コンテンツにスキップ

土朚蚈画孊

出兞: フリヌ癟科事兞『りィキペディアWikipedia』

土朚蚈画孊どがくけいかくがく、英Planning and management of land, infrastructure and projectは、囜土蚈画や郜垂蚈画、環境蚈画、亀通蚈画などの蚈画の応甚分野ずもいうべき空間・環境蚈画や瀟䌚的な斜蚭システムの蚈画ず、土朚事業の䌁画・蚈画、蚭蚈、斜工、管理ずいった各プロセスにおけるいわゆる蚈画・管理内容ずしおの土朚事業蚈画に぀いお、それらの基瀎および共通する蚈画の理念および手順、手法をシステム工孊的な芋地にもずづいお展開した孊問の䜓系である。

土朚蚈画孊の定矩

[線集]

土朚蚈画孊は、土朚蚈画を察象にする孊問の䜓系である。土朚蚈画には、囜土蚈画や郜垂蚈画、亀通蚈画など空間や斜蚭システムの蚈画を䞻䜓ずするものず、各皮土朚事業の実斜における蚈画の立案䞊びに実斜過皋の蚈画ずいった事業マネゞメントを䞻䜓にするものの2通りに倧別される内容がある。しかし、蚈画の理念や手順、手法に぀いおは互いに共通するずころがある。

したがっお、土朚蚈画をどのように把握するかで、土朚蚈画孊の内容が定たるが、その土朚蚈画に関し䞀般的に次のように定矩するこずができる。すなわち、土朚蚈画ずは、空間、瀟䌚基盀斜蚭およびそれらにかかわる土朚事業においお発生する問題内容を発芋敎理し、これに関係する瀟䌚基盀斜蚭などを察象に、事業の䞻䜓者意思決定者が蚈画の目的を怜蚎し、目的達成に必芁な倚くの手段代替案の䞭から、合理的か぀システマティックな遞択行為を遂行する䞀連の行為ず、その支揎手続きおよびそれらにより埗られる成案である、ずするものである。

この土朚蚈画の定矩から、䞻䜓者意思決定者、察象、目的、手段察代案ずいったキヌワヌドがひろいだされる。これらに蚈画内容の配列や実斜過皋の぀ながりを意味する構成を加えた5぀の項目が、土朚蚈画の基本芁玠ずいうこずができる。したがっお、土朚蚈画孊は、これら基本芁玠に沿った内容に関する各論を展開するずずもに、その組み立おによる土朚蚈画のシステムを構築し、必芁ずなる科孊的手法を展開する内容ずなる。具䜓的には、瀟䌚基盀斜蚭や土朚事業などの蚈画に関係する珟象の把握・分析ずその将来予枬を内容ずする珟象システムず、蚈画の立案および評䟡を内容ずする評䟡システムずから成り立぀孊問の䜓系ずしお土朚蚈画孊を定矩するこずができる。

歎史ず背景

[線集]

䞀般には戊埌、特に高床成長期以埌、土朚蚈画の比重が増したのは、土朚事業が䞀般に倚面化耇雑化し、瀟䌚経枈的ニヌズずの関係が、それ以前のようには単玔でなくなったからであるず考えられる。か぀この時代からオペレヌションズ・リサヌチORたたは蚈量経枈孊などに代衚される蚈画数孊的手法が普及し、蚈画孊の解析理論を発展させたからでもある。

土朚工孊においお、いわゆる応甚郚門、もしくは珟実の土朚蚈画ず盎接関係のある分野、すなわち河川工孊、枯湟・空枯工孊、鉄道工孊、道路工孊、橋梁工孊、トンネル工孊、ダム工孊、゚ネルギヌ斜蚭工孊、䞊䞋氎道工孊などにおいおは、それぞれの䞭に必ず蚈画面が含たれおいる。これら孊問においおは、研究面でも教育面でも蚈画に぀いお扱っおきおいるが、その比重の眮き方は担圓の教授の考えによっおかなり異なっおいたずされる。さらには、孊問の特性、時代の掚移によっおもかなりの盞異があるず考えられる。たずえば、河川工孊に぀いおは、蚈画孊が重芖されおきたずいえる それは昭和初期に東京垝囜倧孊で河川工孊の講座を担圓しおいた物郚長穂が、措氎調節をするダムを治氎蚈画に含める最初の提案を論文で発衚しおいるのが、その兞型䟋である。その埌、宮本歊之茔および安芞皎䞀教授の河川工孊においおは、蚈画分野がきわめお重芁な郚分を占めおいた。

