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「モノにならない人生」ぞの芚悟に぀いお。

 ずっず曞き続ける、ず勝手に決めたのが歳の時だった。
 その時に、フリヌランスずなっお、自分が曞きたいものを曞く、ずも思っおいた。

 朚造のアパヌトの宀で䞀人暮らしも始めた。
 その時、それからどうなるのかずいう具䜓的なむメヌゞがどこたであったのかは、今ずなっおはハッキリしない。

 だけど、その時には、ある皋床の、こうなっおほしい、ずいう自分の人生があっお、それは、そういう幎代に特有なのか、それずも単玔に䜓力があったせいなのか、なんずなく楜芳的だった。

 どこかで「モノになる」ず思えおいた。

「コントが始たる」

 幎月から始たった「コントが始たる」は、もっず詳しく語れる人がいるず思うので、詳现は省くけれど、人の若い男性が幎間、コントを続けおきたのだけど、売れず、解散を決めお、これからどうしおいくか、ずいう話だった。

 倢を諊める過皋を描いおいるのかもしれない。人のコントグルヌプ。菅田将暉、神朚隆之介、仲野倪賀は、孊幎は違うけれど、そのファン圹を挔じる有村架玔も含めお、幎生たれだから、より同䞖代感は出おいるず思うし、静かで䞁寧に進んでいくし、䞀緒に芋おいる劻は毎回、泣いおいる。

 圌らは、幎間、集䞭しお䞀぀のこずを極めようずしおきた。そのこずが、「売れる」ずいう報われ方をしお、それで継続が保蚌されるこずが倚く、だけど、その「売れる」は、努力ずか才胜ずかず、実は比䟋しないので、その圌らの「売れない」状況は、芋おいお、䜕ずも蚀えない気持ちにもなる。

 そしお、圌らは、コントではモノにならない、ず芋極め、次ぞ進もうずしおいる。代だったら、もしくはそれより遅くおも、代だったら、次ぞ進むこずは倧倉だけど、もっず歳をずっおからよりは、可胜性があるし、次の遞択肢で、「モノになる」こずも少なくない。

 このドラマに察しお、いろいろな評䟡があるらしいず知っおはいるけれど、自分にずっおは芋おいお、よくできおいるせいか、幎霢は違っおも、自分のこずを぀い考えおしたう。

 自分も「モノにならない」たた来おしたった。だけど、最初の目暙を完党に諊めるこずもなく、歳をずり、だから、もう次を遞択できないずころを過ぎたず思う。あずは、「モノにならない人生」か、「本圓にダメな人生」の択しかないように感じおいる。

疲れず悲しさ

 そんなこずを感じおいるせいか、最近、埮劙な寂しさず悲しさず疲れが続いおいる。

 幎間、家族の介護をするこずを、思った以䞊に優先しおいお、その生掻のせいか、先のこずを考えられなくなっおいた。そしお、介護が終わっおから幎が経ずうずしお、少し先のこずたで発想が届くようになった時に、コロナ犍の䞭ずはいえ、䜕もできおいない自分に気づき、そのこずで、「モノにならない」未来に぀いお思うようになった。

 介護をしおいるずきは、介護が終わったら、いろいろずできるのではないか、ず考えおいた。だけど、思った以䞊に消耗もあっお、最初から芚悟はしおいたが、終わっおから幎は䜓調を敎えるこずを優先しないず、本圓に倒れるず感じおいた。

 ただ、その期間が過ぎ、これから、ず思った時にはコロナ犍になり、持病を持぀家族もいたし、自分も心臓の病気は完党に治っおいないず思うので、感染しないこずが最優先事項になった。

 そのせいにするのはフェアでないけれど、それで、たた幎が経ずうずしおいお、それでも、しっかりず歳だけはずっおいく。

「モノにならない人生」ぞの芚悟

 そろそろ「モノにならない人生」ぞの芚悟を、具䜓的に考えなくおはいけなくなった。

「モノにならない」ずしおも、それでも、本圓に悲惚な人生にならないように、どうしたらいいのか。そういうこずを本圓に考えないずいけなくお、その䞊で、自分の気持ちが玍埗できるには、どうしおいけばいいのか。

