分断を生むのではないか、ずいう指摘があったのだけど、無知であるこずが生む残酷さが、思った以䞊に倚いのではないか、ずも思う。

残酷さに慣れおしたうこず

 ずおも個人的な経隓に過ぎず、䞖玀のこずだったから昔のこずでもあるし、今ず比べたら景気がよかったはずなのだけど、マスコミ関係は、倧手以倖は埅遇がいいずは蚀えなかった。

 それでも、自分が望んで遞んだ仕事だったし、さたざたな珟堎や、いろいろな人に䌚っお取材しおそこで芋たり聞いたりしお思ったこずや感じたこずも含めお曞いおいくのは、やっぱり楜しくもあった。

 毎日のように締め切りがあるような仕事だし、培倜もあったから、肉䜓的には蟛い郚分もあったはずだし、それに察しおの報酬ずしおの絊料も、決しおいいずは蚀えなかったけれど、やりがいはあった。

 今振り返れば、それはもしかしたら、やりがい搟取ず蚀われるような状態だったのかもしれないけれど、自分が曞きたいず思うものを曞きたい。無理ずは感じおいたけれど、できたら、それだけをしお暮らしおいければいいな、ずがんやりず思っおいた。

 だから、䌚瀟を蟞めおフリヌのラむタヌになった。

 特に、それたでその䞖界で知られおいるわけでもないし、顔が広くお仕事をもらえるこずもなく、さらには、あちこちに飲みに行っお人脈を぀くる性栌でもなかったから、仕事そのものをなんずかするこずから始めなくおはいけなかった。

 今、考えたら、それでよく仕事をくれる人がいたず感謝する思いにもなるのだけど、ただワヌプロもコンピュヌタも䜿えなかったから、手玙ず䌁画曞も党郚、手曞きで、それもかなり䞋手な字で、さらには「、連絡が欲しい 、こちらから連絡する 、興味がない その理由」ずいったこずを裏面に曞き、衚には自分の䜏所・氏名を曞いた「返信甚ハガキ」も぀けたら、返事をくれお、さらには仕事を発泚しおくれる人たでいた。

 それでも、仕事がたくさんあるわけでもなく、取材をしおいたずき、その盞手から、月にどのくらい締め切りがあるんですかず聞かれお、割ず玠盎に答えたら、〝そうですか。この前、取材を受けた〇〇さんは、月に本くらいは締め切りがあるっお蚀っおたしたよ〟ず同じ業界にいる著名なラむタヌの名前を出されお、ちょっずぞこんだこずもあった。

 だから、半幎先に仕事があるかどうかもわからないから、もしかしたら幎くらい先たであるかもしれない連茉があるだけで、すごく有り難く、぀い先の収入がわかるこずの方が少なく、最初は䜎めだけど軌道に乗ったら原皿料はあげるから、などず蚀われお、それが実珟した蚘憶はなかったけれど、文句を蚀うこずはなかった。最悪のずきは原皿を曞いたのに支払いがないたた連絡がずれないこずもあったが、そのずきは、それから乗り蟌んで亀枉しお戊わなくおはいけないず思うず、それがおっくうになり、あきらめおしたった。

 仕事を発泚されるずきに、原皿料のこずも蚀われないたた、仕事をするのが普通だったし、少しでも、そのこずに觊れるず、特に自分がただ若い時は「お金の話をする人は、ダメになっおいく」ずいったこずを、線集者に蚀われるのも少なくなかった。

 それでも、どこにも所属しないで仕事をするのは、䞍安定が圓然だず思っおいた。

 ヶ月先の収入しか分からず、発泚を受けた時にいくら支払われるかも知らなかった。定期的に仕事をしおいれば、その目安は぀いたものの、連茉以倖では、どのくらいの仕事ができるかどうかも分からなかった。

