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ポコ (バンド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ポコ
Poco
ポコ(2007年)
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
ジャンル カントリー・ロック、フォークロック
活動期間 1968年 - 2021年
公式サイト pocoband.com
旧メンバー ジャック・サンドラ(ボーカル、ベース)
ラスティー・ヤング(ボーカル、ギター、スティールギター、マンドリン)
リッチー・フューレイ(ボーカル、ギター)
ジム・メッシーナ(ボーカル、ギター、ベース)
ランディ・マイズナー(ボーカル、ベース)
ジョージ・グランサム(ボーカル、ドラムス)
ティモシー・B・シュミット(ボーカル、ベース、ハーモニカ)
ポール・コットン(ボーカル、ギター)
アル・ガース(サクソフォーン、ヴァイオリン)
スティーヴ・チャップマン(ドラムス)
チャーリー・ハリソン(ベース)
キム・ブラード(キーボード、コーラス)
ティム・スミス(ドラムス)
リチャード・ネヴィル(ボーカル、ベース)
ポール・コットン(ボーカル、ギター)
リック・セラット(キーボード、コーラス)
デイヴ・ヴァネコア(キーボード)
ジョージ・ロレンス(ドラムス、パーカッション)
マイケル・ウェッブ(キーボード、ギター、アコーディオン、マンドリン)

ポコ(Poco)は、アメリカ合衆国のカントリー・ロック・バンド。カントリー・ロックにポップ・フィーリングを加えたスタイルが特徴である。

略歴

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1968年にバッファロー・スプリングフィールドが解散し、メンバーのリッチー・フューレイとジム・メッシーナ[脚注 1]が、ランディ・マイズナー、ラスティー・ヤング、ジョージ・グランサムを加えて「ポゴ(Pogo)」を結成するが、ウォルト・ケリー作の有名コミックに「ポゴ」という名のキャラクターがおり、本人からのクレームを受けてポゴに近い名前として「ポコ(Poco)」と改名する。

1969年、スタジオで作業をしていたリッチー・フューレイとジム・メッシーナが、編集作業の参加希望を拒否したことに憤慨したランディ・マイズナーはデビュー・アルバムのリリース前に脱退し、後にイーグルスのオリジナル・メンバーとなる[1]。マイズナーの脱退に伴い、フューレイとメッシーナはマイズナーのボーカルを他のメンバーのものに替えた。マイズナーのような高音パートを必要と考えたポコのメンバーはすぐに後任として元グラッド(Glad)のティモシー・B・シュミットを迎えた。ちなみにシュミットは、ポコの結成時にベースのオーディションに参加していたが、マイズナーが採用されたため、このような形での加入となった。同アルバムはビルボードでは最高位63位だったが、カントリー・ロックの初期の例としてローリング・ストーンや、音楽ライターのロバート・クリストガウらは評価した [2]1970年、フューレイのバンド運営専制化に嫌気がさしたメッシーナが脱退し、後にロギンス&メッシーナを結成することになる。後任としてポール・コットンが加入した。

1973年にフューレイが、ヒットを期待して作った「A Good Feelin' To Know」をシングルカットし、4枚目のスタジオ・アルバム『グッド・フィーリン』をリリースした。しかしこれが期待通りには売れず、結局は次作の『クレイジー・アイズ』をリリースした後にフューレイが脱退してサウザー・ヒルマン・フューレイ・バンドを結成することとなる。その後、バンドの存続について話し合い、残った4人で活動を続けることになる。「Fab Four(Fantastic Four Era)」と呼ばれるこの時代は12枚目のアルバムまでメンバー、楽曲が安定しており、この頃のポコを好むファンも多い。

1977年にはティモシー・B・シュミット[脚注 2]が、イーグルスへの加入のために脱退した。この時もランディ・マイズナーの後任としてであった。その後、ヤングとコットンは新しいメンバーを加えてバンド名を変えて活動しようとするが、ポコの知名度を重視していたレコード会社側の圧力もあり、1978年にバンド名をポコのままで13枚目のアルバム『伝説』をリリースした。このアルバムはBillboardチャートで14位になりゴールド・ディスクを獲得、シングル「クレイジー・ラヴ」もヒットした[3]。

