🟡掌編小説|退魔師[蛇の章]
左腕の内側が痒い。
触ると少しザラザラしている。気づくとぼくは無意識にその部分を掻いている。
***
しばらくすると皮膚がむけてきた。ヒラヒラしたささくれの端っこを引っ張るとそのままベロッと皮が剥がれた。下にはツルツルの真新しい皮膚があった。
数日と経たないうちに全身の皮膚がむけて赤ん坊のようになり、その柔らかな皮膚はやがて硬くなって気づけば全身が鱗と化していた。
両親は困惑し、悲しんだり、どうにかしようと躍起になったけれど、ぼくからしたら特に困ったことはなかった。高校生活も概ねいつも通りだ。
ただ、鱗を撫でると心臓がギュッと縮む感じが嫌なのと、食嗜好の変化は深刻だった。食べることが好きだったから。母の手料理やファストフードを受け付けなくなり、隠れてリンゴを丸呑みしたりしていた。
そんなある日、同じクラスのアサミに声を掛けられた。
「ねえ、このままだと死ぬよ」
***
アサミの部屋は想像していたのとちょっと違った。あまり女の子の部屋らしくない。何がっていうのは分からないけれど。
部屋の中央に正方形に区切られた領域があり、その四隅には盛り塩がしてある。ぼくはその中に立たされた。何をされるのだろう。
「脱いで」とアサミが言った。「服、全部」
「どうして?」
「わたしもまだ試行錯誤だから。とにかく脱いで」
「やだよ」
「恥ずかしいの?」
「恥ずかしいよ!」
じゃあわたしも脱ぐからと言ってアサミはさっさと下着姿になってしまった。
特に親しくはないクラスメイトの下着姿は完全に見てはいけないものの部類だ。
なのに、ぼくは、とんでもなく興奮している。余計に脱げなくなったじゃないか。
「昨日だったら早すぎたし明日になったら遅すぎるかも。あなたの瞳はもう真っ赤だもの」
ぼくはアサミの胸を見ている。それから視線を下に移し、足の付け根を見る。下着の中にあるものを想像している。この女を欲している。
「結界は内と外、聖と俗とを切り分けるためのもので、わたしはそれを瞬時に反転させる方法を見つけた。きみが今なにを考えてるか分かるよ。さあ脱ぎなさい。欲しいものをあげる」
アサミが一歩前に出た。
ぼくは服を脱ぎ捨て、アサミに抱きつこうとした。その瞬間、彼女がぼくの胸に白い御札のようなものを貼った。
***
全身が赤い炎に包まれ呼吸が完全に停止した。立っていられなくなり床でのたうち回った。苦しくて涙が溢れ、体中が痛い、鼻水と涎がたくさん出て体中にヌルヌルしたものがまとわりついた。何度も何度も連続で射精した。炎の向こうにいる下着姿のアサミがぼくを見下ろしている。助けて。お願い助けて。
意識を失いかけたときアサミがぼくを引き摺り出してくれた。呼吸が戻り、ぼくは生きている実感と、恐怖から解放された安堵感で子供のように泣きじゃくった。
アサミはぼくを抱きかかえ、もう大丈夫だよ頑張ったねとまるで赤ん坊をあやすように言った。
結界の中には何匹もの蛇が蠢いていた。
***
アサミはあまり多くを語らなかった。
蛇の祟りかといったら祟りだし、そうじゃないといったらそうじゃない。でも珍しいことじゃないと言う。おそらく拾ってしまったんでしょう。
ともかく、ぼくの体からは鱗が消え、今までの自分が実はかなり異常だったのではないかという実感が湧いてきた。
その後アサミとは少し仲良くなったけれど、彼女に欲情して襲いかかった事実は消せない。罪悪感や羞恥心や、とにかく複雑すぎる感情が邪魔して近寄りがたい。
そんなぼくの葛藤を知ってか知らずか、まるで幼馴染のように接してくるアサミはなんだか強いなあと思う。とはいえ、高校卒業と同時にアサミが海外へ移住したのでその後はすっかり疎遠になってしまった。
***
あれから三年が過ぎた。
先日、差出人不明の小包が届き、中を確認すると桐の箱に入ったガラス瓶が出てきた。よく見ると蛇が液体に漬け込んであって底でとぐろを巻いている。ふと、添えられたメッセージに目が止まった。
待ってくれアサミ。今度こそちゃんと説明してくれるんだろうな?
「祝成人だね。無毒化してあるから飲んでも大丈夫だよ。近々日本に戻るので乾杯用のグラスをふたつ用意しといて。──アサミレイ」
(了)
🟡1725文字
【附記】
退魔師アサミレイの活躍をシリーズ化したくて書いた。
初登場時(下記リンク)は熟練した退魔師だったけれど、今作ではまだ試行錯誤中の高校生である。
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