セレブ大好き日本人
日本人(外国人については分からないが)は、とにかく「有名人」がお好きらしい。
高校時代のことだ。同校を卒業したという、某アイドルタレントがある日車に乗って校庭に突如として侵入してきたことがあった。
本人にすれば、凱旋のつもりだったのだろうか?
僕は元来芸能界には無頓着なタチで、それが誰とも知れなかったのだが、生徒たちは全員その名を心得ていたらしいだ。授業中だというのに、誰かの一声を合図にみな教室を出て窓にかじりつく。
僕も、何事かと立ち上がって窺い見たのだが、赤だか黄色だか、とにかく派手な車(外車かどうかは不明)から、いかにも芸能人といったていの若い男が下り立って手を振っているのだ。
男子高だったが、もし共学だったら、たぶん黄色い声もここかしこに湧き上がったことだろう。
授業をしていた、何かとこうるさい教師にして……見てみぬふりのけはいであった。
僕は別に芸能人に興味もなく、ぽつんと空っぽの教室に座っていた記憶がある。
似たような経験は他にもいくつかあって、飲食店でバイトをしていた時など、やはりタレントの女性が客として入店の時、店長のその時のヘラヘラとした追従笑いには首を傾げたものだ。
別に御利益があるとも思えないのだが、芸能人に限らず、「セレブ」と言われる人物に群がる様子は、……やはり集客力があるのかと一方では感心もするが、些か考えさせる向きもある。
たぶん、有名人を「ハレ(非日常)」、一般人を「ケ(日常)」と分類しているのだろう。
平凡で退屈な日常世界に差し込む一条の光である「ハレ」に対する、憧れなのかも知れない。
無論、一般人とて「非日常」の一面は持ち合わせているはずである。しかし、一般人の醸す「ハレ」の周波数が高まると、回りの一般人はこれを嫌悪し、時には排除を試みる。
異常……変態……犯罪……
そんな連想が働くのかも知れない。
別に犯罪とまで言わないとしても、一般人が特異な言動でもしようものなら、少なくとも「変わり者」「人騒がせ」位の悪口は浴びせられるはずだ。
しかし、「有名人」が同じ言動に出れば……とたんに、同じ「人騒がせ」でも、どこか羨望に近く、……場合のよっては憧れの祭壇に祭り上げられるかも知れない。
はて?……「有名人」と「一般人」とは何が違うのだろうか?
人とは違う、持って生まれた能力、美質……確かに、それもあるだろう。
とはいえ、一般人とて、才能に恵まれている人は沢山いるはずなのだ。
そう。なんの事は無い、「社会的保証」の上に立っているかどうかの違いらしい。
問答無用に、東大を出た人は偉い……と思い込むのと同じく、テレビに出ているのだから偉い……誰でも知っている人だから偉い……
「社会的保証」というものは結構いいかげんなもので、偉いはずの政治家先生が汚職に塗れるのは今に始まったことでもなく、偉いタレントさんが麻薬で御用になることも珍しくは無い。
「ハレ」から「ケ」に転落してみれば、一朝にして「有名人」も単なる名の知れた「一般人」に格下げされるらしい。
もとより、かかる現象を付和雷同と切って捨てるほど、僕は「偉い」人間ではないが、少なくとも、表層雪崩みたいな価値転換をもって「保証」されていたはずの人物が、「保証」から排除されるとしたら……実際の所、その「保証」そのものに欠陥があったとも思えるのだ。
「社会的保証」とは一体なんなのか?
カネや地位や、生まれの、一見派手な「ハレ」の世界ではない……「ケ」の深層に潜む、本当の「ハレ」をこそ、「保証」される……そんな時代が来ることを期待したいものである……
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