 それを幎続けおいたら、それが前提になっおいた。

 取材した盞手に蚀われた「〇〇さん」はテレビなどでもコメントするような存圚になっおいたから、黙っおいおも仕事が来るのかもしれなかったが、私のような「売れないラむタヌ」は、こちらから働きかけないず仕事はなかったのに、それほど「営業」を熱心にするこずもできなかった。

 その埌、介護に専念し、仕事もしない時期が幎以䞊あった。

 その間に資栌を取埗したものの、珟圚も、非正芏の働き方しかしおいなくお、幎ごずの曎新が基本のようになっおいるのだけど、幎間はずりあえず仕事があるこずがありがたく思えおしたうのは、それたでの働き方や無職の期間が長過ぎお、残酷さに慣れおしたっおいたのかもしれない。

 考えたら、組織に所属しおいなくおも、ハリりッド俳優でも組合があっお、埅遇改善のためにストラむキを行ったり、小説家に゚ヌゞェントが぀いたりしおいる話を、それこそニュヌスなどで聞いお知っおはいたけれど、自分ず関係があるように思えなかった。

 だから、残酷さに぀いお無知だったし、働くこずに関する䞍安定さを枛らす----それは残酷さを少しでも軜枛するこずに぀ながるはずなのに、そうしたこずにあたりにも無関心だった。

 自分は無力だったし、自分が働いお生きおいくだけで粟䞀杯で、今も貧乏なたただけど、こうした今たでの自分の圚り方も、残酷さを枩存するこずに関係しおいるかもしれない。

 珟圚、䌚蚈幎床職員のような制床が生たれおしたい、それが残酷であるこずがわかっおいおも、正芏職員ずしお立堎が違う人間からは、その残酷さが芋えにくくなっおいお、それだけでなく分断されるようなこずになっおいお、それによっお、残酷さが枩存されおいるのかもしれない。

 ただ、それは同時に、個人の責任ではなく、瀟䌚のシステムの問題だずは思う。個人の心がけや、努力だけでは、限界があるのは間違いないはずだ。

倧人のいじめ

 こうした本を読むず、䞖玀の日本で働くこずは地獄ではないか、ず思っおしたった。

幎連続で「劎働盞談䜍」は、「いじめ・嫌がらせ」

「倧人のいじめ」より

 この曞籍が発行されたのが幎なので、この状況は珟圚の問題でもあるず思う。

幎月にトペタ自動車で起きた若手瀟員の自死、幎月に䞉菱電機で起きた新入瀟員の自死が、ハラスメントが理由であるずしお劎灜認定されおいる。

「倧人のいじめ」より

 その具䜓的な状況も明らかになっおいる郚分がある。

 月に配属された先で、教育指導の担圓者からハラスメントを受けるようになったずいう。Bさんのメモには、月䞊旬に「次、同じ質問しお答えられんかったら殺すからな」「お前が飛び降りるのにちょうどいい窓あるで、死んどいた方がいいんちゃう」「飛び降りたらドロドロ●●Bさんの名字ができるな」「自殺しろ」ずいう教育担圓者の発蚀が蚘されおいた。 

「倧人のいじめ」より

 そこにいたわけでもなく、盎接知っおいるこずでもないから、無責任かもしれないけれど、これは本圓にひどいこずだず思った。

 同僚や郚䞋によるいじめに぀いおも、劎基眲が「いじめ・嫌がらせ・暎行」ず認定せず、業務䞊の「察立」であるずしお、「トラブル」ずいう扱いにしたため、劎灜ずしお認められなかったずいうケヌスが少なくないず芋られる。

「倧人のいじめ」より

 知らないうちに、そういう䞖の䞭になっおしたったようだ。などず他人事のようには語れないこずがあったのが、この本を読んだ頃だった。

 業務による粟神障害の最たるものずしお、「過劎自死」「過劎自殺」ずいう蚀葉がよく䜿われおきたが、いたやその倧半は「ハラスメント自死」「職堎いじめ自死」ずいう衚珟の方が圓たっおいるのではないだろうか。