その後、メンバー・チェンジの繰り返しなどもあり、解散状態になったが、1988年にヤングが過去のメンバーに再結成を呼びかけ、オリジナル・メンバーで再結成を果たした。1989年9月には19枚目のアルバムとなる『レガシー』がリリースされ、11月にはシングルカットされた「Call It Love」がリリースされた。この曲は、バンドのメンバーで唯一、一度も脱退することなく、ポコを守り続けたヤングがボーカルを担当した。

その後はメンバー交代を繰り返しながら活動し、2002年には20枚目のアルバム(ベスト・アルバムの『Forgotten Trail』(1990年)を除く)『Running Horse』がリリースされ、ライブ活動も行った。2004年にはオリジナル・メンバーのドラマーであるジョージ・グランサムがステージ上で発作を起こして半身不随となり、リハビリに専念するため彼は正式メンバーから外れることになった。

その後も活動していたが、2010年に長年メンバーであったコットンが、メンバー内での収入の分割についての対立により脱退した。

2013年にオリジナル・メンバーがヤングのみとなったポコで、11年ぶりのスタジオ・アルバムとなる『All Fired Up』をリリースした。2015年1月には「コロラド・ミュージック ホール・オブ・フェイム」でのライブで、久々にリッチー・フューレイ、ラスティー・ヤング、ポール・コットン、ティモシー・B・シュミット(病気療養中のジョージ・グランサムは欠席)が顔を揃え、変わらないハーモニーと演奏を聴かせてくれた。

2021年4月14日、オリジナル・メンバーのラスティー・ヤングが心臓発作で急死するも、活動は継続中である。

ディスコグラフィ

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スタジオ・アルバム

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  • 『カントリー・ロックの貴公子、ポコ誕生!』 - Pickin' Up the Pieces (1969年) ※旧邦題『ピッキン・アップ・ザ・ピーセズ』
  • 『ポコ』 - Poco (1970年)
  • 『フロム・ザ・インサイド』 - From the Inside (1971年)
  • 『グッド・フィーリン』 - A Good Feelin' to Know (1972年)
  • 『クレイジー・アイズ』 - Crazy Eyes (1973年)
  • 『7』 - Seven (1974年)
  • 『カンタモス』 - Cantamos (1974年) ※旧邦題『僕等の歌を』
  • 『ヘッド・オーヴァー・ヒールズ』 - Head over Heels (1975年)
  • 『シマロンの薔薇』 - Rose of Cimarron (1976年)
  • 『インディアン・サマー』 - Indian Summer (1977年)
  • 『伝説』 - Legend (1978年)
  • 『アンダー・ザ・ガン』 - Under the Gun (1980年)
  • 『ブルー&グレイ』 - Blue and Gray (1981年)
  • 『カウボーイとイギリス人』 - Cowboys & Englishmen (1982年)
  • 『ゴースト・タウン』 - Ghost Town (1982年)
  • 『イナモラータ』 - Inamorata (1984年) ※旧邦題『情婦』
  • 『レガシー』 - Legacy (1989年)
  • Running Horse (2002年)
  • All Fired Up (2013年)

脚注

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注釈

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  1. ↑ 後のロギンス&メッシーナ時代には「愛する人」などのヒットも放った
  2. ↑ イーグルス脱退後に「ソー・マッチ・イン・ラヴ」をヒットさせた

出典

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  1. ↑ Ruhlmann, William. Eagles Biography, Songs, & Albums - オールミュージック. 2020年11月26日閲覧。
  2. ↑ Christgau, Robert. “Robert Christgau: CG: Poco”. robertchristgau.com. 2026年8月4日閲覧。
  3. ↑ ポコ 2022年7月29日閲覧

関連項目

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外部リンク

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