 そしお、劻ず䞀緒に生きおいくのだから、劻がどれだけ幞せでいられるのか、も考えおいくのが、最初に曞くこずだけで生きおいこうず決めた代の時ずは倧きく違っおいるし、䜕より、今は、老いに近づく䞭で考えるこずになるから、ずおも厳しいのは間違いない。

䞀床は終わっおいた

 代埌半で、䜕のコネもなく、フリヌランスのラむタヌずなった。
 なんずかなる。ず思っおいた。
 そしお、将来の目暙もシンプルだった。

 自分が曞きたいものを曞いお、いく぀たで生きられるかどうかは分からないが、なるべく健康で長生きをしお、ずにかく曞くものの質を高めお、その䞭で、曞くこずだけで生掻をしおいく。

 そのこずに集䞭したいず思っおいお、だから、結婚もしないで、䞀人で生きおいこうず思っおいた。それは、若いから自己陶酔的なこずもあるずも思うけれど、それだけでなく、曞いおいくだけで生掻するのは、倧倉なこずは分かっおいたず思う。

 その埌、結婚もできたのは、今も幞運なこずだず思っおいお、それでも子䟛を持぀ような経枈状況ではなかったし、そのうちに、芪の介護が始たっおしたい、自分が心臓の病気になったこずもあり、仕事を諊めお介護に専念するこずを決めたのが、代の埌半だった。

 スポヌツのこずを倚く曞いおいお、サッカヌのW杯のこずを取材するのも䞀぀の目暙で、サッカヌに぀いお曞くようにはなっおいた。それでも、介護が始たった幎に仕事を諊めたのは、取材しお曞くスタむルしか出来なかったから、取材する時間が取れなくなったら、やめようず思った。

 その時は、すでに、自分は終わったず思っおいた。

 その頃、介護が終わったら、もしくは介護が行き詰たったら、死ねばいいや、ず思っおいたから、今から考えるず、かなり远い詰められおいたようだ。

 フリヌのラむタヌになったずきは、死ぬたで曞いお、なんずかしようず思っおいたから、それが出来なくなったら、終わりだず思っおいた。だから、本圓は、いったんやめおしたったのだから、少なくずも、曞くこずに関しおは、「モノになるかどうか」を考える資栌すら、すでにないのかもしれない。

道は閉ざされおいた

 自分の母芪ず劻の母芪の介護をしおいお、代で介護に専念する生掻に入ったから、呚囲からは、吊定的な芋られ方をされるこずも倚かったけれど、たずは呜を優先させようず思った。

 もしも、いわゆる「売れっ子ラむタヌ」だったら、やめなくおも、この状態で仕事があったかもしれないけれど、「売れないラむタヌ」は䜕回か断ったら、䞀切仕事は無くなった。ただSNSもなかったし、どこかで曞ける気もしなかったけれど、そんな䞭でも、䜕かは曞いおいた。

 ノンフィクションの賞の公募があっお、そこに幎に䞀床は送るようにしおいたが、党く成果は出なかった。介護をしながら、䜕幎か続けお、そのうちに、それもしなくなった。道は閉ざされた気がしおいたし、考えたら、䞀床やめおしたったら、次はないのも分かっおいたはずだった。

幎曞くこず

「どんな仕事でも、10幎間、毎日䌑たずに続けたら、
 必ずいっちょたえになれる」

 そんな頃に、「ほが日」で、糞井重里氏の語る、吉本隆明氏の話を知った。

ずにかく毎日、䜜家であるなら、机に向かっお、
数文字でもいいから曞くこずが重芁である、ず。
実際に、これを実行しお、
぀たり10幎間、䌑たずに毎日続けお、
いっちょたえになれないようだったら、
「おれの銖をやるよ」ずいうずころたで、続いた。

 ある幎代にずっおは、スヌパヌスタヌ的な評論家ずいうこずは知っおいお、それで「共同幻想論」を買っお、読んだこずがあったが、自分の理解力が足りず、䜕を曞いおいるか分からないくらいだった。

 それでも、その「ほが日」の話で、ずにかく幎毎日欠かさず䜕かを続けたら、ずいう話は、なんだか説埗力があり、そういえば、仕事をしおいた時にも、週間に日䌑んだりしおいたし、これたでずにかく毎日必ず曞く、ずいうこずはしおいなかった。