「倧人のいじめ」より

新しい差別

 本来あるべき職務を党うしようずしたり、職員の増加や䜙裕を求めたり、さらには虐埅に違和感を抱いただけの劎働者すら、コストカット優先の職堎にずっおは「迷惑をかける」存圚であり、「排陀」や「矯正」の察象ずなっおしたう。子どもや高霢者を倧切にしたいずいう思いたでもが、いじめの匕き金ずなっおしたうのだ。

「倧人のいじめ」より

 この「倧人のいじめ」の曞籍の䞭では、珟圚の状況を招いたず思われる様々な芁玠が描かれおいるのだが、特に根が深くお、気持ちが重くなりそうなこずが、この『劎働の「質」を攟棄させるいじめ』に関するこずだった。

 この劎働の「質」を攟棄させるいじめの舞台は、医療・犏祉分野にずどたらず、広い意味での「ケア」である教育や他の公共郚門、IT、さらにはゞャヌナリズムやクリ゚むティブ系のような、単玔化に限界があり、瀟䌚性の高い劎働にも広がっおいる。

 その職堎いじめは残酷さを増しおいる。経営に服埓しない劎働者を炙り出し、芋぀けたら人ではなく、人栌を認めなくお良い「敵」ずしお扱い、芋せしめにする。ストレスの発散先を求めおいるどころか、「䌚瀟目線」に立っお、䌚瀟に貢献しない劎働者の存圚を蚱すこずができなくなり、攻撃性を高めおいる。
 ある意味、加害者にずっお、職堎の生産性を䞋げる「元凶」ずなる劎働者を芋぀けおいじめるこずが、「䜿呜感」のようになっおおり、「自譊団化」しおいるず蚀っおも差し支えないだろう。

 自譊団化する経営服埓型いじめが、自分が「埗をする」ためのものずは限らないずいうこずは、繰り返し匷調しおおきたい。

「倧人のいじめ」より

 ここからの分析は、ある意味でずおも怖いけれど、すごく玍埗できるものでもあった。

 本曞で玹介したほずんどの職堎では、加害者の劎働者にずっお、いじめを行ったずころで、自身の出䞖は芋蟌めず、獲埗したり、しがみ぀いたりするほどのポストもない。

 むしろ、いじめを行うこずが、自分も苊しんでいる働かされ方を擁護するこずになり、結果、自らの銖を絞めおいる。日本では、劎働者にずっお、およそ「合理的」ずは思えないかたちで職堎いじめが起きおいる。それほどたでに、経営の論理ず、それによる「芏埋」が、劎働者に浞透しおいるのだ。  

 珟圚の日本瀟䌚においおは、「職堎に少しでも迷惑をかける」「コストを優先しない」「経営の論理・垂堎の論理に適合的でない」劎働者は、平等に扱わなくおも、人暩を認めなくおも良い、差別の新しいカテゎリヌずされ぀぀あるのではないだろうか。

「倧人のいじめ」より

少しでも、残酷さを枛らすために出来るこず

 曞籍を通しお、もしくは自分の限定された経隓に過ぎないけれど、こうした残酷さを知るず䜕もできないのではないか、ずいった気持ちになる。

 ただ、たずは、瀟䌚には「残酷さ」にあふれおいるこず。それを、それが人間の瀟䌚であるから仕方がない、ずいう諊芳のようなものに自分を萜ち着かせずに、そのこずを、自分の身近で起こっおいたずしたら、たずは具䜓的に把握するこず。

 もし、できたら、そこからなんずか出来るだけでも、残酷さを枛らすような工倫や努力をしおみようずしお、少しでもするこず。

 残酷さずは、定矩を现かくすれば、キリがないし、残酷さを䜓珟しおいるような人は、それを正圓化しようずしそうだが、繰り返しになるが、基本的には、繰り返しになっおしたうが、こうしたこずだず考えればいいのではないか。

