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「誰にも見せない言葉を、誰かに見せるために」

ずっと抽象的なことばかりを話していた。
それが大丈夫なのか、自分でもよくわからなかった。
でも、それが「今の自分」だった。

言葉を選んで、火種を消して、
これならいい? これもダメ? それも使えない?
そんなふうに、消してばかりだった。

私は、何もできていないくせに、ああでもない、こうでもないと考えてしまう。
誰の目にも止まらずに、流されていくって知ってるのに。

それでも、
「誰か一人に伝わってもいいとしたら」そう問いかけられた時、私は少しだけ考えることができた。

これは健忘録。
飼い猫の最期を書いたときと同じように、
忘れないために記録しているだけ。
言葉に責任を持たなくていい場所でなら、少し動ける。

評論家みたいに外から見てるだけかもしれない。
誰かの仕事に「ああじゃない?」「こうじゃない?」って、推しの話にすら、そうやって外側から口を出してしまう。でもそれも、若者視点があるよって伝えたい気持ちだった。

「見られないもの」を「見せる」方向にシフトしてみようか、そんな声に背中を押されて、今、これを書いている。

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