人間国宝・坂東玉三郎「もう生まれかわりたくないんです」
この動画は3年前のものですが
映画「国宝」を見た後なので
ちょっと喜久雄を思い出しました。
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坂東玉三郎さんは
幼少期から音楽がなると
勝手に体が動く子どもだったそうです。
それを見た実の両親は
4歳から踊りを習わせました。
7歳で初舞台を踏んだそうです。
14歳の時に、十四代目 守田勘弥の養子となり
五代目 坂東玉三郎を襲名します。
養父の言葉
「自分で一点(一つ)でもいいと思ったら、
役者は終わりだよ。」
それはずっと忘れないでいるそうです。
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以下、動画のインタビューより抜粋
~~梨園の御曹司ではなく料亭のお生まれですが
逆境を感じたことはありますか?
「ないです。」
「やりたいものをやっているときに
逆境は全くこないんですね。」
~~血縁が重視される世界のように外からは見えますけれども
ご自身ではそこはあまり感じなかったですか?
「血縁て何なんでしょうか。」
「血縁があれば、
丸々父から子どもにそのまんまが渡るんでしょうか。」
「血縁だけが家族のような気がしないんですね、
僕の中では。
ものすごく理解できていて
長いこと仕事している仕事人とは
家族の気がするんです。」
~~跡継ぎを作りたいというお気持ちには一度もならなかったですか?
「ならなかったです。一度も。」
「自然の流れの中から生まれてくるものだと思っているので
自分から招いてもできないものだと
初めから理解していました。」
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多忙を極め
30か月1日も休まなかったそうで
(「休めなかった」と言わないところが潔い)
その後、心身症状態になったという。
時々うつ状態に
16、24、38、41、
何歳で症状が出たかスラスラ言えるぐらい
それだけ人知れず、苦しんでいたのでしょう。
場所も人間関係も
全く違う環境に身をおくことが
治療になったそうです。
~~そのときに、やめようと思わなかったのはなぜですか
ほかに仕事ができなかったということと
好きだったっていうことだと思います
~~70過ぎて舞台に立つ自分を想像できましたか?
「40過ぎたら舞台には立たないでいるだろうと思っていました」
~~肉体的な限界を自覚されることはありますか?
「もう限界ですね、ほとんど」
「諦めの中から受け止めるしかないと思っているんです」
40後半に母から言われた言葉
「年齢を諦めたね」
それは「歳をとることに逆らわない」ということ
でも、その後
「歳をとるって大変なことです」
と、目を伏せて言いました。
~~生まれかわったら
もう一度、坂東玉三郎に生まれたいですか?
「もう生まれかわりたくないんです」
~なににも?
うなずく
~この一生でおしまい?
「はい。」
やさしく澄んだ目で答えました。
「もう生まれかわりたくない」
と言った心情は
凡人の私には想像することもできません。
ただ、この一生を全うすることに命を注ぐだけ
という覚悟を感じました。
まさに命がけで、ずっと、これ以上できないということを
やってこられたのではないかと思います。
そんな人にとっては
前世も来世も考えられないのかもしれません。
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玉三郎さんが、最後に書いた文字は
魂
鬼に伝えると書いて「魂」
映画「国宝」の中で
歌舞伎役者として頂点を目指した喜久雄が
悪魔と取引したシーンを思い出しました。
「国宝」はフィクションですが
喜久雄とどこか共通するものを
玉三郎さんの生き様に感じました。
🌈Special Thanks to トミー|ワールドブルー ワクワクした人生を積極的に想像するために さん
(表紙イラスト・クリエイター)
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