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人間国宝・坂東玉三郎「もう生まれかわりたくないんです」



この動画は3年前のものですが
映画「国宝」を見た後なので
ちょっと喜久雄を思い出しました。


*** *  *    *     *      *   

坂東玉三郎さんは
幼少期から音楽がなると
勝手に体が動く子どもだったそうです。

それを見た実の両親は
4歳から踊りを習わせました。
7歳で初舞台を踏んだそうです。



14歳の時に、十四代目 守田勘弥の養子となり
五代目 坂東玉三郎を襲名します。

養父の言葉
「自分で一点(一つ)でもいいと思ったら、
役者は終わりだよ。」

それはずっと忘れないでいるそうです。


*** *  *    *     *      *  

以下、動画のインタビューより抜粋


~~梨園の御曹司ではなく料亭のお生まれですが
  逆境を感じたことはありますか?

「ないです。」

「やりたいものをやっているときに
逆境は全くこないんですね。」



~~血縁が重視される世界のように外からは見えますけれども
  ご自身ではそこはあまり感じなかったですか?

血縁て何なんでしょうか。

「血縁があれば、
丸々父から子どもにそのまんまが渡るんでしょうか。」

「血縁だけが家族のような気がしないんですね、
僕の中では。

ものすごく理解できていて
長いこと仕事している仕事人とは
家族の気がするんです。」



~~跡継あとつぎを作りたいというお気持ちには一度もならなかったですか?

「ならなかったです。一度も。」

自然の流れの中から生まれてくるものだと思っているので
自分から招いてもできないものだと
初めから理解していました。」



*** *  *    *     *      * 


多忙を極め
30か月1日も休まなかったそうで
(「休めなかった」と言わないところがいさぎよい)

その後、心身症状態になったという。


時々うつ状態に
16、24、38、41、

何歳で症状が出たかスラスラ言えるぐらい
それだけ人知れず、苦しんでいたのでしょう。

場所も人間関係も
全く違う環境に身をおくことが
治療になったそうです。


~~そのときに、やめようと思わなかったのはなぜですか

ほかに仕事ができなかったということと
好きだったっていうことだと思います



~~70過ぎて舞台に立つ自分を想像できましたか?

「40過ぎたら舞台には立たないでいるだろうと思っていました」


~~肉体的な限界を自覚されることはありますか?

もう限界ですね、ほとんど」

「諦めの中から受け止めるしかないと思っているんです」

40後半に母から言われた言葉
「年齢を諦めたね」

それは「歳をとることに逆らわない」ということ

でも、その後
歳をとるって大変なことです
と、目を伏せて言いました。



~~生まれかわったら
  もう一度、坂東玉三郎に生まれたいですか?


「もう生まれかわりたくないんです」


~なににも?

うなずく

~この一生でおしまい?

「はい。」

やさしく澄んだ目で答えました。



「もう生まれかわりたくない」
と言った心情は
凡人の私には想像することもできません。

ただ、この一生をまっとうすることに命を注ぐだけ
という覚悟を感じました。

まさに命がけで、ずっと、これ以上できないということを
やってこられたのではないかと思います。
そんな人にとっては
前世も来世も考えられないのかもしれません。



*** *  *    *     *      * 



玉三郎さんが、最後に書いた文字は

 

    魂





鬼に伝えると書いて「魂」



映画「国宝」の中で
歌舞伎役者として頂点を目指した喜久雄が
悪魔と取引したシーンを思い出しました。

「国宝」はフィクションですが
喜久雄とどこか共通するものを
玉三郎さんの生き様に感じました。






🌈Special Thanks to トミー|ワールドブルー ワクワクした人生を積極的に想像するために さん
(表紙イラスト・クリエイター)

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