炎症性粉瘤の経過①発症・服薬・自壊
それは昨年の夏、唐突に出現した。
子供とお台場のガンダムベースに行った次の日、私の皮膚に「できもの」が現れた。突然私のお尻の右側、やや上の腰のあたりである。
赤く腫れたそれはニキビより大きく痛みが強かったため、発見から数日後には皮膚科を受診した。そして医師からは「せつか、粉瘤か」と説明を受け、抗生剤を処方された。そして、言われたとおりに真面目に薬を飲んだら、炎症が治まったのである。
とはいえ、赤みが完全に引くまでに1か月程度かかったし、お尻には痕のような硬いものが残った。「私ももう40歳だし、年を取るとできものも治りが悪くなるし、痕(あと)が残りやすくなるんだなぁ」と、さして気にしなかったのである。これがいけなかった。
結論、これは瘢痕(いわゆる傷跡)ではなく、粉瘤だったのである。粉瘤とは皮下にできる袋状の病変である。袋の内部に角質を貯める。そして、何かの折にこの袋が破裂すると、内部の角質が組織に飛び出す。それが炎症反応の引き金となり、「赤く腫れる」のである。これが意外と痛くて辛い。
厄介なのは、「袋を取らない限り、炎症は繰り返される」という点である。そしてその炎症は忘れたころにやってくる。私の場合は1年後であった。
夏の日、風呂上がりにふと自分の尻に目がいく。昨年と同じ、あの部位が赤く腫れていた。なんとなく痛痒い気もする。「おいおい。またか」と思った。昨年も今回も炎症が出たのは夏。暑くなり汗をかきやすい時期なので、細菌感染起こしやすいのかしら、とションボリした。
昨年同様、痛みを持ち始めたので、数日後には皮膚科を受診した。今度ははっきりと粉瘤だといわれた。ひとまず薬で炎症を抑えて、涼しくなったころに摘出手術をしましょうと、抗生剤が出された。
そうか、涼しくなったら手術か、とのんびり考えていた。この薬を飲めばひとまず痛みは落ち着くのだと思ってしまったのだ。
後に調べたところ、「抗生物質で炎症性粉瘤の炎症が落ち着くか」は状況によりまちまちらしい。ここから先は私の勝手な考えだが、感染が粉瘤の炎症のきっかけであったとしても、以降持続する炎症の主原因は、袋が破れて中身が出たことによる異物反応なのではないだろうか。であれば、抗生剤は必ずしも今出ている炎症反応の抑制に効果的とはいえない。
抗生剤は1週間分処方された。私は言われたとおりに真面目にその薬を1日2回ちまちまと飲み、七夕には「早く元気な尻に戻れますように」と短冊に祈りつつ、仕事を続けた。
だが炎症は治まるどころか日に日に悪化した。赤く腫れた範囲は広がり、皮膚がパンパンに盛り上がってきていた。イスに座る際にも、粉瘤の部分に圧がいかないように、庇いながら座らなくてはならなくなった。「これはまずいのでは」と思うも、ちょうど休みにくい仕事が続いたので放ってしまい、ついに抗生剤をちょうど飲み切るその日の朝がきた。
ふと見たら、下着の粉瘤が当たるところに血が。遂に粉瘤が自壊し、血と膿を出したのだ。ギョエーこうなると感染が怖いし、排膿と何かしらの感染予防が必要である。さすがにこれは病院に行かなくては、と、職場に休みの連絡を入れ、私は炎症性粉瘤の切開排膿処置をしてくれる病院を探すことにした。(続く)
