麻雀育児日蚘 19



「コワクナむ」

䞉人で昌食を食べおいるず、突然、嚘が倧きな声を出した。さっきたで握っおいたスプヌンを、コトリず机の䞊に眮く。そしお䞡手を机に぀いた。小さな身䜓に、ぎゅっず力が入っおいるのが分かった。䜕かを決意した人みたいな顔をしおいる。

「どうしたん」

私が聞くず、嚘はたっすぐこちらを芋お蚀った。

「コワクナむカラ」

そしお、もう䞀床。

「コロモ゚ン、むケルカラ」

こども園。
その蚀葉を、嚘は䜕床口にしただろう。そのたびに私は、胞の奥をきゅっず掎たれるような気持ちになった。





垂から通知が届いたのは、ただ寒い冬の日だった。嚘ず買い物から垰っおきお、玄関脇の郵䟿受けを開けるず、䞀通の封曞が入っおいた。癜い封筒に、垂の名前。ただそれだけなのに、こういう手玙はい぀も少し緊匵する。私は買い物袋を床に眮いた。冷蔵庫に入れなければいけないものがいく぀かあったけれど、先に封筒を開けるこずにした。匕き出しから、普段はほずんど䜿わないハサミを出す。封筒の端に刃を入れる。玙を傷぀けないように、ゆっくり。その䞀連の動きを、嚘が少し離れたずころからじっず芋おいた。冬の午埌の薄い光が、窓から郚屋に差し蟌んでいた。私は䞭の玙を取り出しお、開いた。


「第䞀垌望の園ぞの入園決定」

その文字を芋た瞬間、身䜓の䞭に入っおいた力が、ふっず抜けた。

「こども園、決たった」

そう蚀うず、嚘は私の顔を芋た。意味が分かっおいるのか、分かっおいないのか、よく分からない顔だった。でも私が笑ったので、嚘も぀られお笑った。そしお、私の胞に飛び蟌んできた。

「倏になったら、こども園が始たるよ」

そう蚀うず、嚘は目をキラキラさせおいた。二人で抱き合っお喜んだ。あの日は、ただ嬉しかった。でも、このずきはただ、それが「離れる日が決たった」ずいう意味でもあるこずを、どこか遠い未来の出来事のように思っおいた。






それから私は、時々、嚘に話すようになった。

「倏になったら、かあちゃんもお仕事に行くよ」

「倏っおいうのは暑いの。今は春だけど、そのうちいっぱい雚が降るよ。カ゚ルが鳎いお、雚がやんで、虫がいっぱい鳎き始めたら倏の始たり」

「倏が始たったら、雲が゜フトクリヌムみたいにみえるよ。車の窓からおっきい゜フトクリヌム、探しおね」

「倏になったら、かあちゃんのお仕事が始たるからね。じヌたんかばヌたんず䞀緒に、こども園に行くんだよ」

「お友達ず先生ず過ごすの。今みたいに、かあちゃんはいないよ」

「でも、かあちゃんはお仕事が終わったら垰っおくるからね」

「垰っおきたら、䞀緒にご飯食べお、お颚呂入っお、遊がうね」

初めおその話をしたずき、嚘はきょずんずしおいた。い぀ものように、私の顔を芋おいる。でも、い぀もの顔ずは少し違った。倩井を芋぀め、蚀葉を䞀぀ず぀頭の䞭で拟っおいるような顔だった。しばらくしお䜕かが胞に萜ちたのだろう。みるみるうちに目が最み、小さな口がぞの字になる。そしお、䜕も蚀わずに私に抱き぀いおきた。小さな腕が、背䞭に回る。私はその身䜓を抱きしめた。あたたかかった。ずにかく柔らかかった。この子をい぀でも抱きしめられるこずが、圓たり前ではなくなる日が来る。そのこずを、そのずき初めお、私も少しだけ実感した。



 

それからしばらく、嚘は寝る前になるず同じこずを繰り返すようになった。垃団に入っお、電気を消す。月明かりがカヌテンの隙間から现く差し蟌む暗い郚屋で、隣にいる嚘の声が静かに聞こえる。

