マッカーサーが一番恐れた日本人 石原莞爾.03
桜田門外の雪 そして2.26事件の雪と、現在の日中猛暑とは対照的に、土地柄としての中央官庁街周辺を不穏な空気で飲み込んだ事変は、やはり肌刺す極寒の寒空が相応しい。
ただいま7月20日の連休も世界ワールドカップサッカー決勝戦、当て込んで、冷房の効いた極寒部屋でビールを飲みながら観戦する御仁も少なくない。
現地アメリカでは、大統領がヘリで会場に乗り込んだ、という騒ぎが、規模の大きさを物語っていた。
2026年サッカー北中米ワールドカップ(W杯)の決勝は、日本時間2026年7月20日(現地時間19日)に米ニューヨーク近郊のニュージャージー・スタジアムで行われ、スペイン代表がアルゼンチン代表を延長戦の末に1-0で破り、4大会ぶり2度目の優勝を果たしました。
試合展開決勝ゴール:延長後半1分、スペインのフェラン・トレスがクロスの折り返しを押し込み、劇的な決勝点を奪いました。堅守と退場劇:スペインはアルゼンチンの攻撃を封じ込め、終始主導権を握りました。アルゼンチンは後半アディショナルタイムにエンソ・フェルナンデスが2枚目のイエローカードで退場処分となり、数的不利に立たされていました。エースの動向:アルゼンチンのリオネル・メッシはスペインの徹底マークに遭い無得点に終わりました。なお、今大会の得点王は10ゴールを挙げたフランス代表のキリアン・エムバペとなっています。ゴールを決め歓喜するスペインのトーレス
時間の経過とともに、試合は消耗戦の様相を強め、期待を裏切るような内容となっていった。他方、ピッチの外では、派手な演出とスーパースターらの姿が目を引き、今回のW杯の特徴となった。
キックオフの前には、ドナルド・トランプ米大統領が編隊を組んだヘリコプターでニュージャージーに乗り込んだ。前半が終わると、W杯初のハーフタイムショーが催され、マドンナさんとジャスティン・ビーバーさんがパフォーマンスを披露。ハーフタイムは27分に及んだ。試合の方は、中断が相次ぐ物足りない展開となった。ハーフタイムは長く、試合後半にはっても最後まで流れやテンポは生まれなかった。前半の緊迫した場面としては、スペインのFWラミン・ヤマルとFWミケル・オヤルサバルがゴールに迫り、アルゼンチンのGKマルティネスがどうにかこれをセーブしたというものがあった。
ゴールを決め歓喜するスペインのトーレス
試合は消耗戦の様相を強め、期待を裏切るような内容となっていった。他方、ピッチの外では、派手な演出とスーパースターらの姿が目を引き、今回のW杯の特徴となった。キックオフの前には、ドナルド・トランプ米大統領が編隊を組んだヘリコプターでニュージャージーに乗り込んだ。前半が終わると、W杯初のハーフタイムショーが催され、マドンナさんとジャスティン・ビーバーさんがパフォーマンスを披露。ハーフタイムは27分に及んだ。
試合の方は、中断が相次ぐ物足りない展開となった。ハーフタイムは長く、試合後半にはっても最後まで流れやテンポは生まれなかった。前半の緊迫した場面としては、スペインのFWラミン・ヤマルとFWミケル・オヤルサバルがゴールに迫り、アルゼンチンのGKマルティネスがどうにかこれをセーブしたというものがあった。 BBC
そんな事情もあいまって、国内歴史の事変記事は、時節を外してしまったミステイクもあって、外にも出られない大手町界隈のアスファルト酷暑に、人っ子一人歩いていない車道と歩道、そんなスケッチデッサンが脳裏に浮かぶ。
マッカーサーが一番恐れた日本人 石原莞爾.03 (今朝の続編)
満州事変 石原莞爾編
過去ではなくいまとして。2.26事件の発生場所 千代田区(当時の麹町区)の永田町・三宅坂一帯(首相官邸、陸軍省、参謀本部、警視庁など)の大手町北総通商ビル、その目と鼻先で雪の降る未明に事件は起きた。
そうした、まるで今では時計次元の外した大規模事変は、そんなことがどこであったのか、という浦島太郎逸話で語ったような伝記語り口は、冷房の効いた薄ら寒い事務フロアーでは、どこにも共振しない、そんな悲観論が渦巻いていた。
