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なぜ「䞖界䞀食にうるさい」むンド人より、ムスリムの食事芁求の方が目立぀のか

海倖で仕事をしおいるず、食事に関しお非垞に现かい人たちに出䌚う。

その代衚栌ずしお真っ先に思い浮かぶのが、ムスリムだろう。

豚肉はダメ。アルコヌルもダメ。肉なら䜕でもいいわけではなく、ハラルでなければならない。人によっおは調味料や調理噚具、同じ厚房で䜕を扱っおいるかたで気にする。

日本でも「ハラル察応」「ムスリムフレンドリヌ」ずいう蚀葉はすっかり定着した。

しかし、海倖で働いおきた自分の経隓では、食事ぞのこだわりずいう意味では、もう䞀぀匷烈な存圚がいる。

むンド人だ。

むしろ実務で食事を手配する偎からするず、むンド人の方が難しいのではないか、ず感じるこずすらある。

それなのに、䞍思議なこずがある。

日本で「むンド人察応」が瀟䌚的なテヌマになるこずはほずんどない。

「むンド人のためにホテルが食事環境を敎備すべきだ」
「孊校や䌁業はむンド人向けメニュヌを甚意すべきだ」

そんな議論は、少なくずもハラルほど頻繁には聞かない。

なぜなのだろうか。

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実は「むンド人察応」の方が耇雑

そもそもむンド人の食事制玄は䞀枚岩ではない。

ヒンドゥヌ教埒には牛肉を避ける人が倚い。

Vegetarianも倚いが、その定矩も人によっお違う。肉ず魚だけ食べない人もいれば、卵たで避ける人もいる。

さらにJainになるず、肉、魚、卵だけではなく、ニンニク、玉ねぎ、ゞャガむモなどの根菜類たで避ける堎合がある。

䞀方で普通に鶏肉や矊肉を食べるむンド人もいるし、むンドには玄2億人のムスリムもいる。

぀たり、

「むンド人だから、この料理を出しおおけば倧䞈倫」

ずいう統䞀芏栌がほが存圚しない。

ホテルやレストランの実務からするず、これは結構倧倉だ。

ずころが興味深いこずに、この耇雑さの割には「Indian Friendly認蚌」などが日本䞭に広がっおいるわけではない。

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䞀方、ハラルは「芏栌」になった

ムスリムの堎合は少し事情が違う。

もちろん宗掟や個人によっお厳栌さは異なるが、食事に぀いお䞀定の共通ルヌルが存圚する。

豚肉を避ける。

アルコヌルを避ける。

肉に぀いおはむスラム法に適合したものを求める。

さらに厳栌な堎合には、調理噚具や保管、亀差汚染たで問題になる。

重芁なのは、こうした宗教的ルヌルが**「ハラル」ずいう共通抂念で暙準化できるこず**だ。

その結果、認蚌制床が生たれ、ハラルレストランが生たれ、ハラル察応ホテルが生たれる。

そしお行政たで「ムスリム察応」を政策ずしお扱えるようになった。

ここがむンド人ずの倧きな違いではないかず思う。

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むンド人は「自分が食べられる堎所」を探す

これはあくたで自分の海倖生掻での経隓も含めた印象だが、むンド人の食事制玄はかなり「自己完結型」に芋える。

食べられる店を探す。

むンド料理店に行く。

Vegetarian restaurantを探す。

難しければ自炊する。

出匵先でもIndian restaurantを探す。

もちろんホテルやレストランに「Vegetarianはあるか」「卵は入っおいないか」ず聞くこずはある。

しかし基本的な発想は、

「自分が食べられるものを探す」

であるように感じる。

少なくずも、

「自分が食べられないから、あなたが食べられる環境を甚意しおください」

ずいう圢で瀟䌚制床の問題になるケヌスは、ハラルほど目立たない。

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ハラルは「提䟛する偎の問題」になりやすい

察しおムスリム察応では、議論の䞻語が逆転するこずがある。

「ムスリムが䜕を食べるか」ではなく、

「ホテルはムスリムに䜕を提䟛すべきか」

「空枯は䜕を敎備すべきか」

「孊校や䌁業はどこたで配慮すべきか」

ずいう話になる。

もちろん、これは必ずしもムスリム本人が芁求しおいるずは限らない。

日本偎がむンバりンド需芁を取り蟌みたいから自䞻的にハラル察応を進めおいるケヌスも倚い。

ホテルがハラルメニュヌを導入するのも、慈善掻動ではない。

客が増えお儲かるず刀断すれば、単なるビゞネスである。

ここは分けお考える必芁がある。

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問題は「誰がコストを負担するのか」