「ナツニナッタラヌ、」

「アサオキテヌ、」

「ゎハンタベテヌ、」

「コロモ゚ン、むッタラヌ、」

「アションデヌ、」

「ネンネシテヌ、」

「ゞヌタンガ、ムカ゚ニキテヌ、」

「カヌチャン、カ゚テキテヌ、」

誰に聞かせるでもなく、毎晩、少しず぀。小さな手で垃団をぎゅっず掎みながら、たるで物語を暗唱するみたいに。

朝起きお。

ご飯を食べお。

こども園ぞ行っお。

遊んで。

昌寝をしお。

じヌたんが迎えに来お。

そしお、かあちゃんが垰っおくる。

嚘は、自分の䞭に新しい䞀日の順番を䜜っおいた。きっず、自分で蚀葉にしお、自分の心を玍埗させおいたのだろう。二歳なりの、小さな心の準備だった。





GWが過ぎるず、嚘は少しず぀倉わっおいった。こども園の話をしおも、泣くこずが少なくなった。四月に入園した幌銎染の様子を聞いお、少しず぀楜しみなこずが増えおきたらしい。

その頃から、

「ナツニナッタラヌ」

が口癖になった。

「ナツニナッタラヌ、コロモ゚ン、むクノ」

「ナツニナッタラヌ、アむスタベテむヌむ」

「ナツニナッタラヌ、ネンネシナヌむ」

「ナツニナッタラヌ、テベリミテモむむ」

「ナツニナッタラヌ、デンシャ、マタ、ノレルカナ」

私は思わず笑った。欲しいものも、やりたいこずも、党郚、「倏になったら」。嚘の䞭で、倏は特別な季節になっおいた。䜕でも倏になったら蚱されるらしい。
でも、嚘にずっお倏は、それだけではなかった。倏になったら、こども園が始たる。倏になったら、かあちゃんがお仕事に行く。倏になったら、今たでずは違う毎日が始たる。嚘の䞭では、倏ずいう季節に、たくさんの未来が詰たっおいた。

「もうすぐ暑くなるよ」
「そしたら倏がくるよ」
「そしたら、こども園が始たるね」

そう蚀うず、嚘は少し考えおから聞いた。

「゜シタラ、カヌチャン、オシゎトヌ」

「そう。毎日」



「  カナシむ」



「ナツニナッタラヌ、カナシむ  」

「ナツニナッタラヌ、オシゎト、メチャメチャカナシむ」


「だから、かあちゃん、急いで垰っおくるから」

「カ゚ッテキタラ、むッショニ、ア゜ベルヌ」

「圓たり前やん」

嚘はニコッず頷いた。
この玄束を、私たちは䜕床しただろう。

公園ぞ向かう道で。

スヌパヌの垰り道で。

眠る前の垃団の䞭で。

そのたび嚘は、静かに頷いおいた。





倏が近づくに぀れお、家の䞭に少しず぀新しいものが増えおいった。嚘がこども園で䜿うものだ。

リュック。

手提げ。

巟着。

シュヌズ。

タオル。

お昌寝垃団。

届いた荷物を開けるたび、嚘が駆け寄っおくる。

「コレ、コロモ゚ンデ、チュカりノ、トロむタノヌ」

「そう」

「カヌチャンガ、カッテクレタヌ」

「うん」

「ナツニナッタラヌ、コロモ゚ン、モッテクノ」

「そう。こども園に持っおいこうね」

二人で時間をかけお、ひたすら嚘の奜きなものを遞んだ。

アニ゚スベヌのキッズリュック。

はらぺこあおむしのガヌれの垃団カバヌ。

ミキハりスのシュヌズ。

キャスキッド゜ンの手提げず巟着。

タオルは、11ぎきのねこず、こぐたちゃん。

氎筒は、はらぺこあおむしの小さなものず、赀ちゃんの頃から愛甚しおいるb.boxの倧きなもの。

二人でスマホを芋ながら、

「これがいい」

「こっちがいい」

ず蚀っお遞んだものたちばかりだった。
日垞の合間に、私は䞀぀ひず぀に名前を぀けおいった。アむロンを圓おるず、名前シヌルが熱でゆっくり垃になじんでいく。その間、私は心の䞭でこども園の持ち物に䜕床もお願いした。


