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合理的な道は、既に誰かの凡庸な答えだ

多くの人が「効率的にやりたい」「無駄を省きたい」と口にする。
それ自体は何も間違っていない。
だが、その言葉があまりにも世の中に浸透しすぎた結果、誰もが同じ道を歩き、同じやり方を真似し、同じ結果に満足するようになってしまった。
つまり、「合理的」な判断というのは、ある意味で最も凡庸な選択肢である。

起業してからのここ数年、ずっとそんな感覚を持ち続けてきた。
そして、気づいた。
非合理の中にしか、差別化の種はないのだと。

あえて面倒な方法を選ぶ理由

例えば、僕は今でもテレアポをしている。
効率だけで言えば、やるべきではない。
フォーム営業、広告、オウンドメディア、SNS、選択肢はいくらでもある。
しかし、地方のアナログな中小企業に本当に刺さる手段は、やっぱり「電話」だったりする。
手間がかかる。断られる。精神も削られる。
だが、その泥臭い行動の先にしか見えないリアルな現場がある。

マーケティングで仮説を立て、戦略を練る。
営業で現場の肌感覚をつかむ。
この両輪があるからこそ、的を射た提案ができる。
それが顧客の信頼につながり、受注につながる。

「フォーム送っときました」「広告まわしておきました」
──それで終わる人間と、電話一本かける人間とでは、相手からの印象が違うのは当然だ。

非合理の中にこそ、“答え”がある

証券会社時代、まだ右も左も分からなかった頃。
毎朝5時に起きて、1軒ずつ飛び込み営業をしていた。
100件回っても、まともに話を聞いてもらえるのは5件。
そんな非効率で非合理的な日々だった。

だが、あの時の経験があるからこそ、今「誰に、何を、どう届けるべきか」という感覚が養われた。
誰もがやらないこと。
誰もが「それ、意味ある?」と笑うような行動。
そこにこそ、逆張りのチャンスがある。

合理的な判断をしたいという気持ちは、誰にでもある。
だが、合理性は結果論である。
突き詰めれば、非合理な行動の積み重ねが、結果的に一番合理的だったということもある。

再現性より、納得感を優先せよ

最近、特に意識していることがある。
「再現性のある仕組み」ばかりを求めないということだ。
もちろん、仕組み化は重要である。
だが、それが最優先になった瞬間、面白くない仕事になる。

自分が納得できるプロセスで成果を出すこと。
それが仕事における最大の喜びであり、信念でもある。

誰かの成功法則ではなく、自分自身の体験の中から、勝ちパターンを見つけたい。
テンプレートをなぞるのではなく、誰よりも現場を見て、考えて、動いて、試行錯誤したい。
そう思っている。

「回り道」が一番早かったという話

時間がかかる。遠回りに思える。
けれど、回り道の中にこそ、気づきがある。
その気づきが、次の戦略をつくり、差別化を生む。
真っ直ぐゴールに向かうよりも、一度道をそれた方が、むしろ最短距離だった──
そんな感覚は、事業をしていると何度も訪れる。

この感覚を持てるかどうかが、勝ち続ける経営者か、それ以外かを分けるのではないかと思う。

最後に──面倒なことから逃げない人と仕事がしたい

「この方法、面倒だな」
「もっと簡単なやり方ないの?」
そんな言葉が頭に浮かんだ時こそ、自分に問いかけてみてほしい。
──「本当に、その“楽な方法”が結果を出しているか?」

僕はこれからも、泥臭く、面倒くさいことをやる。
効率よりも、現場の実感を大切にする。
誰かのマネではなく、自分の納得を優先する。
それが、僕なりのマーケティングであり、経営だ。

そうした思想に共感してくれる経営者の方と、ぜひご一緒したい。
“誰かの正解”ではなく、“あなたにとっての成果”を出すお手伝いをするために、僕らは存在している。


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