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ノジギクの素朴、京都の青い菊畑、千輪菊の壮麗、そして日本の心──なぜ菊はこれほどまでに愛されるのか (元教授、定年退職530日目)

朝ドラ『らんまん』で見た、牧野富太郎の野に咲く素朴なノジギク

数年前の NHK 連続テレビ小説『らんまん』には、「菊」をめぐる印象的な場面がありました。植物学者の牧野富太郎を神木隆之介さん(ドラマでは万太郎)、妻の寿恵子を浜辺美波さんが演じ、私は出勤前に欠かさず視聴していました。新橋の料亭で岩崎弥之助が催す「菊くらべ」が開催された回がありました。豪華な大輪の菊が並ぶ中、仲居として働く寿恵子は、万太郎が野で採集した小さく白い「ノジギク」を差し出します。「華やかな園芸菊は後世の改良ですが、これは日本古来の菊です」と語る寿恵子。優勝は別の大輪に譲ったものの、素朴な野菊に宿る “日本の原風景” が弥之助の心をとらえた──そんな物語でした。ノジギクは牧野が高知の山中で命名し、兵庫県にも群生地がある可憐な菊で、現在は同県の県花でもあります。小さな花弁に、私たちはなぜか深い懐かしさを覚えます。(下写真もどうぞ)

小さく白い「ノジギク」:兵庫県の県花でもあります(注1)


『美の壺』がひらく菊の扉

今回、NHK『美の壺』の「菊」特集を視聴し、京都・北山の青い菊畑、福島・二本松の千輪菊、重陽の節句のしつらえ、そして美術工芸における菊文様の展開に触れました。今回は、格式と生活美が交差する本番組に触発され、まず最初に菊の歩みを辿ってみることにしました。調べてみると、知っているつもりで見落としていた事実ばかりで驚かされました。


薬草から皇室の紋章へ──菊が歩んだ歴史

菊の源流は古代中国にあり、三千年のあいだ主として薬効が重視されてきました。日本へは奈良〜平安初期に伝来し、当初は薬草として扱われました。やがて平安朝では「重陽の節句」が宮廷行事として整い、菊は長寿の象徴に。効能の強さが「尊ぶべきもの=美しいもの」という感性と呼応し、花としての美が次第に意識されていきます。鎌倉初期には後鳥羽上皇が菊文様を好み、これを機に菊は皇統を示す印として定着。明治2年の太政官布告で皇室の御紋は「十六八重表菊」と定められ、今日まで事実上の国章として親しまれています。なお、パスポートに用いられるのは「十六一重表菊」(下写真)で、天皇専用の八重とは区別されます。薬草から高雅な紋章へ──菊は日本文化の中心に歩を進めたのです。

私のパスポートの「十六一重表菊」


江戸の “親不孝” から続く園芸文化

江戸時代、菊作りは武家・公家の枠を越え、町人文化の熱狂へと膨らみました。のめり込み過ぎは「江戸の三大親不孝」の一つと揶揄されるほど。浮世絵にも菊は好んで描かれ、北斎の「菊に虻」、広重の「菊に雉子」など名作が生まれます。秋の品評会は、今も各地の神社や植物園で続き、丹精込めた鉢が所狭しと並びます。等身大の人形を菊で飾る「菊人形」も大きな人気を博し、私も幼い頃、親に連れられて見に行った記憶があります。大阪では「ひらかた大菊人形」が有名で、2005 年まで続いたそうです(現在は、ボランティアによる取り組みがその伝統を受け継いでいます)。手間と情熱を惜しまない “江戸の園芸魂” は、令和の私たちにも確かに受け継がれています。


桜と菊──二つで一つの “国花” 観

法的な国花の定めはないそうですが、文化意識としては桜と菊が双璧です。桜は民衆の花としてのはかなさ、季節の移ろいを映し、菊は皇室や長寿にまつわる永続性と格式を帯びます。菊は死者を弔う花であると同時に、祝い花に選ばれることもあり親しみやすさを併せ持っています。この “二面性” こそ、人々が菊を愛してやまない理由の一つでしょう。(私見を含みます)


青い波のように──北山友禅菊

話しを『美の壺』での「菊」特集に戻します。本番組がとらえた京都・北山の光景は忘れがたいものでした。休耕田を活用して平成7年頃から始まった北山友禅菊の栽培。自生のヨメナをもとに選抜・育成した株を挿し芽で増やし、徹底した草取りで一面の “青” を保ちます。朝霧の中、群生が淡い藍色から陽光に染まり濃さを増す。日の出とともに微妙に変化する青を “借景” として取り込むことで、集落全体が一枚の屏風絵のように立ち上がります。野にあるがままの美しさと人の手がほどよく添う作為が、見る者の心を静かに澄ませます。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注2)

北山友禅菊:時間帯によりいろいろな顔を見せてくれます(注2)


一本から千の花──二本松の千輪菊

福島・二本松では、一本の茎から千輪を咲かせる「千輪菊」が受け継がれてきました。温室で風雨を避け、朝一番の潅水に薄い液肥を含ませる。芽の中心を摘んで脇芽を健やかに伸ばし、枝をドーム状の支えに均等に配し、密になった箇所には風と光の通り道を作る。緻密な誘引と整枝を重ね、二か月ほどで大傘のように花が開くと、一本の命が千の輝きへと昇華します。その壮麗さは、自然の力と人の技の極致です。(下写真もどうぞ)

一本の茎から千輪を咲かせる「千輪菊」(注2)


長寿をことほぐ──重陽の節句

九月九日の重陽は、菊で長寿を祈る “大人の節句” です。旧家では今も、食用菊の花びらをさっと茹でて甘酢に浸す和え物、鯛の昆布締めに花びらを散らす一皿、錦糸卵と菊で彩ったちらし寿司など、菊づくしの膳を整えます。さらに「被せ綿」の習わし──菊に真綿を載せ夜露に当て、香気を含んだ綿で身体を清める──も伝わります。菊のやわらかな香りには気持ちを落ち着かせる力があるそうで、季節に寄り添う暮らしの知恵が息づいています。(下写真もどうぞ)

九月九日の重陽の節句。右は「被せ綿」の様子(注2)


菊文様の越境──ラリックと清水焼

1900 年のパリ万博の頃、ジャポニスムの波にのってフランスの巨匠ルネ・ラリックは菊をモチーフに取り入れ、多彩な作品を生み出しました。西洋の装飾美に東洋の規律あるリズムが溶け合います。一方、京都・清水焼では眉毛切り鋏を用いて粘土を切り出す “ハサミ菊” の技法が確立していました。土配合と焼成の試行錯誤を重ね、和菓子の意匠感覚を思わせる立体的な菊の作品が誕生しました。(下写真もどうぞ)

上はラリックの作品。下は 和菓子からヒントを得た“ハサミ菊” の技法による清水焼(注2)


菊は、質素から華麗までの幅を一輪の中に宿します。長寿と節度をたたえる象徴でありながら、日々の食卓や祝いの花束にも寄り添う懐の深さ──そのすべてが、日本人が菊に惹かれる理由なのです。


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注1:高知新聞 PLUS DIGITAL ホームページよりhttps://www.kochinews.co.jp/article/detail/675468

注2:NHK『美の壺』での「千年咲きほこる 菊」特集より

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