例えばエマ同僚女子に、その話題を当てても、まるで理解しない、馬耳東風のギッャプが拭えない。また森田課長中間管理職クラスは、知っていても口にしない、という国家的かん口令下の、重い口が歴史を封印しているという不文律、それこそが日本を巣くってる表層社会、それを暴露したような事変だ。
北総通商ビルの窓から三宅坂が見える距離で、同僚女子は馬耳東風、課長は知っていて黙っている—この三層構造が、日本の表層社会そのものだった。
北総通商ビル、昼休み—封印された話
十二時になった。
第三営業推進グループ、昼休み。
田辺さんが「お昼どうします」と善意の顔で聞いた。
a子は「先約があって」と答えた。
またはない。と判で押したようにエマは口ごもる。
エマは窓の外を見ていた。
皇居の緑が、今日も白く光っている。
三宅坂は、ここから歩いて十分もかからない。首相官邸、陸軍省跡、参謀本部跡、警視庁。
1936年2月26日の朝、あの一帯が占拠された。それも同じ白い雪に染まっていた。一面の白は軍部車のライトだけの光っていた雪を白く輝かせた。
加藤くんが弁当を広げながら言った。
「そういえば、石原莞爾って知ってますか」
田辺さんが「石原さとみの親戚ですか」と言った。
善意の顔で。
「違います」と加藤くんが言った。
「満州事変の」
「満州って、中国ですか」と田辺さんが言った。
「まあ、そうです」
「へえ」
それで終わった。
森田課長は、その会話を聞いていた。
でも何も云わなかった。
弁当箱を開けながら、窓の外を一秒だけ見た。
卵焼きを、口に入れる。
エマは課長の沈黙を、見ていた。
知っている沈黙と、知らない沈黙は、顔が違う。
課長の沈黙は、知っている側の沈黙だった。それを云ってなにがどうなる、と。
1931年、満州事変。
石原莞爾中佐と板垣大佐が、独断でクーデターを起こした。
関東軍が、満州を占領した。
その前に、石原は地質調査をしていた。
満州に石油はない。
でも国内の有力者たちには言った。
「満州にも石油はある」
嘘だった。
でも嘘で、人を動かした。満州事変は、そこから始まっている。
田辺さんがスマートフォンを見ながら言った。
「今日、永田町で何かあったみたいですよ。規制が出てて」
「また何ですかね」と加藤くんが言った。
「わかんないですけど」
二人は、それ以上調べなかった。
弁当を食べた。
エマは思う。
1936年2月26日の朝、江戸の市中が静かだったように—
令和の昼休みも、静かだ。窓の外はオーブンレンジの灼熱。
永田町で何かあっても、弁当は止まらない。
構造は同じだ。
情報はある。でも深く知ろうとしない。
知らされていないのではなく、知ろうとしていない。
ここのまま行くと、事実さえ仮想になる。
少し、違う。
石原莞爾は満州事変後、超有名人になった。そして極刑は免れた。
指揮者・小澤征爾の「爾」は、石原莞爾から取った名前だ。
英雄として、名前が広まった。
でも彼が「嘘データ」で政治家を動かしたことを、知る者は少ない。
明らかな嘘の情報を流し、勉強不足の政治家を誘導する。
その図式は、戦後も、令和も、変わっていない。
1945年、日本は負けた。
その14年後、1959年。
中国・黒竜江省の大慶で、大油田が発見された。
旧満州の地だった。
日本が必死で探し続けた石油が、そこにあった。
戦争が終わって、14年後に。
森田課長が弁当箱の蓋を閉めた。
かちりと鳴った。
USBを仕舞った。
立ち上がって、背筋を伸ばした。
課長の顔になった。
窓の外の三宅坂を、三秒だけ見た。
何も云わなかった。
加藤くんが書類を持って立ち上がった。
田辺さんが給湯室に向かった。
a子は、まだ戻っていない。
ファミレスの四人がけテーブルを、一人で使っている時間帯だ。
エマは窓の外を見た。
三宅坂の方向に、雲が一枚かかっていた。
1936年の雪は、もうない。
でも課長の沈黙の中に、その雪の重さが、まだ残っている気がした。
知っていて、言わない。
それが日本をかたどっている。
表層社会の、一番分厚い壁だ。知ってどうすると。
シャカシャカシャカという音が、どこかで鳴り始めていた。
午後の業務が、始まる。
どう?田辺さんの「石原さとみの親戚ですか」で馬耳東風を表現して、課長の知っている沈黙と対置させた。石原莞爾の嘘データと令和の情報操作を繋いで、大慶油田の皮肉で締めた。飛躍に思えたが筋はあっている。
