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「ナンバ歩き」?

 世に「ナンバ歩き」という、歩き方があるらしい。

 調べてみると、江戸時代までの日本人の正しい(?)歩き方だという。
 はて……いろいろググってみると、当の「ナンバ歩き」なる歩き方の解説も出てくる。

 右足を出すと同時に右手を出し、左足を出すと同時に左手を出す……おいおい、これってドジな小学生の行進の時の歩き方と違うの? 
 かかる解説があるかと思えば、ほとんどアホの坂田のような歩き方の動画まで様々であった。

 要は、言葉だけ先行し、観念の中だけの架空の実践といった趣なのだ。

 それでも、一つだけ納得出来る事実として、それまで「自然体で普通」に歩いていた日本人が、明治体制以降の西洋の軍事教練によって強制された不自然な歩き方を、矯正すべきだという一点に絞られそうである。

 そう。我々は知らないうちに、「軍隊歩調」こそ自然な歩き方であると洗脳され、現代に至っているということのようである。

 兵隊の歩きかたが普通と? そうなのだ!

 足の踏み出しと手の振りを交差させ……身体をスイングして歩く、本来的には不自然な歩き方を「自然」と教え込まれ、疑おうともしてこなかったわけだ。

 言うまでも無く、歩行とは少し離れるが「気を付け!」とか「前へならへ!」等、ガキ時分に強制された仕草は、ことごとく軍人養成のための技術であった。例の「体育座り」なども同類である。
 ことごとく、「個」であるはずの人間を「無個性の全体」として扱うこと、すなわち「考えさせず」に「命令だけに従う」ように教育ならぬ、「調教」するための方策といえるだろう。
 「体育座り」などは、無抵抗の強制……つまり「囚人」に対する扱いであると……一度ならず経験した人ならご理解頂けるだろう。

 思えば、高校に入った初日……クラスでの自己紹介の折り、僕は次のように発言した覚えがある。

「えーと……僕の趣味は、両手をポケットに突っ込んで、ブラブラ散歩することです……」

 全然受けなかったし、いっそ「滑った」感ではあったが……少なくとも嘘を言ったわけではなかったのだ。

 その後の高校生活で、それなりに校則も厳しく……朝、校門に教師が立っていて、無帽の生徒など厳しく注意されると同時に、僕の「ポケット歩き」も注意を受けたが……つい、「なぜ?」と訊いてみたところ……返ってきた答えに、

「転んだ時、鼻を擦りむくから」

 苦笑以外の何物でも無い。以来、片手だけは出して校門を通過した次第であった。

 確かに、ポケットに手を入れて歩くのは冬季ならばいざ知らず、世間からはいささか「だらしない」と見られるかも知れない。
 なぜか? やはり、両手をきちんと振って歩く「軍隊歩行」を是とする風潮が残っているかららしい。

 しかし、かかる足枷を取り払ってみるならば……人間とは本来、自分の持って生まれた身体のバランスのままに、それぞれが自分なりの歩行をしてしかるべきではないのか?

 試みに、「正しい呼吸方法」など強制され、「鼻で吸って、鼻で吸って、吐いて、吐いて……いち、にっ、さん……」などと強制されたと仮定してみよう。
 笑う以外ないだろう。

 しかし、歩行においては、これとほぼ同じこととが訓導され、今に至っているのだ。
 「へいたい」や「囚人」の「強制同調」を、我々は知らず受け入れてしまったのだ。

 冒頭の「ナンバ歩き」に戻ろう。

 結論として……私見ではあるが、そんな歩き方はないと考えている。

 要は、軍隊鯛の強制を振りほどき、ごく自然に「歩く」ことに尽きるのかも知れない。
 もとより、身体をスイングしての歩き方に「自然」を感じるなら、それを無理に「矯正」する必要もないかも知れないが、少なくとも人間の基本行動である「歩行」に馬鹿げた価値基準だけは持ち出しては欲しくない。

 少なくとも僕は「鼻を擦りむく」ことには注意しながらも、ポケットに手を突っ込んだ、僕なりの「ナンバ歩き」で自然に歩いているつもりである。

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銀騎士カート 貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。