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何千年も前から夏は「ウナギ」、縄文人は塩で食べた!?

夏と聞いて思い浮かべる食べ物は、やっぱり「ウナギ」。あなたは香ばしいかば焼き派ですか? それとも素材の味を楽しむ白焼き派でしょうか?


土用の丑の日って?

今年の夏の土用の丑の日は7月26日でした。
「あれ? 土用の丑の日って、夏に2回ある年もあるよね?」と思って少し調べてみたところ、実はちょっと面白い時間の仕組みがあることを知りました。

「土用」とは、立春・立夏・立秋・立冬の前の約18日間を指す期間。太陽の位置をもとにした暦で、国立天文台が毎年「暦要項」として公表しています。

一方で「丑の日」は、日にちに割り振られた十二支のことです。驚くことにこの十二支のカウント、古代から今日まで途切れることなく、12日周期でひたすら巡り続けているのだそうです。

この現代の精密な暦と、古代から続く「十二支による時間の数え方」が交差する瞬間こそが、「土用の丑の日」というわけです。

18日間の土用期間のどこに丑の日が巡ってくるかによって、年に1回の年と、12日後にもう一度訪れる「二の丑」がある年(2回の年)が生まれるのですね。

江戸の街を賑わせたウナギ文化と浮世絵

こうして古から続く時間のバトンを受け取り、「旬」を楽しんでいたのが江戸時代の人々でした。
 
『万葉集』で、大伴家持が「夏痩せにはうなぎがよい」と詠んでいるように、古くから「夏=ウナギ」という感覚はあったようです。
 
しかし、現在のような甘辛いたれを使った「かば焼き」が広まり、ウナギが庶民の味として親しまれるようになったのは江戸時代のこと。すし、そば、天ぷらなどとともに、江戸の食文化を代表する存在になっていきました。
 
当時のグルメブームは浮世絵にも残されています。
三代目歌川豊国が描いた美人画シリーズ『二十四好今様美人』には、「うなぎ好」という一枚があります。
 
このシリーズは、中国の孝行者24人を描いた書物『二十四孝』の「孝」を、江戸っ子らしく「好(すき)」にもじった遊び心あふれる作品です。
豊国はそのパロディとして、花見好、祭り好、釣好、甘い物好など、様々なこだわりを持つ24人の女性たちを魅力的に描きました。
 
「うなぎ好」まで登場するとは、いかにウナギが江戸の人々に親しまれていたかがうかがえますね。

『二十四好今様美人 うなぎ好』
出典:名古屋市博物館所蔵資料

実は縄文人も舌鼓を打っていた!?

こうして江戸の暮らしと娯楽の中で愛されたウナギですが、「夏にウナギを味わう」という始まりを辿っていくと、時代は一気に縄文時代へと遡ります。
 
全国各地の縄文遺跡からは、ウナギの小さな骨が見つかっています。
高タンパク・高脂質でビタミンや鉄分が豊富なウナギは、数千年前を生きる縄文人にも好まれたのではないでしょうか。

縄文時代の調味料「塩」

そのウナギ食、縄文人はシンプルに「塩」で食べていたのかもしれません。
「塩」は今のところ縄文時代の唯一の調味料だったと言われ、塩づくりは当時のイノベーションの象徴であったと言えそうです。
 
今から約4000~3000年前(縄文時代後期から晩期)、縄文人は土器を使って塩作りをしていました。
彼らは塩づくり専用の「製塩土器」を作り、そこに海水を入れ、火にかけ濃縮・煮詰め、塩を抽出したのです。
その大きな炉跡が、茨城県土浦市「上高津貝塚」に保存されています。

「大型炉」上高津貝塚ふるさと歴史の広場

「製塩土器」は、よくある縄文土器のような装飾は一切なく、極限まで薄く作られた超・シンプルなデザイン。海水を煮詰めて塩を作ることに特化した、機能優先の土器でした。

「製塩土器」上高津貝塚ふるさと歴史の広場・考古資料館

ウナギに塩を振って食べる——そんな食べ方も、もしかしたらあったのでしょうか。縄文人の食卓に塩が加わったことで、魚介類の味わい方や保存の方法は、きっと豊かになったことでしょう。

やっぱりうなぎ!

季節の節目に、栄養のあるものを食べて身体を労わる。
夏の土用の丑の日には、ウナギ以外でも「う」の付く食材(牛や瓜、梅、うどんなど)を食べると、夏バテしないと言われていますね。

でもこの暑さを乗り越えるには、ちょっと贅沢しても美味しい「ウナギ」が食べたい。先人を見習って、塩で、そして白米と共にかば焼きで!

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最後までお読みくださりありがとうございました☆彡

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