どうか、この子をよろしくお願いしたす。
私が仕事をしおいる間、この子のそばにいおください。
寂しくなったずきに、少しでいいからこの子に元気を䞎えおやっおください。

そんなこずを考えながら持ち物に名前を぀けおいるず、䞍思議な気持ちになった。生たれおからずっず䞀緒にいた嚘ず離れる自分が、どうしおも想像できない。嚘よりも、自分の方が耐えられないんじゃないか。嚘ず離れお過ごす毎日は、䞀䜓どんなものになるのだろう。アむロンの熱で、名前シヌルの端が少しだけ浮いた。私はそこをもう䞀床、ゆっくり抌さえた。





そしお、あっずいう間に䞃月になった。倕方、嚘ずテレビを芋おいるず、カレヌのCMが流れた。子どもたちが楜しそうにカレヌを䜜っおいる。嚘はそれをじっず芋おいた。そしお突然、こちらを振り返った。

「コロモ゚ン、コワクナむカラ、」

「カヌチャン、オシゎト、ハゞマルカラ、」



「カレヌチュクッテ、マットクペ」

私はびっくりした。そしお笑った。

「えヌありがずう」

笑ったのに、目の奥が熱くなった。二歳の嚘が、「お母さんが安心できる蚀葉」を探しおいる。そんなふうに思えたから。本圓は、自分だっお䞍安なはずなのに。

「倧䞈倫」

そう蚀っおくれおいたのは、私の方ではなく、嚘だった。

私は嚘に蚀い続けおきた。

「倧䞈倫だよ」
「すぐ垰っおくるよ」
「楜しいずころだよ」

でも気が぀けば、嚘の方が私を安心させようずしおいる。

「コロモ゚ン、コワクナむカラ」
「カレヌチュクッテ、マットクペ」

私が仕事に行くこずを、こんなに小さな身䜓で受け止めようずしおいる。そう思うず、嬉しいのに、少しだけ苊しかった。





育䌑䞭、たくさんの堎所ぞ出かけた。

公園。

畑。

海。

川。

山。

電車や船にも乗った。

新幹線にも乗った。

飛行機にも乗った。

旅行にもたくさん行った。

朝、目が芚めおから䜕の予定もない日もあった。そんな日は、嚘ず二人でゆっくり朝ご飯を食べた。

お昌になれば、どこかぞ出かける。疲れたら垰っおきお、䞀緒に昌寝をする。

倕方になれば、嚘の歌を聎きながらご飯を䜜る。お颚呂に入っお。テベリ(テレビ)を芋お垃団に入る。

そんな毎日だった。䜕でもない日々だった。でも私は、その䜕でもない日々を、できるだけたくさん芚えおおきたかった。

嚘が笑った顔。

眠くなっお目をこする仕草。

靎を履くずきの小さな背䞭。

私の手を握っお歩くずきの、あたたかな手。

䜕気なく私の膝に乗っおくる重さ。

眠る前に私を探す小さな手。

そういうものを、䞀぀ず぀身䜓の䞭にしたっおおきたかった。育䌑は、ただ仕事を䌑んでいた時間ではなかった。
嚘ずずにかく向かい合い、笑っお、泣いお、季節をひず぀枡るための時間だった。

そしお嚘もたた、その時間の䞭で、少しず぀私から離れる準備をしおいたのだろう。

だから、あの日、食卓で嚘が叫んだ「コワクナむ」は、私を安心させるためだけの蚀葉ではなかったのだず思う。きっず䜕床も䜕床も胞の䞭で繰り返し、自分自身に蚀い聞かせおきた、小さな勇気の呪文だった。

「コワクナむ」

そう唱えながら、䞀番怖かったのは、きっず嚘自身だった。




暗い郚屋の䞭で、小さな寝息が聞こえる。窓の倖では、倏の虫が鳎いおいる。嚘の頬にかかった髪を、そっずよける。眠っおいるずきは、ただあの日のたたの小さな子どもに芋える。私はその顔をしばらく眺めおいた。 


もうすぐ朝が来る。
そしお、その朝から 私たちの新しい毎日が始たる。


続く

いいなず思ったら応揎しよう