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満州国 関東軍〈石原莞爾〉マッカーサー、怖れた唯一の日本人.04aa

関東軍とは何だったのか
2015.11.26 (霧山昴)
著者 小林 英夫 出版  中経出版
 泣く子も黙る関東軍。威張りちらして、市民の安全なんか気にもとめない横暴な軍隊というイメージの強い関東軍の実体に迫った本です。関東軍は生まれ落ちたその日から、戦争というよりは外交、軍事というよりは政治に多くのエネルギーを割く集団だった。

鉄道守備隊であったから、関東州の旅順、大連から満州中央部の奉天(藩陽)、新京(長春)へと中国東北の懐に奥深く食い込んだ軍事集団であることから、現地東北の政治勢力との折衝を余儀なくされる宿命を胚胎していた集団だった。

関東軍は、45年8月のソ連参戦で圧倒的兵力を前に衆寡敵せず、完敗を喫して短期に解体された。日ソ中立条約を盾に北方への守りを楽観視し、ソ連参戦の時期を続み誤り、60万人に及ぶ将兵を捕虜としてシベリア抑留させることとなる失態は、政治と外交重視で、軍事面での錬成を欠いたこの軍団の末路を飾るにふさわしい結末だった。
関東軍の「関東」とは、中国の山海関、すなわち万里の長城の東端の要塞の東の意味である。

関東軍の前身は、満鉄(南満州鉄道)の沿線付属地を防衛する軍隊である。
満鉄の設立総会は1906年11月。資本金2億円、うち1億円は日本政府の現物出資、残り1億円は日本での様式募集とロンドンで募集された外債に依存していた。満鉄は日米の共同経営ではなく、日本の国策を実現する株式会社として、その産声(うぶごえ)をあげた。
敗戦時の満鉄従業員は40万人に近く、うち日本人が14万人ほど、残りが中国人など。

1906年に満鉄が営業を開始すると、関東都督府、満鉄、領事館の三者による満州統治の歴史が始まった。
1914年、原敬内閣は関東都督府を廃止し、関東庁と関東軍を創設した。1919年4月、関東都督府から軍事部が分離する形で関東軍が設立された。

関東軍は、当初は満鉄沿線を警備する独立守備隊6個大隊と日本から派遣された駐劄(ちゅうさつ)1個師団から編成された。
1931年9月の満州事変までの関東軍は、控え目で、つつましやかだった。1931年9月、満州事変が勃発し、翌32年3月までの半年足らずで関東軍は満州全土をほぼ手中におさめた。

関東軍は、周到な作戦と奉天軍閥・張学良の無抵抗主義に助けられて、満州全土を占領し、1932年3月に満州国を作りあげた。
満州国で実権を握ったのは国務院であり、その中核は総務庁だった。関東軍参謀部第三課が中心になって総務庁に伝達した。
関東軍は、正面には中国人を立てながら、背後から日本人がこれを制御する「内面指導」を実施した。

関東軍の幹部は、ソ連赤軍で進行していたスターリンによる粛清(テロル)を過大評価し、日満と極東ソ連軍の兵力差を深刻には考えなかった。
関東軍は、満州事変の直後から満州国の主要な財源としてアヘン収入を当て込んでいた。歳入の8分の1はアヘン税だった。
軍人に政治をまかせると、その無責任さによって社会は崩壊してしまうという実例が満州国でしょう。古き良き日本、なんてものではありません。アベ首相は単なる妄想に走らされているだけです。(2015年3月刊。2500円+税)

筆者コメント 
〈石原莞爾〉マッカーサー、怖れた唯一の日本人.04aa
「満州国 関東軍」~

題名を少し変えました。その訳、いよいよ本題ーが核心を突いてきたからです。これまで、さまざまな関連記事を漁って、石原莞爾について書いてきましたが、よもや、その核心に「アヘン」があったとは、晴天のへきれき、というべきでしよう。
いやいや、それは事実であって、ただ、それをカムフラージュしていた何か、があったからです。それが何か、ずばり国家が、その取引に関与していた、となれば国際法上の瑕疵を暴かれるからです。
結果論として、それらが緘口令として、メディアも巻き込んて口封じした、と換言してもいい。

いってみればみれば臭いものに蓋、という古来の習性なのです。それが判ったのは、松岡修剛氏(故人)の膨大なライブラリーからの一説でした。時代の寵児、石原莞爾が、何ゆえに、満州国の創設者として頭角したのか、なかなか、その実態がつかめないミッシングリンク、でしたが、その松岡氏の一説を読んですべてが氷解した、というまさに事実は小説の数倍もエキサイティングだつたのです。そこに宗教一派の心酔者が、よなよな国家を論じるという図式は、説得力がありました。その中に、北一輝、そして宮沢賢治の名があり、それを見聞しただけで、時代の空気感が読めるのです。かれらは、ただ名を馳せた、のではなく、そこに身を賭して戦っていた、その結果の著名人であったのです。

これを書くにあたって当初、まったく期待はなかったのです。ましてや戦記は、風聞の彼方であり、さっこんSNSにおいて、また娯楽テレビにおて、まったくその空気感も漂うことなく、未成年たちによる歌とダンスに、社会は飽和している中、石原莞爾? 満州って東南アジアの何処、と訊かれそうな入試問題にでもなりそうな世相の中、その一方で現実に、戦火が繰り広げられています。また、アメリカがなぜイ〇ン攻撃という理由は、その昔のぺルシア時代のアヘンが、いまだに途絶することなく連綿と続く、という図式が見えた時、唖然呆然としてまうのは無理からぬことでした。

さてそれで、これからいよいよ核心本題に入るわけですが、ドラッグ汚染は国家存亡の重いテーマですから、それが昔の話であっても、今の現実テーマでもあるわけです。
そんなことを考えるとこの先、一歩を踏み出せるかという不安は消えません。ましてプロの身という以外で、それをする理由もないわけです。
「あんたがしなきゃわたしがやる」、という軽々な話ではありません。
それで思うのは、それをキャッチアップしてフォローするのは読者であり、次が読みたいという要望心でしかありません。今、そのさ中の思案模索している心中です。
再度、同じ断りですが、自身は一介のブロガーでありまた、それによって糧としている身ではありません。いつ辞めたとしても、波風があるわけでもないのです。ですから、まあ~やってみるか、という不埒な気持ちです。

補足・・・この重厚なテーマを仮想エマに、語ってもらうと、ずっと軽くなって読みやすいのですが、時代考証として、外れてしまう懸念もあるので、許容外ですが、本核心になったら、それで行こうかと思っています。

真夏酷暑のなか、そんな緊縛したよもやま話で、一時肝でも冷やしましょう。

著者 對馬格象 racoco
著作 對馬格象「満州国 関東軍」AI~生成








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