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241206 戒厳令の夜

パーフェクト・デイズ 009


あれは1979年、高校3年生のときでした。職員室で英語のK先生と話していました。明るくユーモアのある人でした。いつものかん高い声で「今はぁ、これでしかわからないんですよね」と丁寧語でおっしゃって、おもむろに『韓国からの通信』という岩波新書を手渡してくれました。その時、韓国では大統領暗殺事件が起こり、また戒厳令が敷かれていました。

パク・チョンヒ大統領は、1972年10月17日に戒厳令を布告し、独裁体制を強化する新憲法を発布しました。韓国中央情報部(KCIA)は、民主化を求める人たちを反体制派として暴力で弾圧していました。当時の韓国に言論の自由はありませんでした。

『韓国からの通信』は、1973年から月刊誌『世界』で連載が始まりました。韓国のアンダーグラウンド・プレスです。筆者が誰かわかるとKCIAの手が伸びるので、著者名さえも明らかにされていません。それから6年後の暗殺事件です。教えてもらっても高校生にはサッパリわかりませんでした。ただ、読まねばならないと思って、毎月、読んでいました。

12月3日の深夜、ユン・ソンニョル大統領が戒厳令を宣言したというニュースが報じられました。ええっ!と声を出すぐらい驚きました。次の瞬間、高校時代を思い出しました。戒厳令下の1980年には、200人ほどが亡くなった光州事件がありました。またそんな不幸が繰り返されるのか。暗澹たる気持ちになりました。しかし、そうはなりませんでした。

22時半頃 大統領が戒厳令を宣言
  0時頃  戒厳兵約280人へ国会投入
  1時頃  国会が戒厳令解除を可決
  4時半頃 大統領が戒厳令解除を表明 

クーデターが民衆の力によって平和裏に解決したのを初めて見ました。自分に向けられた機関銃の銃口をつかんで、「恥ずかしくないのか!」と叫んでいる女性がいました。あんなこと、ボクにできるだろうかと思いました。夜中にもかかわらず、韓国国会前に集まった皆さんの勇気に、心から敬意を表します。

まだまだ、混乱は続くでしょう。北朝鮮の動向も心配されます。それでも、民主主義は勝利しました。隣国日本の一市民として、何ができるかを考えたいと思います。