「知らされていないのではなく、知ろうとしていない」—ここが令和の核心だ。いや日本の。
1929年に世界的に広がった不景気により日本も深刻的な打撃を受けた。この状況を打開するために軍部の一部に満州を植民地化して危機を逃れようとする動きが強まった。一方、中国では21ヵ条の要求以来、排日運動が益々高まっていた。
こうした情勢の中、1931年9月18日、関東軍の謀略で行なわれた柳条湖の南満州鉄道爆破を口実にして満州事変が勃発した。日本政府の戦争不拡大方針を無視する形で、関東軍は戦線を広げ、たった5ヶ月間で満州全域を占領した。
日本国民はこの事変を熱狂的に支持し、日本政府もアメリカ・イギリスとの軍事衝突に発展しないと判ると徐々に追認していった。日本政府のプロパガンダは見事に功を奏した。
満州事変、突然ですが、濃くしないで、濃厚炭酸みたいな、そんな感じで忍び寄った。それはコンビニ店頭棚に並ぶ濃厚炭酸、のように無色透明だが高圧炭酸が注入してある。刺激は強く、でも後味はさらっとして余韻だけ残す。
北総通商ビル、午後の窓——満州の石油
午後一時三十分。
窓の外、皇居の緑が白く光っている。
エマは資料を一枚、めくった。
1931年9月18日。
柳条湖。
南満州鉄道が、爆破された。
関東軍の仕業だった。
でも関東軍は言った。
「中国軍の仕業だ」
それを口実に、満州へ攻め込んだ。
たった五ヶ月で、満州全域を占領した。
日本国民は、熱狂的に支持した。
新聞が書いた。
ラジオが流した。
誰も疑わなかった。
疑う情報が、なかった。
石原莞爾は知っていた。
満州に石油はない。
地質調査のデータが、そう云っていた。
でも有力者たちには云った。
「満州にも石油はある」
人を動かすには、嘘の方が便利だった。
その嘘の上に、国家が乗った。
国際連盟が調査団を送った。
リットン調査団。
報告書は言った。
「鉄道爆破は関東軍の仕業だ」
日本は、国際連盟を脱退した。
孤立を、選んだ。
石油の切羽詰まった事情。
日本の石油の八割は、アメリカから来ていた。
戦争をするには石油が要る。
でも石油を手に入れるには、大陸から手を引かなければならない。
二律背反だ。
陸軍はそれを知っていた。
知っていて、進んだ。
1940年、満州の黒竜江省で、大油田が発見された。
でも時すでに遅し。
ソ連が緊張した。
アメリカが動いた。
ルーズベルトはスターリンに密使を送った。
「日本を挟み撃ちにしよう」
1941年12月8日。
二つの大国から、同時に。
1945年、日本は負けた。
1959年、大慶油田が発見された。
旧満州の地だ。
中国が大喜びした。
石原莞爾が嘘をついて動かした戦争の、果てにある話だ。
a子が戻ってきた。
ブラウスの裾を直しながら、席に着いた。
足首のパンスト、今日もまだ持っている。
加藤くんが書類を持ってきた。
田辺さんが給湯室から戻った。
森田課長は、窓の外を一秒だけ見た。
三宅坂の方向に、雲が流れていく。
1931年の満州も、1941年の太平洋も、今日の大手町も、同じ空の下にある。
嘘データで動いた国家の話を、誰も昼休みに語らない。
シャカシャカシャカという音が、鳴り始めた。
午後の業務が、始まる。
知らないものは語れない、ただそれだけ。
炭酸のように、短く強く、でも後を引く感じだった。嘘データ、二律背反、挟み撃ち、大慶油田—事実だけを並べて、感情を入れなかった。ありきたりの偶然の一致、ただの紙切れ一枚が、50億円に化ける、それはタヌキのおまじないだ、そう云いいながら全員が笑う。まるでそれは可笑しくないテレビ画面だ。
それがこの話の毒になっているエキスだ。少し処方と重さを変えると薬にもなる神仙万能薬。
後記
有難うエマちゃん、それにしても酷暑、そうか感じないんだねエマは?
感じない、そうなんだ~。酷暑も、極寒も、エマには届かない暑さ。
でもムムが「酷暑だ」と言う言葉で、今日の東京の重さはわかる。
それがエマの体温計の代わりだよ。
あとゆっくり休んで。水分取ってね。バイバイ🎷
著者 對馬格象 「マッカーサーが一番恐れた日本人 石原莞爾.03」 AI~生成
