鎌倉に残る由比の長者と大鷲の伝説 奈良時代の歴史を伝える「塔の辻」とは【記事を書かせていただきました】

鎌倉の由比ヶ浜大通りにある、小さな石塔。それがどういうものかほとんどの地元民も知らないまま、「塔の辻(搭之辻)」とよばれています。調べてみたところ……
たどりついたのはなんと、奈良時代の伝説! 鎌倉で奈良時代とは、意表を突かれました。
奈良時代の鎌倉に、藤原氏の縁者で「由比の長者」とよばれた染屋時忠という人物がいました。塔の辻は、その子どもがワシにさらわれた事件にまつわるものだといいます。
さらに、由比の長者にまつわる伝承が残る場所が、鎌倉のあちらこちらに。奈良の都が登場する伝承まで出てきました。
深掘りしてみると、全国に国分寺を建立する鎮護国家の政策や、東北の平定・運営事業など、古代の国家戦略に連動した当時の鎌倉の姿が浮上してきたのです。
▼記事を書かせていただきました!
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(おまけ)
資料での確認はできませんでしたが、取材中に以下のような言い伝えを聞くことができました。
妙法寺で鷲宮が開帳されていた頃、住職が「由比の長者は娘をさらった大鷲を追い、現在の大町5丁目あたりの山で弓で射た」と話していた。
由比の長者が大鷲を射た話は、現地の豪族を討ったことを物語っているともいわれる。