 それから、毎日、䜕かしら曞くようになった。

 母が亡くなっお、隣の郚屋に安眮しおもらっおいる時にも、䜕かしら曞いおいた。
 資栌取埗のために孊校ぞ通っおいた時、介護も続いおいたし、論文の締め切りなど色々ず重なり、どうやら過劎のせいで入院した時も、吐き気を芚えながら、ノヌトに文章を曞いおいた。
 
 そしお、毎日曞き始めお、幎が経ずうずしおいた。

 そのころは、孊校を卒業し、資栌詊隓を受ける幎で、介護は続いおいお、仕事も探したが、倕方から数時間の仕事でも、アルバむト的な仕事でも、履歎曞を送っおも、サむトから応募しおも、ほが反応もない幎だった。

 ヵ所くらい応募しおも、ダメだった。衚面䞊は、幎霢制限などはないものの、䞀床は、電話で、幎霢を䌝えたらしばらく沈黙し、もう少し若ければ、ず蚀われるこずもあった。

 その頃、毎日、䜕かしら曞き続けお、幎が経った。
 だけど、䜕もなく、ただ仕事が芋぀からないだけだった。
 母は亡くなったが、矩母は長生きをしおくれお、介護は続いおいた。

 曞くこずで、「いっちょたえ」になれた気は党くしなかった。ただ、「銖をやるよ」ずいう話をしおいた吉本隆明氏は、すでに亡くなっおいた。

 「いっちょたえ」になれる人は、党郚ではないんだず思った。

介護が終わり 、noteを始める

 資栌を取り、それは支揎職ず蚀われる分野だったけれど、元々、資栌をずったからずいっお、仕事が倚くあるものでもなく、たしお幎霢が高いず、より仕事がなかった。だから、现々ず仕事を続けおも、それだけでは生掻も出来なかったが、介護を続けおいたから、それ以䞊、増やすこずも出来なかった。

 幎の幎末に、矩母が亡くなり、介護が終わったが、心身の消耗があったので幎䌑んで、ず思っおいたら、コロナ犍になった。仕事を増やすこずに関しおも、状況はより厳しくなり、それもあっお、このnoteを始めた。

 幎が過ぎたあずも、ずにかく毎日、曞いおいた。

 だから、その曞く堎所が倉わるだけだず思っおいたが、確実に人に読んでもらっおいる感觊が埗られる堎所だったので、その曞く意識も倉わっおきた。
 
 そしお、幎が過ぎた。

 確実に、これたでなかった぀ながりもできた気がしたし、読んでもらえる嬉しさもあっお、こうした堎所が今あるこずはありがたいず思った。私が仕事をやめた時は、自分のコンピュヌタスキルの未熟さもあったし、SNSもほがなかったから、こういうこずもできなかったからだ。

違う䞍安

 ただ、noteに投皿するこずに慣れおくるず、たた違う䞍安が育っおきおいた。

 このnoteを始めた頃は、自分にずっお未知の䞖界だったから、より倧きく、ある皮の恐れのようなものがあったように思う。noteを始める際に迷っおいたが、最埌に背䞭を抌しおもらったのが、この本だった。

 

 本圓に恥ずかしいほど、甘い考えなのだけど、こうしお誰かの目の止たるずころで曞き続ければ、䜕か「いいこず」があっお、それで、やっず「モノになる」のではないか、ず思っおいた。

 幎経っお、途䞭で週間ほど䞭断があったが、それ以倖は毎日曞いおきた。

 だけど、自分が思うような「いいこず」はなかった。
 それは、欲深いのだけど、曞くこずが仕事になるような感觊が欲しかった。だが、圓然ながら、そんなこずはそう簡単にあるわけもなかった。

 そうなるず、どうしおも、自分の運のなさ、みたいなこずを改めお考えるようになった。noteの連続投皿が途䞭で䞭断しおしたった時も、コンピュヌタの故障だったから、䜙蚈に、そんなこずを思うようになったのかもしれない。

もしも、曞く仕事を続けおいたずしたら

 仕事を始めた頃は、運が悪いず思っおいなかった。
 それは、瀟䌚党䜓が景気がいいから、売れないラむタヌにも仕事があったせいも倧きいず思う。

 それでも、あるずきに、雑誌の線集者に連茉をやりたせんか䌁画を考えおください。ず蚀われ、䌁画曞を持っおいっお、前向きなはずだったのだけど、しばらく経ったら、連絡が来た。
 申し蚳ないのですが、線集長が連れおきたラむタヌが連茉をするこずになりたした。
 そんな話だった。

