芋出し画像

予定が倉わっお、「東京ステヌションギャラリヌ」に行ったら、ずおもいい展芧䌚だった。

 けっこう前から、劻が行きたがっおいた展芧䌚があった。
 それは、京郜から東京に巡回するたで、ただ時間がある頃だった。

䞊野リチ

 それから䜕ヶ月か経ち、コロナ感染が広がったりしお、機䌚を逞しおいるうちに、䌚期終了が迫っおいた。それでも、ゎヌルデンりィヌクが終わった埌だったら、空いおいるかもしれないず思い、さらには、い぀もは䌑みの月曜日なら倧䞈倫ではないかず思っおいたのだけど、雚が降っおいるのでやめた。

 そしお、翌日の平日に行くこずになった。

 起きお、劻ず盞談をしお、午前䞭に出かけるこずになった。
 出かけに若い友人から電話がかかっおきお、特に劻は嬉しいずいうよりも、その内容に感動さえしおいお、そのあずに、「矎術通は時からやっおるから」ず声をかけたら、「え、ミュヌゞカル」ず聞き盎されお、なんだか気持ちを倉なふうにはぐらかされた。

はずバス

 午前時半には出かけられた。
 倩気がいい。青空が気持ちがいい。
 
 電車に乗るず、劻はずおも久しぶりだったこずもあっお、車内の広告に空きがあるのが気になるようだ。たるでシャッタヌ商店街のように芋えるらしい。

 そしお、東京駅で降りお、歩く。
 日射しが枩かく、途䞭のパン屋でパンを買っお、屋倖で座れる堎所で食事をする。
 その近くには、近所のオフィスで働いおいそうな女性も腰をかけお、食事をしおいる。

 近くの暹朚で、スズメが鳎いおいる。 
 急にカラスも珟れる。

 道路の向こうには黄色い車䜓の「はずバス」が止たっおいお、そのあずに、階建おの「はずバス」がきお、車内で拍手が起こっおいるのが芋える。昌には、すでにコヌスを回っおきたようだった。

行列

 そこから、少し歩く。
 初めお、䞉菱䞀号矎術通に着いた。
 意倖ず来たこずがなかった。

 行列ができおいる。
 立お看板には、「分埅ち」ず出おいるず思ったら、目の前で「分」になった。

 高霢者が目立぀。劻ず盞談をしお、あきらめた。
 劻が、楜しみにしおいたのに、なんだか申し蚳ないのず、うたくいかないのずで、かなりガッカリした。

 せっかくここたで来たのに、東京駅に戻るこずにした。

東京ステヌションギャラリヌ

 東京駅に行くのならば、確か、東京ステヌションギャラリヌがあるから、そこに行っおみるずこずを提案する。

 䞞の内に向かっお歩くず、駅前は蚘憶にある光景よりも広々ずしおいる。
 空も広いし、気持ちがいい。
 だから、写真を撮ったりしおいるず、劻は先を歩いおいる。

 そしお、䞞の内偎の、東京ステヌションギャラリヌの入り口があった堎所が閉たっおる。劻は「やっおいないんじゃ 」ずいうような埮劙に暗い口調で蚀うので、さらに、駅の構内たで歩く。そうしたら、東京ステヌションギャラリヌは、開いおいた。

 その展芧䌚は、駅かどこかでポスタヌを芋おいお、気になっおいる展芧䌚だったこずに気が぀いた。

藀田韍児

 入堎刞を賌入しお、ロッカヌに荷物を入れる前に、汗をかいたTシャツを着替えお、私ず劻の荷物をそれぞれロッカヌに入れお、持っおいくものは、゚コバッグに入れお、やたらず時間がぐずぐずずかかっおしたったが、今日は、お客さんも少ないせいか、その䜜業もスムヌズに進んで、階から、ず蚀われお、゚レベヌタヌに乗る。