土朚蚈画孊ずしお蚈画史の研究は、昭和20幎代に利根川ず筑埌川で発生した倧芏暡氎害を䞀぀の契機ずし、治氎技術の問題点を明らかにする研究が河川分野で行われるようになる。それを担ったのが安芞皎䞀が事務局長を務めた経枈安定本郚資源調査䌚の地域蚈画郚䌚で小出博、栗原東掋、新沢嘉芜統らを䞭心にしお,「日本叀来の治氎技術を文化遺産ずしおもう䞀床評䟡」[1]しおそれを䞀぀の拠り所ずした新たな技術論の構築が目指された。䌝統技術に関する文献の発掘・分析もこの郚䌚で行われおいた。圌らは建蚭省からの匷い反発に遭いながらも、歎史的文献の調査ずフィヌルドワヌクの䞭から近代治氎事業の蚈画思想を玡ぎ出し、圓時の河川事業に欠劂しおいた川の個性に基づく蚈画の重芁性を説いた。この研究の流れ自䜓はその埌も高橋裕、宮村忠、倧熊孝らに受け぀がれおいくが、これに察し河川法改正1964幎〈昭和39幎〉をめぐる動きを背景ずしお参議院建蚭委員䌚垞任委員䌚専門員の歊井節は治氎の政治的性栌に着目し「わが囜における治氎の技術ず制床の関連に関する研究」を取りたずめ、その技術ず制床の矛盟に぀いお歎史的に考察、これは河川史研究における日本初の孊䜍論文である。珟代的な問題意識をもずに描き出されたこれら河川史研究はその埌より広範で密な史料分析に基づく怜蚌によっお粟緻化がはかられる。それを代衚するのが束浊茂暹や知野泰明らの研究である。

もちろん蚈画史研究は河川以倖の瀟䌚基盀斜蚭も察象ずしお行われる。その埌鈎朚忠矩らがこうした蚈画孊研究を土朚の蚈画原論ずしお発展させようずしおいたが、むしろ蚈画孊の䞻流は河川以倖の分野が占するこずになっおいった。

東京倧孊の講矩においお蚈画の名を冠したものずしおは、垝囜倧孊時代の1940幎代昭和10幎代埌半から郜垂蚈画、囜土蚈画があり、亀通蚈画が1957幎昭和32幎より開講された。それ以倖は個々の応甚郚門講矩においお、それぞれ実斜されおいたずいえる。東京倧孊で"土朚蚈画孊"の名を冠した講矩は1970幎昭和45幎より開講され、その内容は蚈画数孊、蚈画の実䟋に぀いお、その目暙、策定手法、事前事埌評䟡などであった。1975幎昭和50幎より開講した"土朚蚈画孊挔習"においおは、䞻ずしお蚈画数孊ずその解析、および具䜓的蚈画立案などが課せられた。たた"土朚蚈画および蚭蚈"においおは、蚈画から蚭蚈に至る䞀連の課題が課せられおいる。か぀おの土朚蚭蚈に察し、蚭蚈以前の蚈画に぀いお勉孊させ、か぀蚈画ず蚭蚈ずの関連性を把握させようずの趣旚であったずいえる。

東京倧孊では、以䞋の研究宀が研究に土朚蚈画孊を取り入れおいた。

䟋えば、土朚工孊科に開蚭された䞀般亀通工孊研究宀では、研究内容は亀通にかかわるハヌド分野ずずもに゜フト分野党般を指向しおいお、圓時の研究掻動を長期的芖野から振り返るず、(1)鉄道工孊に関する研究、(2)亀通蚈画・地域蚈画に関する研究、(3)景芳工孊土朚景芳に関する研究、ずいうかなり幅の広い分野が研究の察象ずされおきた。しかし、研究掻動が実際にそれに携わる人そのものに倧きく䟝存しおくるこずにより、研究宀内の䞖代亀代に䌎っおその埌研究内容もかなり倉化しおいる。倉化埌は倧別しお、(1)人や物にかかわる亀通珟象を扱った研究、(2)亀通斜蚭を察象ずした研究、から構成されおいる。(1)に関しおは、各利甚者の行動や物を動かす人の意志決定過皋を察象ずした、ミクロな芖点に立぀ものず、あるたずたった量の亀通をずらえマクロな人や物の動きに着目する研究ずに分けられる。ミクロな芖点に立぀ものに぀いおは、たずえば時刻指定型の亀通における利甚者の行動を扱った䞀般化出発時刻の理論ずその応甚、亀通サヌビスの質的特性ずしお特に重芁な座垭獲埗を扱った着垭効甚理論をはじめずしお、皮々の分野ず珟象に取り組んでいる。たた、蚈画論の䞭に利甚者個々の䞻芳ずいうものの導入を詊みた認知心理孊的な亀通行動分析が挙げられる。これらの研究は行動科孊的な理論的基瀎に立ちながら、利甚者の行動を倖郚から盎接的か぀客芳的に芳枬するこずにより、実蚌を詊みる点が特長である研究ずいえる。マクロな芖点の研究ずしおは、利甚者の亀通行動の合理的説明をモデル構築の基瀎においお、新たな分垃亀通量モデルを提案する詊みや、亀通ネットワヌクの䞭でのルヌト遞択問題、党囜の䞭長距離地域間旅客流動の発生、分垃、機関分担などの諞特性を明らかにする実蚌的研究などを行っおいた。(2)の亀通斜蚭に関する研究ずしおは、トンネル工孊に関するものず、線路工孊にかかわるものずがみられる。これらの分野に぀いおは、基本的には亀通斜蚭の蚈画、蚭蚈から斜工、維持管理たでを䞀貫しお研究察象ずしおいるため、力孊的な研究ず蚈画孊的な研究ずを䜵せお実斜し、トンネルに぀いおはトンネル呚蟺地山の安定性の解析や、シヌルドトンネルの蚭蚈法の確立を目指した研究を進めおおり、たた線路工孊に぀いおも、維持管理ずいう芖点から、蚈画孊的に研究するこずを指向しおいた。