だから自分が本圓に興味を持ったのは、宗教そのものではない。

食事制玄のコストを誰が負担するのか

ずいう問題だ。

宗教䞊の理由で豚肉を食べられない。

宗教䞊の理由で牛肉を食べられない。

信条䞊の理由で動物を食べない。

アレルギヌで特定の食品を食べられない。

ここたではすべお「本人が食べられない」ずいう話である。

しかし、

「自分が食べられないので、自分で食べられる店を探したす」

ず、

「自分が食べられないので、あなたが察応しおください」

では瀟䌚的な意味がたったく違う。

さらに、

「察応しおくれたらその店を利甚したす」

ず、

「察応しないのは配慮が足りない」

の間にも倧きな隔たりがある。

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実は日本に来るむンド人もかなり増えおいる

ここで「単玔にむンド人が少ないだけでは」ずいう疑問も出おくる。

確かに日本に暮らすむンド人は、ムスリム人口党䜓よりかなり少ない。

䞀方、蚪日むンド人は急増しおいる。

2025幎には幎間玄31.5䞇人が日本を蚪れた。

2019幎は玄17.6䞇人だったので、コロナ前から玄8割増えた蚈算になる。

もはや無芖できるほど小さな垂堎ではない。

それでも日本瀟䌚で、

「むンド人旅行者のためにVegetarian/Jain察応を」

ずいう話が、ハラルほど倧きな瀟䌚的テヌマになっおいる印象はない。

人数だけでは説明できない䜕かがありそうだ。

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「倚様性ぞの配慮」は、どこたで瀟䌚が負担すべきなのか

これはハラルに限った話ではない。

Vegetarian、Vegan、Jain、Kosher、アレルギヌ、宗教䞊の服装、瀌拝堎所。

グロヌバル化すれば、瀟䌚には無数の「配慮しおほしいこず」が入っおくる。

もちろん、可胜な範囲で察応するこず自䜓は悪いこずではない。

それによっお顧客が増えるなら䌁業はやればいい。

芳光客が増えるなら自治䜓が䞀定の環境敎備をする合理性もある。

ただし、そこには䞀぀重芁な線匕きが必芁だず思う。

「遞択肢を提䟛するこず」ず「他者に矩務を負わせるこず」は違う。

ハラル料理を食べたい人がハラルレストランを遞べる。

VegetarianがVegetarian料理を遞べる。

これは倚様性だ。

しかし、自分の宗教や信条䞊のルヌルを、信じおいない第䞉者にも守らせるずころたで行けば話は倉わっおくる。

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むンド人ずムスリムの違いから芋えおくるもの

もちろん、

「むンド人は自分で解決する」
「ムスリムは他人に芁求する」

ず単玔化する぀もりはない。

むンド人にも芁求する人はいるし、ムスリムの倧倚数がホテルや政府に䜕かを芁求しおいるわけでもない。

むしろ、日本䌁業や自治䜓偎が商売䞊の理由から積極的に察応しおいるケヌスも倚い。

それでも、同じように厳しい食事制玄を持぀集団なのに、

䞀方は「本人の食生掻」ずしお凊理され、もう䞀方は「瀟䌚が察応すべき課題」ずしお語られやすい。

この違いは非垞に興味深い。

なぜハラルだけが、ここたで「瀟䌚偎の察応」ずいう文脈で語られるようになったのか。

宗教だからなのか。

認蚌制床が存圚するからなのか。

人口芏暡なのか。

芳光政策なのか。

それずも、芁求する偎ず受け入れる偎、双方の文化的な違いなのか。

個人的には、むンド人の食文化ず比范しお初めお、この疑問が芋えおきた。

そしおこれは「ムスリムに配慮すべきか吊か」ずいう単玔な話ではない。

倚文化共生ずは、少数掟が自由に自分の文化を守れる瀟䌚なのか。

それずも、

倚数掟や第䞉者が、少数掟の文化を維持するためのコストたで負担する瀟䌚なのか。

䌌おいるようで、この二぀はかなり違う。

「倚様性」ずいう䟿利な蚀葉で䞀括りにする前に、その境界線に぀いおは、もう少し議論しおもいいのではないだろうか。


远蚘:
ちなみに私個人はムスリムぞの行きすぎた配慮は䞍芁で、むしろやるべきでは無いず考えおいる。
圌らはラマダン時断食期間に、他宗教の人間にも圓然に配慮するように求めおくる。その入り口がハラル料理察応だず考えおいるからだ。

お金になるからずプラむベヌトカンパニヌが勝手に察応するのは良いずしお、囜や自治䜓が配慮する必芁は党く無いし、むしろやっおはいけない。
皆さんも是非考えおみおほしい。

いいなず思ったら応揎しよう

TK工房@TKTKfactory サポヌトいただいたお金は、こんな僕を育おおくれた母ちゃんに還元したいず思いたす。