 階から、展瀺が始たる。

 藀田韍児の絵が䞊ぶ。
 絵を少し芋お、プロフィヌルに戻る。

 代埌半で脳梗塞で倒れ、右半身䞍随ずなり、右利きだから絵筆を持おなくなり、䞀時は絵をやめようずするが、巊手で絵を描く緎習をしお、䜜品を䜜り始める。

 この経緯だけで、なんだかすごい。同時に、倱瀌なこずかもしれないが、期埅も高たる郚分があっお、最初の郚屋を芋る。

 抜象ず具象の間のような、静かで、真面目な絵だった。

次の郚屋

 それが次の郚屋で、たったく別人の䜜品になったように思えた。

 公衆トむレを䞻題にしおいお、その前に女の子が座り、癜い犬がいる。その裏にはラブホテルがあるような光景なのに、ずおも匷く、䜕か感情に䌝わっおくるものがあっお、それは、悲しさずか怒りずかだけではなく、それでも垌望のようなものに぀ながるような気配たでがある。具象的な絵で、技術的には決しお高くないのかもしれないけれど、隅々たで必然ず切実で埋たっおいるような気がした。

 「公衆䟿所」幎

 癜い質感が生々しい癜いビルず、匷いオレンゞ色が印象的なビルが䞊んでいる䜜品もある。

 「BUILDING」(幎)

 さたざたな生掻が同じ建物に収たっおいお、色の匷さも感じるのに、印象ずしおは静かさたである絵画。

 「軍艊アパヌト」幎

絶望の向こうの垌望

 他にもありそうだけど実際にはないような堎所が描かれおいたり、ひらけた堎所でも少し䞍穏だったり、鳥の貪欲な生きる゚ネルギヌがさりげなく衚珟されおいたり、遠くに芋える家䞊みに䞍安定さがあったりするので、ただの牧歌的な䜜品ではないのは䌝わっおくる。

 幎に巊手で描くこずを始めた、ずプロフィヌルに曞かれおいるから、その埌、幎をかけお、自分のスタむルが完党にモノになったずいうような歎史なのだろうか。そんなふうに分析的に語るのは倱瀌なのかもしれないが、この幎代から幎代初頭。䜜者が代から代はじめの䜜品は、私にずっおは、絶望の向こうの垌望に思えお、今の自分の気持ちの状況には、ずおもフィットしおいるず思った。

 それは、もしかしたら、コロナ犍の今だず同じような感芚を持぀人が倚いのではないだろうか。

 その埌、幎に亡くなるたでの䜜品は、本圓に牧歌的な印象が匷くなる。

アンドレ・ボヌシャン

 階段を降りお、次は「アンドレ・ボヌション」の展瀺宀ぞ向かう。

第䞀次䞖界倧戊に埓軍したしたが、陀隊埌に故郷ぞ戻るず、経営しおいた苗朚蟲園は砎産し、劻はその心劎から粟神を病んでいたした。圌が本栌的に絵を描き始めたのはこの頃のこずです。それたで絵を孊んだこずはなく、しかもすでに歳になっおいたした。 チラシより。

 その絵は、アンリ・ル゜ヌのような印象だった。
 ただ、苗朚職人だったせいもあるせいか、怍物や颚景は、ずおも緻密に描かれおいお、それず察照的に人物は、ずおも玠朎なたたで、そのこずは幎数が経っおも、倉わらない。

 時間が経おば、うたくなりそうなのに、人物描写は、立䜓感や陰圱の技術が䞊がったずしおも、基本的に、特に女性は同じ顔に芋えお、しかも玠朎な印象が同じだった。

 それは、すごいこずだった。

結婚盞手

 粟神を病んだ配偶者ずずもに暮らしながら、そしお、おそらくはずっず介護のような状況でありながら、幎以䞊を過ごした、ずいう。

 それは、安盎な想像かもしれないけれど、ずんでもなく倧倉なこずだったず思う。

 その生掻を成り立たせるために、絵を描き始めた郚分もあったのかしれない。そうであれば、劻ず䞀緒の時間を過ごすこずもできるから、どこかぞ勀めに出たり、苗朚蟲園を埩掻させお倖で働き続けるこずよりも、屋内で絵を描いたこずを遞んだのかもしれない。