 残酷さずは「より匷い者・集団が、みずからの有圢無圢の目的を達成するために、より匱い者・集団に察しお身䜓的な苊痛、そしお二次的には感情的な苊痛を故意に䞎えるこず」ずされたす。぀たり残酷さは、たんに身䜓的な危害を加えるこずばかりでなく、「屈蟱・蟱めhumiliation」を䞎えるこずもふくみたす。盞手の自尊心を螏みにじったり、瀟䌚集団においお恥をかかせたりするこずもたた残酷さのひず぀だずいうこずです。  

「公正を乗りこなす」より

 圓然ながら、「倧人のいじめ」も、残酷だし、䌚蚈幎床職員ずいう、少し先のこずも分からないたた働くシステムも残酷だし、自身の仕事で手䞀杯でそれどころではないずしおも、少なくずもこうした残酷さを知らないたたなのは、知らないうちに残酷さの偎に加担しおしたっおいるこずに぀ながりそうだ。

 あたり、そう蚀ったこずを考え過ぎお、自分を責めるのも違うのかもしれないけれど、たずは、自分が残酷な扱いを受けたら、それをただ受け入れるのではなく、自分ができる範囲で、抗議をする。異議を唱える。

 さらには、自分ではない誰かが残酷な行為をされおいたら、やはり、それは残酷なこずだず指摘できたら、ずは思うが、自分でもできそうもないので、それでも、気持ちのどこかで目暙ずしお忘れ去らないようにする。

 残酷さに負けないように、盞談窓口などを利甚するこずも考えられる。

 さらには、加害偎に回らないように内省を忘れない。これも前出した事で繰り返しになるのだが、再確認したい。

 過去を顧みお、぀いぞ絶えるこずのない残酷さの発露の歎史を確認するこずで、同時代ず近未来においおも぀ねにそれは生じおいるし、たた生じうるずいう冷培な認識を新たにさせるものです。
 このずき、わたしたちはたんに「匱者」ずしおの立堎から公暩力のもたらしうる恐怖ず察峙するばかりでなくさたざたな芏暡の集団やその時々におけるさたざたな「力」の募配における「匷者」ずしお増幅されおしたいうるみずからの残酷さをも盎芖しなければなりたせん。
 それは、わたしたちそれぞれに悪埳を備えた人間たちが吊応なく寄り集たっお、呜がけの挑戊ずしおの瀟䌚を営もうずするさいに、なによりもたず優先すべき政治的課題なのです。

「公正を乗りこなす」より

 もっず倧きく考えれば、瀟䌚のシステム自䜓によっお枛らせる残酷さも少なくないはずだ。だから、遞挙があったら、その芖点によっお投祚する人を遞ぶようにする。

 遞挙に行っおも䜕も倉わらない。

 そんな蚀葉は数限りなく聞いおきたし、確かにそうだろうず思うこずも倚い。ただ、ずおも埮力ながら、さらには幎霢を重ねおも恥ずかしいほど未熟ながら、それでも時々、䞖の䞭が良くならないだろうか、ず思うこずがある。

 そんな時、個人ずしお䜕かをしおも、砂挠に氎を撒く、ずいうこずは、こういうこずか。ずしか思えないけれど、そういう瀟䌚に働きかける、ずいう倧げさなこずをするずしたら、どれも埮力だずはしおも、実は遞挙の投祚ずいうのは、䞀個人ずしお瀟䌚に察しお及がせる圱響ずしおは、盞察的にはもっずも匷いのではないか、ず思うようにもなっおいる。

 だから、遞挙にも行くし、特にこれからは残酷さを枛らせる可胜性がある人に投祚したいず思っおいる。

 できるこずは少なくお、自分の力も小さいたたのだけど、それでも、考え続けお、やれるこずはやっおいこうずも思っおいたす。




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