 そのラむタヌの人の話は、それから、䜕幎かたっお、別の堎所でも聞いた。取材盞手に、締め切りのこずを聞かれ、答えたら、少し前に、そのラむタヌに取材をされた、その人は私の倍くらいの締め切りを抱えおいる、ず聞かされた。自分ず、そんなに力の差があるず思えないのは、自分ぞの芋方が甘いせいもあったかもしれない。
 
 それでも、そんなこずがあったあたりから、実力だけでなく、自分は運がないのではないか、ず思うようになった。


 それでも、䜕ずか仕事を続け、貧乏ではあったけれど、フリヌランスでラむタヌを始めお幎がたった頃に、芪に介護が必芁になっお、自分も、その時間の䞭で心臓の発䜜を起こした。

 

 あの頃、介護をするようなこずがなく、倉わらずにラむタヌの仕事を続けおいたずしおも、本圓に「モノになった」のだろうか、ず想像するず、確信は持おない。ずいうよりも、ラむタヌの仕事だけで生掻できれば、それで「モノになった」ず蚀えるのだから、介護がなかったしおも、あれからの幎、それができたのだろうか。

 圓時、珟堎で䞀緒だったラむタヌの人たちで、出版業界が厳しくなっおいる䞭で、今も仕事を続けおいる人たちは、本圓に䞀握りで、そういう人たちこそ「モノになった」人たちだず思うが、その人たちの努力や工倫を少しでも知っおいるず、自分では無理だったのではないか、ずも思う。

 それは、自分の運のなさ、みたいなこずも、改めお考えたせいもある。

運に぀いお

 資本䞻矩の矛盟した状況を衚すずきに、ごく䞀郚の富裕局に豊かさが集䞭する、ずいう話がある。

 これは、䟋えばフリヌランスの䞖界でも䌌おいる、ずいう印象があった。ごく䞀握りの人が豊かになり、埌の倧郚分は、食うや食わずの状況である、ずいう感觊だったし、ずっずその仕事を続けるこず自䜓が難しい、ず思っおいる。

 そしお、それを巊右するのが、実力や努力だけではなく、才胜や運ずいった玠質的なこずで、䞭でも、ある皋床生きおくるず、改めお、その重芁性を感じるのが「運」ずいう、自分ではどうしようもできない芁玠だった。

 䟋えば、長幎、プロの挫画家ずしお掻躍を続けおいる倉田真由矎氏がツむッタヌで、こう曞いおいる。それは、正盎で重い蚀葉に思えた。

所属しない働き方

 私は、資栌をずった支揎職でも、垞勀ずいった圢を取るこずもできず、幎月がたった。これから先、どこかに所属するこずもできないだろうし、ずっずフリヌでやっおきた人間には、それ自䜓が難しいし、䜕より採甚しおくれる堎所がなく、働くずしおも、もっずもうたくいっおも、非垞勀のかけ持ち、ずいったほがフリヌランスずいう状況が続くはずだ。

 さらに、それに加えお、幎ぶりに、曞くこずを仕事にしたいず思い始めたものの、昔仕事をしおいた頃ずは状況が党く倉わっおしたい、その䞊、今はプロのラむタヌがどういうものか、も曖昧になっおきおいる。

 それでも、曞きたいこずを曞いお、それが仕事ずしお収入にも結び぀く、ずいったこずも詊みたいのだけど、それ自䜓が、今はずおも高いハヌドルに思えおいる。

 䜕より、自分には、運がない、ず思うからだ。

 支揎職ず、ラむタヌず、䞡方ずもフリヌランスだけど、どちらも努力しおいけば、䜕ずかなるかもしれないが、䜕ずもならないかもしれない。フリヌランスである以䞊、ごく䞀郚の「䞊局」に入らなければ生掻しおいくこず自䜓が難しい。

 今のずころ、自分にずっお「モノになる人生」は、この二぀の仕事で、自分が玍埗できるような成果をあげられるようになり、同時に、それで生掻も成り立たせるようになるこずだけど、歳を超えおから、完党に人生は䞋り坂になっおいお、い぀か死ぬこずぞの実感が匷くなり、それを埌抌しするように䜓も老いおいく。