 そしお、劻が亡くなる幎前に描かれた肖像画は、その目぀きの深さや耇雑さも含めお、暪顔ながら、すごくリアルだったけれど、それたでず、その埌の人物画はずっず玠朎さのあふれる絵画だった。ゞャンヌ・ダルクさえも、どこかのんきさが䌝わっおくる。

 それもすごいこずだず思う。

花の絵

 ボヌシャンの花の絵に、䞍思議な印象があるのは、どの花もこちらを向いおいるような気がしお、どれも、同じように色ず圢の匷さがあるように思うからだ。それは、自然ではないのだけど、ただ、どの花も倧事にしおいる気持ちの衚れなのだろうか。

 それずも、どの花もこちらを向いおいるのは、あたり動けない生掻を続けざるを埗ないボヌシャンにずっおの願望なのかもしれないず思うのは、自分の感想ずは蚀え、あたりにも無理のあるこじ぀けだろう。

藀田韍児ずアンドレ・ボヌシャン

 掻躍した時代も囜も異なる二人の䜜家ですが、その䜜品はずもに明るい色圩にあふれ、花が咲き乱れる、牧歌的で、楜園を思わせる光景が描かれおいたす。しかし、圌らは恵たれた幞犏な環境で䜜品を描いたのではありたせん。チラシより

 二人ずも、倧倉な状況の䞭で生きおいたからこそ、描けた楜園で、もしかしたら、その願望の匷さもあっお、絵の匷床を高めおいるのではないか、ず思った。そしお、どちらの画家も、たずは自分の気持ちを出しお、少しでも楜にするために描かれおいる郚分もあったのではないだろうか。

 倱瀌ながら、これたで党く知らなかった二人の画家の䜜品が、ずおも心に沁みた。

メッセヌゞ

 展芧䌚の冒頭には、こんな蚀葉も掲げられおいた。

 二〇二〇幎に䞖界䞭を襲った新型コロナりむルスのバンデミックは、瀟䌚に倧きなダメヌゞを䞎えたした。䞭略
 こうした状況の䞭で、東京ステヌションギャラリヌでも予定しおいた海倖展が延期ずなり、急遜代替の展芧䌚を䌁画する必芁に迫られたす。そこで孊芞員それぞれが個人的に枩めおきた玠材を披露し合い、厳しい状況の䞭でも開催できる展芧䌚を暡玢したした。
 アンドレ・ボヌシャンず藀田韍児の二人展ずいうアむデアは、こうした䜜業の過皋で生たれたものです。手持ちの材料を机の䞊に䞊べお䌁画を怜蚎しおいた時に、この二人の絵が響き合っおいるように感じられたした。どちらの絵も、芋おいるずストレスにさらされた心が癒されるような気分になったのです。
 圌らの履歎をあらためお調べおみるず、重なり合う郚分が少なくありたせんでした。特に、圌らが困難に満ちた状況の䞭で、牧歌的で楜園のような絵を描いおいたずいう共通点を芋぀けたずき、この二人の絵を䞀぀の展芧䌚で展瀺し、䞀冊の本にたずめおみおはどうか、ずいうアむデアが浮かんできたのです。図録より

 この展芧䌚の開催ぞの過皋自䜓が、二人のアヌティストが䜜品を創り出す環境ず、少し䌌おいるように思えた。

 私にずっお、ずおもいい展芧䌚だった。


 展芧䌚をゆっくりず芋た埌、劻ず盞談したら、図録を買うこずに関しおは、即答だった。

 垰りは、八重掲口の倧䞞で、匁圓を買っお、垰っおきた。

 ずおも充実した日になった。




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