名店の看板スイーツはいかにして作られたか──「幸運な失敗」と「逆転の発想」が結実した究極の焼き菓子(元教授、定年退職792日目)
第1位だけではわからない──老舗・名店の “もう一つの看板商品”
ひと月ほど前、テレビ大阪の日経スペシャル『もしものマネー道』で、少し変わった特集を観ました。それは、名店の売れ筋「第2位」に迫るという回でした。紹介された一店目は、十三に本店を構える喜八州総本舗でした。もちろん第1位は、大阪人なら誰でも知っているイカダ状の「みたらし団子」です。どれだけ混んでいても直前に炙ってくれるのですが、その香ばしさと味が何とも絶品なのです。また、それをあっという間に箱詰めしていく店員さんの手さばきも見もので、YouTube に動画が上がっているほどです。では、その売れ筋第2位は何かというと、「きんつば」でした。社長は「大阪人の好きな粒あんで腹いっぱいにしたい」という思いから、従来の2倍の重さのきんつばを作ったそうです。周囲からは「その大きさでは甘すぎて飽きてしまうのでは」といった意見も出たそうですが、「砂糖を減らして甘さ控えめにすればよい」と、反対を押し切ったといいます。その結果、安くてうまいと評判を呼ぶ商品になりました。(下写真もどうぞ)

名店の二店目は、神戸の「アンリ・シャルパンティエ」でした。こちらも第1位には、断トツの人気を誇る焼き菓子「フィナンシェ」があります。そして第2位は「マドレーヌ」でした。困ったことに、私は洋菓子に疎いので、フィナンシェとマドレーヌの違いを、形(金塊型とシェル型)くらいでしか認識していませんでした。しかし実は、原料や作り方を含めてかなり異なる伝統菓子だったのです。フィナンシェは、「焦がしバター」と泡立てない「卵白」のみを使い、さらにアーモンドを砕いて粉末状にしたものを用います。それによって、外側はカリッと香ばしく、内側は高密度で重厚なしっとり感が生まれます。一方のマドレーヌは、「溶かしバター」と「全卵(卵黄と卵白)」を使用します。卵黄に含まれる天然の乳化剤であるレシチン、全卵の気泡性、小麦粉のグルテンが作用することで、バターのまろやかなコクが際立つ、ふんわりときめ細かなソフトな食感が作られるのだそうです。そこに、レモンとラム酒で風味を加えていました。(下写真もどうぞ)

<追記> フィナンシェの歴史は、17 世紀フランスの修道院で作られた楕円形の菓子にさかのぼるそうです。当時、宗教画の制作では、顔料を練るためのバインダー(結合剤)として大量の卵黄が使われていました。その結果、余った卵白を有効活用し、栄養価の高い菓子へと転化させたのが始まりだったといいます。
失敗が名品を生んだ──アンリ・シャルパンティエ、マドレーヌ誕生秘話
番組では、アンリ・シャルパンティエにおける「マドレーヌ」作りの面白いエピソードも紹介されていました。当時、同店のスタッフはフランス料理出身者ばかりで、洋菓子の専門家はいなかったそうです。彼らが作り上げたマドレーヌは客の反応もよく、この焼き菓子がきっかけとなって、アンリ・シャルパンティエは世間に認められていったといいます。ところが数か月後、最初にマドレーヌを作ったシェフから、衝撃の告白が飛び出しました。実は、そのマドレーヌのレシピは、かなり間違っていたというのです。シェフたちは、もともとパティシエとして修業したわけではなかったため、材料をすべて目分量で合わせていました。そして職人ならではの感覚で、卵の分量を多めにしてマドレーヌを作っていたのだそうです。つまり、この卵の水分量の多さが、期せずして「しっとりとした食感」を生み出し、偶然にも日本人好みのマドレーヌが出来上がったということでした。素人集団によるこの「幸運な失敗」が、店の名を一躍広める原動力となったのです。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

「庶民のおやつ」を高級贈答品へ──フィナンシェの逆転の発想
先日、同番組の第2弾として、「アンリ・シャルパンティエ」続編の特集が放送されました。そこでは、店の出発点から、マドレーヌの成功、そして名品「フィナンシェ」が生まれるまでの経緯、さらにその後の葛藤までを、現社長が語ってくれました。お店は、もともと阪神芦屋駅前の喫茶店でした。元店主が、炎のパフォーマンスが美しい「クレープシュゼット」に魅了され、その考案者の名を借りて店名を「アンリ・シャルパンティエ」としたのが由来だそうです。マドレーヌの成功を契機に、1975 年には、そごう神戸本店(現・神戸阪急)から百貨店出店の依頼が舞い込みました。生ケーキの輸送による品質劣化を恐れて、一度は断ったそうですが、百貨店側が「売り場の真横に専用のキッチンを設置する」という前例のない譲歩を示したことで、出店を決断します。また、この百貨店進出に伴い、日持ちする贈答用の焼き菓子を充実させることが急務となりました。そこで目をつけたのが「フィナンシェ」でした。当時のフランスでは、フィナンシェはパン屋で売られる、固く平べったい「素朴で安価なおやつ」に過ぎなかったそうです。高級贈答品には不向きとされていたこの菓子に対し、同店は「庶民のおやつを、一流のケーキ職人が最高の原材料を用いて本気で作れば、これまでにない高級贈答品になるのではないか」という逆転の発想で挑みました。このアプローチにより、表面は美しいきつね色にこんがりと焼き上がり、中はしっとりとした、日本独自のフィナンシェが誕生しました。後には、フランスへ「日本のレシピ」として逆輸入されるほどのトレンドを生み出したのです。(下写真もどうぞ)

原点回帰で取り戻したブランド
ブランドが拡大を続ける一方で、1990年代以降、同社は赤字寸前の経営危機に陥ったそうです。しかし、「フィナンシェで勝負したい」という原点回帰を突破口に、徹底的な食材の見直しを行いました。特に、香りの命ともいえるアーモンドについては、スペイン産の最高級品種を採用しました。さらに酸化を防ぐため、海上輸送時にはワインと同等の「8℃ の低温管理」を徹底したそうです。また、皮付きホールの状態で輸入したアーモンドを自社キッチンで挽き、わずか「10 分以内」に生地へ配合することで、アロマを完全に閉じ込める製法を確立したといいます。バターについても、北海道の酪農家と提携し、フィナンシェ専用のオリジナル発酵バターを開発しました。さらに販売戦略として、焼き菓子の香りを店頭で直接体験してもらう「試香販売(試し香)」を導入したところ、試した顧客の5〜6割が購入に至るようになったそうです。これらの改革により、同社のフィナンシェは年間 3300 万個を売り上げ、「世界で最も売れているプレーンフィナンシェ」として、8年連続でギネス世界記録に認定されました。(下写真もどうぞ)

今回の番組を通じて、私もようやくマドレーヌとフィナンシェの違いがわかるようになりました(笑)。また、同社の歩みが、失敗から生まれた幸運、逆転の発想、そして原点に戻る改革と、決して平坦な道のりではなかったことにも驚きました。明日にでも千里中央の阪急百貨店に行き、マドレーヌとフィナンシェを食べ比べてみたいと思います。それでは、また。
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注1:テレビ大阪『もしものマネー道』の特集「人気店の No.2」と「アンリ・シャルパンティエ」より