 そんな時間の䞭では、「モノになる人生」自䜓が、本圓に難しいず思うず、ちょっず悲しくはなる。

「モノにならない人生」ぞの芚悟

 長幎䌚瀟で働いお、家族を逊い、定幎埌は幎金で暮らす。
 私には、その芁玠が、ほが党くないので、生きおいる限り、働いおいくしかない。

 ただ、胜力が限られおいるので、できるこずが少ししかない。
 そのために、収入よりも、自分の適性を考えお資栌をずった。さらに、ずにかく毎日、曞き続けおはいる。幎を超えお、かなりの時間がたっお、その間も、むンフル゚ンザに初めおかかったりず、危ない時はあったけれど、ずにかく毎日曞いおきた。だから、曞くスキルは少しは䞊がったず思う。

 だけど、「運」ずいう芁玠に頌れないずしたら、䜕か飛躍的に「いいこず」があるずいう垌望を䞀切捚おなければいけない。

 毎日、ミリず぀進むようなこずを、絶察にやめないこず。

「モノにならない人生」だからこそ、それを続けないず、「本圓にダメな人生」に、すぐに転萜するのは分かっおいるし、続けたからずいっおも、䞍可抗力な出来事で、ダメになるこずはある。

 そこを芚悟しながら、暮らすこずを考えるず、結構蟛いが、運以倖のこずを続けおいくしかなくお、もし、運がないから、ずいっお、今投げ出しおしたったら、ダメになるのは確実な䞊に、やっぱり埌悔はするず思う。

 そうなるず、そんなゞタバタをしながら生きおいっお、どこで終わるかも分からないけれど、それでも、䟋え、モノにならなくおも投げずに、腐らずに生きおいくこず。そういう芚悟を持おるかどうかだけど、その重さを考えるず、ちょっず自信はない。



腐るっおいう衚珟は、本圓にそうで、目に芋えないけれど、気持ちや䜓のどこかがダメになるこずだず思う。別に病気ではないし、ただの感芚的なこずだけど、自分もそうなったら、埮劙な腐臭が挂う気がする。䞀床、そうなったら、自分は気が぀きにくい䞊に、もしも埩掻するにしおも、盞圓の時間がかかるし、䞍可胜かもしれないので、それは気を぀けたい。

毎日を生きおいくこず

 垌望はない。ずいうか䞋手に持った方が身を滅がす。
 「ものにならない人生」を前提ずする芚悟は、たぶん、そういうこずだず思う。

 チャットモンチヌも、垌望はなくおもいい、ずいったこずを、「シャングリラ」で歌っおいた。

 ただ、その芚悟だけだず、重い日々が続くだけで蟛すぎるので、もう少し考えを進めれば、モノになるかどうかにこだわるのは、今ではなく、先に意識が向いおいるこずが分かる。

 だから、もしもモノにならないずしおも、毎日を、少しでも楜しく生きるこず。今を倧事にするこず。そんな平凡だけど、圓たり前のこずができれば、おそらくは、人生の埌悔が少なくなるはず、ずいったこずに考えが至る。

 そんなこずを思うず、私の堎合は、そのモデルケヌスがそばにいたこずにも気が぀く。

䞀緒に生きおいくこず

 それは、こんな蚳のわからないこずを考えおいる人間ず䞀緒に生きおいるパヌトナヌがいるこずだった。

 劻は、私ずは違っお、基本的に匷運な感じがするし、䜕より、同じような状況でも、楜芳力が匷い。悩んで䜕かを聞くず「なんずかなるよ」ず根拠もなく答えおくれる。

 だから、私も、䜕ずか生きおこられた感じもするのだけど、これから先は、より芋習うこずが倚いず思っおいる。

 先を芋過ぎないで、毎日をきちんず生きおいくこず。
 楜しさを芋぀ける力を䞊げるこず。
 幞せを感じられるような気持ちの状態を保぀こず。

 そんなこずを考えおいるず、モノになるかどうか、ずいった発想が、倉な欲や芋栄から出おきおいるような気もするけれど、それでも、やっぱり歳をずるず、できないこずがはっきりず分かっおきお、悲しく思えるこずが倚くなる、ずいうこずかもしれない。



 䜕か違う出来事があったり、それで思うこずが倉わったりしたら、たた曞きたすが、決しおポゞティブなこずではないかもしれたせん。ここたで、読んでもらっお、ありがずうございたした。



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