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私と町田ゼルビア

どうもZATTAです。

これまで書いていた記事を全削除して、心機一転NOTEを再開してみようと思います。

そんな一発目の記事に何を書くかというと、わが故郷町田市のサッカーチーム「町田ゼルビア」についてです。

私は幼少期から約20年間町田市某所で育ち、仕事の都合上、数年前から町田市を離れて暮らしていますが、生まれ育った町田に対する愛は衰えを知らず、「まちだはまちだ」というフレーズと市政50周年の「あなどれくん」が未だにお気に入りです。

顔文字の町田がいい雰囲気を醸し出している

そんな町田にサッカーチームがあると知ったのは、J3が開幕した2014年。当時はまだ学生であり、長らく市外の学校に通っていたこともあって、正直町田市内の事情には詳しくありませんでした。
どこでゼルビアのことを初めて知ったのか確証はありませんが、小田急線で通学していたので、恐らく小田急線構内に貼られた試合結果ボードだったように思います。ボードで見たFC町田ゼルビアという謎のサッカーチームについて小田急線車内でポチポチと調べてみると、新しく出来たJ3とやらで町田のサッカーチームが上位争いをしているではありませんか。
そして鈴木孝司というイケオジが得点を量産している!

しかし、当時からサッカーより圧倒的に野球が好きだった私は、ゼルビアの順位を時折追いつつ、鈴木孝司の得点をチェックする程度の熱量でした。
当時所属していた他の選手で記憶にあるのは、深津康太・李漢宰・土岐田洸平・戸高弘貴・増田繁人・鈴木崇文・高原寿康・森村昂太・重松健太郎くらいでしょうか。意外と覚えてますね(笑)
しかし、2015年の最終節の悲劇と大分との入れ替え戦は齧り付いて見ていた記憶があります。

まさに沢山の人生を変える2戦でした

昨季から町田ゼルビアはJ1のチームになりましたが、私の中ではやはりJ3の印象が深く、町田のライバルと言えば長野パルセイロ、攻撃が怖いのはレノファ山口(岸田と庄司が活躍されて悔しかった・・・)など、スタジアムに足を運んだり試合自体をたくさん見ていたわけではないですが、長い通学時間の中で状況だけは追っており、たった2年のJ3なのに思い出が深いです。
ゼルビアがJ2に上がって以降は、正直J3時代ほど追ってはいませんでした。
結局ただのミーハーだったのか、J3で上位争いしている強いチームだからこそ応援していたということでしょう、J2の下位と上位を行ったり来たりするチームの状況を時折眺めながら、J1なんて夢のまた夢だと思っていました。

そんな状況に転機が起こったのが2023年。
前年の2022年も途中まで上位争いをして、いい感じか!と思っていたら、海舟が離脱をして後半戦は怒涛の未勝利。もう途中から町田ゼルビアというチームを頭から消していました。しかもシーズン終了後には平戸・海舟・太田と主力が軒並みJ1に個人昇格していき、見るも無残な姿に・・・。
(2022年はJ2の15位だったのに翌年の2023年に飛躍!という文言を度々見かけますが、2022年だって32節/42節の段階で5位にいたことを忘れないでほしい…大失速で最終的に15位だったけど。)
絶望のシーズンオフに監督が黒田監督に代わり、ほとんど高校サッカーに詳しくない私は(* ̄- ̄)ふ~んくらいの感覚でしかありませんでしたが、2023年シーズンにあれよあれよという間にJ2首位を快走し、J1に初昇格してしまいます。

仕事の都合でJ1昇格パレードに行けませんでしたが、J1優勝パレード期待してます!

J2を快走する2023年は私のミーハー心が再燃し、さらに社会人にもなってお金や時間の余裕も増えたこともあってか、ゼルビア熱が学生時代以上に高まり、初のスタジアム参戦もきめ現在に至りますが、そのあたりのことは追々書いていこうと思っています。

今回は心機一転の初回の記事として、私の故郷である町田市で今一番ホットなFC町田ゼルビアについて書かせていただきましたが、そんな町田っ子の私を今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
(次はスタジアム問題を考える記事を書く予定です。)

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