コンテンツにスキップ

豊田豊吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
豊田豊吉

豊田 豊吉(とよた とよきち、1890年(明治23年)2月13日[1] - 1943年11月11日[2])は、日本の政治家。衆議院議員4期、大蔵参与官、東京市助役を歴任した[3]。

来歴

[編集]

1890年、茨城県北相馬郡東文間村(現在の利根町)に生まれる[3]。1909年に旧制海城中学校を、1917年に早稲田大学商科を卒業する[3]。大学卒業後は、貿易会社を経営したり、著述業に従事する[3]。その後、1932年の第18回衆議院議員総選挙に茨城県第1区から出馬し、初当選。以後、4期連続当選を果たす。阿部内閣で大蔵参与官、東京市助役を務めたが、1943年に死去した。墓所は多磨霊園[4]。

年譜

[編集]

著書・論文

[編集]

著書

[編集]
  • 『対支懸案の真相』[5]

論文

[編集]
  • 『選挙の革新と新自由主義』

脚注

[編集]
  1. ↑ 衆議院『第七十回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1936年、11頁。
  2. ↑ 『官報』第5074号、昭和18年12月10日 - 国立国会図書館デジタルコレクション(2026年2月27日閲覧)。
  3. 1 2 3 4 衆議院事務局編『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』、昭和15年、p.308 - 国立国会図書館デジタルコレクション。
  4. ↑ “豊田豊吉”. www6.plala.or.jp. 2002年11月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
  5. ↑ 衆議院事務局『衆議院要覧 乙』、昭和15年1月、p.134 - 国立国会図書館デジタルコレクション。

外部リンク

[編集]