博文館
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(博文館新社から転送)
元の種類 | 非公開会社 |
|---|---|
| 業種 | 出版 |
| 後継 |
株式会社博文館新社 株式会社博友社 東京堂書店 トーハン 共同印刷株式会社 |
| 設立 | 1887年 |
| 創業者 | 大橋佐平 |
| 解散 | 1947年10月 |
| 本社 |
東京府本郷区弓町、 日本 |
| ウェブサイト | N/A |
博文館(はくぶんかん)は、東京都の出版社。明治時代には富国強兵の時代風潮に乗り、数々の国粋主義的な雑誌を創刊すると共に、取次会社・印刷所・広告会社・洋紙会社などの関連企業を次々と創業し、日本最大の出版社として隆盛を誇った。
創業以来、60年間に渡って書籍6500点、雑誌80点を発行した[1]。一時は横溝正史が入社していた。
2016年現在、博文館グループの株式会社博文館新社(はくぶんかんしんしゃ)および株式会社博友社(はくゆうしゃ)として存続している。
沿革
[編集]創業
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1887年、大橋佐平により東京府本郷区弓町(現在の東京都文京区本郷)に創業された[1]。社名は伊藤博文に由来。1887年、雑誌『日本大家論集』を創刊。大橋佐平の息子・大橋新太郎は、尾崎紅葉の小説『金色夜叉』の登場人物、富山唯継のモデルと言われている。妻は元芸妓の大橋須磨子[2]。
博文館では大量生産による廉価本の出版をモットーとしており、出版界の王者となった。これにより単行本には高価な木版口絵を付けなかったが、1895年創刊の雑誌『文芸倶楽部』巻頭に20年間にわたり付された木版口絵は口絵界を代表するもので、その総数は295枚にも上った。ほかに『明治文庫』全18冊、『演芸倶楽部』通巻31冊、『日用百科全書』全50冊の大半に木版口絵が付けられていた。これらの雑誌において木版口絵を描いたのは池田蕉園、尾形月耕、尾竹国観、尾竹竹坡、梶田半古、鏑木清方、河合英忠、川合玉堂、久保田米僊、小林永興、小堀鞆音、小峰大羽、近藤紫雲、島崎柳塢、鈴木華邨、高橋松亭、武内桂舟、