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和田塚礼賛 江ノ電のマイナー駅を想う

神奈川県鎌倉市と藤沢市を走る、江ノ島電鉄(江ノ電)。始発駅の鎌倉を発車した江ノ電は、速度を上げる間もなく次の駅に停車します。その駅の名をご存じでしょうか?

その駅は和田塚といい、ローカルもいいところの無人駅。近隣住民の私から見ても、「周りの鎌倉や由比ヶ浜長谷といった駅に比べて地味だな~」と感じざるをえません。

この記事は、とりたてて紹介する事柄もない和田塚駅を、さも魅力だらけの駅であるかのように書き立てんとする試みです。


江ノ電にしては質実剛健な(華のない)駅名

質素すぎる和田塚駅の外観

和田塚駅の一日あたりの乗降者数は1300人前後で、江ノ電全駅のなかでも下から2番目。江ノ電マイナーサイド駅の代表格(?)といえるでしょう。

3つお隣の極楽寺も乗降者数が少ない無人駅ですが、こちらはドラマの舞台になったり駅百選に選ばれたりと、なにかと存在感があります。駅名も「極楽」と「塚」でなんだか差があるような…。

駅名の由来になった和田塚とは、駅の近くにある供養塔群。鎌倉時代初期に幕府に対して反乱を起こした御家人ごけにん和田義盛の終焉の地がこの辺りと伝わります。

駅から南に約50m、住宅地にたたずむ和田塚の供養塔群

和田義盛は源平の戦いで活躍し、一説には巴御前を妻にしたとされる、それなりの有名人。とはいえ、それで和田塚駅のブランドが爆上がりするほどのネームバリューかといえば、失礼ながら、ちょっと厳しい。

物心ついて以来、和田塚という駅名を聞き続けてきた私も、その名が何を意味しているのか、だいぶ大人になるまで意識すらしませんでした。

個性あふれる(理解に苦しむ)立地

そんな和田塚駅の利用客数をさらに押し下げる要因が、「鎌倉駅に近すぎる」問題。なにしろ鎌倉駅から和田塚駅までの乗車時間はわずか1分で、歩いても10分ほどの距離です。なお、江ノ電の電車間隔は約14分。電車を待つより歩く方が早い…。

もちろん、鎌倉と反対の江ノ島藤沢方面への乗車駅としては和田塚は便利です。が、利用客数が最大の鎌倉との行き来で和田塚を利用するメリットは、著しく小さいといわざるをえません。

和田塚から藤沢方面に向かう江ノ電

駅がある場所も謎です。鎌倉の街の中心軸であり鶴岡八幡宮の表参道である若宮大路から、中途半端に横にずれた住宅街の中。

もし若宮大路沿いにあれば、もう少し乗降者数が多かったのでは…。なぜこんな微妙な位置に駅が? 

その理由は、江ノ電ができた当時、鎌倉の大動脈は若宮大路ではない別の道だったから。

鎌倉は古い街ですが、現在の街の構造ができあがったのは、明治時代中期に由比ガ浜海岸が海水浴場になり、多くの人がやって来るようになったことによるものです。

和田塚駅から約500m、由比ガ浜から見た江の島、富士山、稲村ガ崎

現在は鎌倉駅から若宮大路を南下して海岸に出るのがスタンダードですが、昭和の東京オリンピックの頃まで、由比ガ浜の沿岸は(日本各地の砂浜がそうだったように)防砂林でした。若宮大路の南側も一面の松林で、人はあまり通らなかったのです。

和田塚駅入り口から和田塚と由比ガ浜がある方向を望む
道の左にある木が生い茂っている場所が和田塚。
道の右にある松の木が、かつてこの辺りに広がっていた防砂林の名残をとどめている。

当時、鎌倉駅から由比ガ浜海岸へのメインアクセスは、由比ガ浜大通りを通り、今の由比ヶ浜駅がある辺りを経由するルート。また、地域の繁華街だった長谷へ通じている点でも、鎌倉の大動脈は由比ガ浜大通りでした。

そのかつての大動脈に沿うように江ノ電は走っており、和田塚や由比ヶ浜といった駅が位置しているわけです。

市民生活に密着した(しすぎた)路線

江ノ電の敷設が始まったのは、明治時代後期。藤沢から江ノ島方面に向かって伸長していき、鎌倉駅まで開通したのは明治の末です。

余談ですが、当初、江ノ電の鎌倉駅があったのは現在の場所から100mほど離れた若宮大路の路面上。駅名は小町でした。…ちょっといい駅名かも?

そして和田塚は、なんと駅そのものがなく、代わりに電車がすれ違うための待機所がありました。大正時代になって、その場所に駅ができたわけです。

いずれにしても、線路が開通した時点ですでに、鎌倉から和田塚にかけてのエリアは住宅密集地。その間を縫うように線路は通され、結果、江ノ電は民家の軒先を擦らんばかりの至近を通ることに。

和田塚駅を出発した直後の江ノ電

辺りが暗くなると、車窓のすぐ外を通り過ぎる家々の窓から、明かりとともに夕飯時の雰囲気が江ノ電の中にまで伝わってきます。私は和田塚で下車して家に帰るわけですが、そういった時間帯、駅に着く前の電車内で、すでに自宅に戻ったかのような安堵感を覚えるのです。

また、周辺住民は家の玄関前や大通りへの通路など、生活の導線上を江ノ電が通っている場合が多く、日常的に江ノ電の線路を歩かざるをえません。線路は、日々ある程度の時間をその上で過ごす、生活の場になっています。

和田塚駅のホームから見えるのは、甘味処の無心庵。駅周辺の数少ない名所で、出入口が線路に面していますが、それも周辺住民の感覚では自然なことだったりします。

ちなみに、この店の初代ご店主も、甘味処を始めるまでは普通の近所のおばさんでした。要するに和田塚駅の周辺は、基本的には何ら他所の人が来る用事のない、ただの生活の場だったわけです。

時を飛び越える駅

レトロな街が残っている印象が強い鎌倉ですが、ずっと住んでいる身からすると、漂っていた生活感のようなもの(例えばせんべい屋や荒物屋、おもちゃ屋など)がいつの間にか消えていたりします。

そんな鎌倉にあって、さして見どころもない和田塚駅の周辺は、変化のスピードが緩やか。畳屋や診療所、公会堂といった、昔から変わらず地域の生活を支える場所に囲まれています。

和田塚駅そのものも、1区画の端っこに張り付くかのような小ささで、存在感を主張せず住宅地に寄り添います。駅には壁らしきものもなく、ホーム上を流れる空気や音まで、周辺の雰囲気に溶け込んでいるのです。

路地裏に通じる駅の裏口

ずっと前、駅に隣接する民家の庭にイチジクの木がありました。幼かった私は、祖母に「これがイチジクの実で、熟れると食べられるのよ」と教えられ、初めてイチジクの存在を知ったのです。

今はイチジクの木はなくなりましたが、和田塚駅のホームに行くと、あの日と同じ積み石の不愛想な色彩や、静寂に響くかすかな機械音が一気に記憶を呼び起こしてくれます。

夕暮れ時、和田塚駅の周辺では、電信柱のシルエットが茜色の空に林立します。…なんとも垢抜けない風景。この夕焼けの中を祖父に連れられ、祖母と夕食が待つ家に帰ったものです。今も電信柱ごとに、その下では家庭の生活が営まれているのでしょう。

華も見どころもない駅、和田塚。
ここは、懐かしい時代の優しさの香りがします。

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