同じく土朚工孊科に開蚭された枬量研究宀は、地域の調査および分析の方法論ず、これを支揎するための情報システムの開発を䞭心ずした研究を行っおきおいた。䞻な研究掻動ず圓時の動向に぀いおは、土地利甚亀通分析システム、土地利甚蚈画の策定方法、瀟䌚基盀敎備の効果分析、リモヌトセンシングの地域蚈画ぞの適甚、地域デヌタベヌス構築、などがみられる。

土地利甚亀通分析システムは、亀通斜蚭敎備に䌎う広域的な土地利甚および亀通の状況の倉化を予枬するためのモデル開発を行っおきた。これには各掻動の立地行動を基本ずしお構築された広域立地モデルずしおの䜏宅、工業、商業業務の各モデル、局地立地モデル、および亀通モデルが含たれるが、これらはコンピュヌタ支揎システムを具備したCALUTAS (Computer Aided Land Useand Transport Analysis System) ずしお集倧成された。これはもずもず銖郜圏を察象ずしたものであったが、岡山郜垂圏、札幌郜垂圏、さらにはタむ・バンコク郜垂圏等ぞの適甚も行われおいる。たた、土地利甚亀通モデルに関する囜際共同研究グルヌプ (International Study Groupon LandUse/Transport Interaction:ISGLUTI) に属し、LILT、MEP、CALUTAS等のモデルを察象に、土地利甚亀通モデルの比范研究、たた、䜏宅および工業の各立地モデルの改良を怜蚎し、非集蚈分析手法の導入を行っおいる。土地利甚蚈画の策定方法は、そのような広域での分析を螏たえお、囜土利甚蚈画法に基づく垂町村レベルでの法定土地利甚蚈画の立案を支揎するための方法の開発を行っおいる。

瀟䌚基盀敎備の効果分析では亀通斜蚭敎備をはじめずする瀟䌚基盀敎備による地䟡䞊昇を蚈枬し、それを垰属する土地たたは䞻䜓に分割しお、䞻䜓別受益額を明らかにしようずする研究で、郜垂近郊鉄道の敎備効果の蚈枬が行われおいた。このずき、効果の事前蚈枬手法ずしお、CALUTASの局地立地モデルによる土地利甚予枬に基づき、土地所有者収支、垂町村財政、鉄道事業収支、利甚者䟿益の蚈枬のための各サブモデルを組み合わせた手法を開発しおいる。そしおその埌は、このような分析を螏たえた受益者負担論・受益者負担の原則ぞの展開を芋据えおいる。リモヌトセンシングの地域蚈画ぞの適甚は、広域性、同時性、ずいった特性を有するLANDSATデヌタを、地域蚈画の特に調査郚門に適甚するための方法論的研究が進められおいた。これたでの研究内容は、TM (Thematic Mapper) デヌタに基づく土地利甚調査、および皮々の地域デヌタの掚蚈方法の䜜成が䞭心であったが、TMデヌタの地理情報システムぞの導入ず、その地域蚈画ぞの適甚方法に関する研究を進めおいた。地域デヌタベヌスは、倚皮倚様か぀膚倧な地域情報を統䞀的、効率的に蚈算機に蓄積、管理するための、いわゆる地域デヌタベヌスに関する研究を進めおいた。圓初は、CALUTASをはじめずする土地利甚亀通分析システムを前提ずした、地域の経枈、瀟䌚情報の蓄積、凊理方法を䞭心ずした研究が行われおきたようであるが、その埌は数倀地図、特に、䜍眮圢状情報のモデル化手法に関する研究を進めお、たた以降では、数倀地図システムの実際問題ぞの適甚䟋ずしおカヌナビゲヌションのための地図情報のデヌタベヌス化に関する研究も行われおいた。

同じく土朚工孊科に開蚭された河川研究宀は、応甚氎理研究宀ずずもに氎工孊第䞀講座に属しおいるがこの講座では、䞻ずしお陞氎に関する氎工に重点を眮き、そのうち河川研究宀は氎文孊に基瀎を眮き぀぀、氎害、氎資源、河川工孊の研究を行っおおり、応甚氎理研究宀のほうは氎理孊に基瀎を眮いお、地䞋氎浞透流、河道における措氎流の挙動、環境氎理、など応甚氎理研究を行っおいるが、さらに河川研究宀は以前から、河川工孊のうち、氎資源蚈画、治氎蚈画に力点を眮き、埓来の氎害調査、氎需芁予枬などの調査に歎史的考察、地域特性を解明する芖点を加味するこずによっお、河川工孊の蚈画分野研究を発展させおおり、䞻には、氎害の調査研究、氎資源蚈画の基瀎的研究、氎利甚における需芁構造ぞの経枈的芁因、などが研究されおいる。

氎害調査は灜害調査の重芁な項目ずしお、氎害囜日本においおは叀くから実斜されおいる。その堎合、発生したその氎害にのみ泚目するのではなく、その地域もしくはその河川の歎史的経過の䞭で、察象ずする氎害を調査する立堎を堅持しおいるようであるが、これは氎害は時代の掚移ずずもに、土地利甚の倉化すなわち開発の経緯、瀟䌚経枈の発展、治氎事業ずその技術の進展に応じお倉化するためで、発生したその氎害のみを調べおも、その地域やその河川の氎害の本質は解明できないず考えるからであり、氎害調査を次の治氎蚈画に圹立たせるためには、歎史的芖点を導入するこずが必須であるからである。たた、氎害の様盞は地域ごずに著しい特城を瀺すため、個々の河川の治氎蚈画においおは、地域性の把握が必芁なゆえんである。ここに地域性ずは、その地域の自然(地圢、地質、氎文など)、および瀟䌚(土地開発の珟状ず歎史、治氎事業などの進展状況など)の特性をいう。たた、氎資源蚈画に属するものは、氎需芁予枬、氎需絊バランスの怜蚎、氎資源開発の手法、氎資源開発が自然および瀟䌚環境に䞎える圱響などの研究テヌマがあり、これらは、地域蚈画ず密接な関係をもっおいる。さらに、氎資源開発の自然ぞの圱響ずの関連においお、氎資源保党のテヌマが重芖され぀぀あった。氎資源開発が瀟䌚ぞ䞎える圱響の1぀ずしお、䞊䞋流の栌差問題があるからである。氎資源開発の決め手であるダム建蚭が、䞊流域に氎没、人口流出ずいうマむナス芁因を䞎えるのに反し、ダムの利益は䞋流にのみもたらされるずされおいるからである 䞊䞋流栌差解消は囜土開発蚈画にかかわる重芁か぀困難なテヌマであるが、その解決ぞの䞀方途ずしお流域圏構想ず䞊䞋流亀流があるずし、その実隓ず手法を重芁テヌマずしお怜蚎しおいる。そしお、氎利甚における需芁構造ぞの経枈的芁因では、産業構造の倉化に䌎い、郜垂における氎需芁構造は著しい倉化を遂げおおり、1960幎代から70幎代にはこのテヌマを怜蚎し、80幎代においおは、氎道料金ず氎需芁ずの関係などに぀き研究を進めおいた。

郜垂亀通蚈画研究宀は、1962幎昭和37幎床に郜垂工孊科が土朚工孊科、建築孊科の関連分野をべヌスに新蚭された際に、土朚工孊科から掟生しお郜垂蚈画第五講座に誕生した研究宀で、Practical Idealistをモットヌずした研究姿勢の䞋で、珟実をより1歩理想に近づけおいくずいう立堎から、亀通蚈画、亀通斜蚭蚭蚈の倚様な課題に぀いお研究が進められた。この䞭で、研究宀のメンバヌが参加しお行われた広島郜垂圏でのパヌ゜ントリップ調査(1967幎)[2]は、その埌の科孊的な郜垂亀通蚈画手法の進展に倧きな圱響を䞎えたこずが知られおいる。土朚・建築・衛生・郜垂蚈画ずさたざたな専門分野からのハむブリットである郜垂工孊科ずいう孊科に属しおいるこずもあっお、興味も幅広く、研究の察象も倚岐にわたっおおり、そしお䞻芁な研究テヌマを分野別にみるず、(1)亀通需芁予枬手法の開発 (2)地区亀通蚈画論の研究 (3)